2018年5月24日木曜日

これはなに?

「J−20」ステルス戦闘機は在日米軍などにらみ山東半島に配備、南シナ海方面より重要―中国メディア(レコードチャイナ)

 ほんとは今日、マルクス主義的(=無意味、空虚な)にブログを書くのは休もうと思ってましたが、何の気なしに自宅で仕事しながら上の記事を見ていたところ、その掲載写真に目が行きました。結論から書くと、写真の機体はJ-20だとキャプションに書かれていますが実際にはこれ、J-11ことフランカーでしょう。姉妹機種のJ-15である可能性も否めませんが、少なくともJ-20でないことは見ていてはっきりわかります。


 この写真がJ-20、と言ってももちろんプラモですが、こちらは空気吸入口ことエアインテークが胴体にくっついているのに対し、レコチャイの記事の写真は下部に取り付けられています。もっともそれ以外に、フランカーシリーズに特徴的な盛り上がったノーズの時点で見分けつく上、前翼の有無でもわかるはずですが。
 折角だから先ほどレコチャイに、「まちがっとんのとちゃう?」とメール送っておきました。返信があればこのブログでも紹介します。

 それにしても去年の今頃だったら戦闘機なんて紫電改とF6Fくらいしか知らなかったのに、よく1年で見分けつくようになったものだなと我ながら思います。もっともそれを言ったら他の分野も同様で、大体どの分野も短期間である程度の知識をすぐ蓄えますが、飽きっぽい性格してるせいかすぐに別の分野に興味移ってしまいがちで、何か一方面を極めるということは自分には起こり得ません。以前見てもらったスピリチュアリストの方がこのように指摘してくれましたが、まぁ見事に自分の特徴を言い当てているものです。

2018年5月23日水曜日

プラモ記事の裏側

中国の最新ステルス機の形状、プラモで検証してみた(JBpress)

 これまでJBpress向け記事の取材で風呂入ったりザリガニ食ったりしましたが、今回のこの記事ほどやらかしたという思いのする記事はありません。具体的に言うと、自分の作ったプラモをどう載せるかというコンセプトで記事を書き始めた自分の発想の仕方はいろいろおかしいです。
 内容は読んでもらえばわかりますが、中国の戦闘機開発の歴史とステルス機の特徴について、以前にもこのブログで写真をアップしたJ-20のプラモと、こちらまだ出していないJ-31のプラモの写真を載せながら解説しています。下の写真は掲載版には使わなかった写真です。



 これはカメラを固定した定点撮影で、二機の比較としてはいい構図なのですが、いかんせん他にもグラフや写真をたくさん掲載しているため使えませんでした。まぁ見ての通り、相変わらずJ-20がでかいことが分かります。

 なお今回使った写真は記事執筆前に、「こんな記事書いていい?」と編集部に相談したところ、背景は白地だと構造が分かりやすいというアドバイスを受け、それに従う形で撮影しています。元々、自宅の壁の一部は漆喰が塗られているため最初から白地であったというのは良かったのですが、プラモを載せる台はベージュしかなく、何か白い敷物敷けば何とかなると思ってあれこれ探したところ見つからなかったため、自分の肌着をテーブルの上に敷いて撮影したのが上の写真です。
 一応言っときますが、着ていた肌着をいきなり脱ぎだして敷いたわけではなく、ちゃんと洗濯して畳んどいた奴を使い、滑らかな平面を出すためにわざわざアイロンまでかけました。ぶっちゃけアイロンかけている最中、「俺は今、何をやっているんだろうか」と自問自答しましたが。

 写真の秘密もばらしたので、引き続きこの記事に至った経緯について書いてきます。まず2週間前に中国のおもちゃ市場について書いた記事もアップされてますが、当初はプラモの写真を中国のおもちゃの例としてこの記事に使う予定でした。しかし記事にプラモを絡めようにも中国プラモ市場に関する現地報道や分析はほぼなかったほか、日本のプラモメーカーも中国市場単体の業績は公開しておらず、書きようがなかったため一旦は見送りました。
 その後、「戦闘機のプラモなんだし戦闘機ネタでいいか」と開き直り、編集部も承諾してくれたので一気に書くこととしましたが、よくこんな提案を編集部も受け入れてくれたものだと感謝しきりです。

 ただ書くことが決まってリサーチはそんなに苦労することなく済んだものの、ややスランプ気味だったのか執筆面では苦労しました。そもそも前回のおもちゃ市場の記事は、恐らく自分にとっては初めて、掲載当日のランキングでトップテン入りしなかった記事となるなど、5月上旬はこのところの疲労のせいか文章が悪くなっていたように思います。
 そのため、今回の記事も一旦書き上げて編集部に出しはしたのですが、翌日に改めて読んでみるとひどい体裁で、内容も理解し辛い上に自分で書いててポイントが分からないという駄文であったことに気が付きました。結局、またもう一日フルに使ってほぼ全編にわたって書き直すこととなったものの、苦労しただけ幾分マシになり、またそれ以降からこのブログの文章もよくなり始め、やはり当時はスランプにあったと改めて自覚させられました。
 そうした苦労が実ってか、今回の記事では現在のところランキングは1位です。正直うれしいよりも今回に限ってはホッとします。

 続いて記事内容に関してですが、割と徹頭徹尾シンプルに、且つ中立的に書くことを意識してまとめてあります。ふざけた部分はJ-20を見てサイコガンダムを連想したって言ってるところくらいでしょう。
 Yahooのコメントを見ていると「こんな当たり前/みんな知ってる情報ばかり書きやがって」と書いている人がいますが、正直に言えば、こうしたコメントを見るにつけまだまだ自分の需要があるなと思え安心すらします。というのも、軍事や歴史の記事は専門的に書かれることが多く、造詣の深いもの以外だと理解し辛い傾向があり、今回の私の記事はその点を逆に突くことを意識していたからです。

 前にも似たようなことを書いていますが、この手のジャンルの記事は「素人が口出しするな」と言わんばかりに専門用語を羅列したり、一部の主張を強く取り上げたりするなど初心者お断りな内容が非常に多いです。しかし初心者からすると間口で門前払いされては理解のしようがなく、興味があっても知ることが出来ない状態にあり、だからこそ素人目線で分かりやすい軍事関連記事も需要があるはずだと考えて今回の記事の構成を練っています。
 具体的にはRCS(レーダー反射断面積)等という専門用語は一切使わず、中国の戦闘機はどう開発されてきたのかと、現在運用されている戦闘機はどんな種類なのか。そして最後に戦闘機の形状をプラモを見せながら素人っぽく感想を述べるという構造にしてあり、ある意味「サイコガンダムみたい」と書いたのも印象を誘導させる思惑があります。

 ヤフコメを見ていると一部の人たちはきちんと理解しているようでしたが、日本の防空を考える上でこの記事の中で重要な情報は、「中国の艦載機はJ-15ことシーフランカー」、そして「2000年以降に中国は次々と、パクリとはいえ新規戦闘機を開発、就航、運用させている」という情報でしょう。けどこれらの点は見る人が見ればわかることなので敢えて詳しくは指摘したり語ったりはせず、まずは興味と印象を残させるような文章を意識して書いています。
 コメントを見ている限りだと、割とこの目論見は当たったかなと思います。

 最後に、改めて今回戦闘機プラモの写真撮ってて感じたこととしては、やはり実機と比べるとどんな角度からも写真が撮れるため、構造解説記事とかで映える画像が作れるなと感じました。特に複数機種の戦闘機の大きさを比べる場合、そもそも実機では並べて撮影すること自体がほぼ不可能であることを考えると、プラモを使って見せるのはなかなかに効果的です。
 前にJ-20の写真をこのブログに載せた際も、知人を中心に「わかりやすい」、「見やすい」などと評価してくれる意見が多く来ましたが、ミリタリー記事にプラモ使うというのは一見暴挙に見えつつも、単純にわかりやすい記事を書くという観点では間違った選択ではないと実感します。

  おまけ
 今回、「J-20がでかいだなんて、フランカーのがもっとずっとでかいじゃねぇか!」という批判が来るだろうと、でもって真正面から殴られる覚悟で記事を出したのですが、意外にもこうした批判は全く来ませんでした。J-20がでかいことを強調するためにあえてフランカーの大きさには目を瞑ったのですが、この辺についてはまた今度解説します。

2018年5月22日火曜日

LCCの乗客レベル

 また昨日まで約一週間ほど日本に入国して関西、東海地域を回っていました。ちなみに1日目は普通に高槻の漫画喫茶で一晩明かしましたが、なんか漫画喫茶の方がよく寝れるような気がします。あと読もうと思っていた「兎―野生の闘牌」が間に抜けてる巻があって結局また読めませんでした。

 話は本題に入りますが今回個人的に印象に残ったのはケイスケホンダ的に、使用した春秋航空の乗客でした。春秋航空と言えば格安航空会社ことLCCとして、ごく初期から日本で実際に運営されている中国上海市を本拠とする航空会社です。特にこだわりなく、料金が比較的安く(極端にではなく)且つ往復でなるべく同じ航空会社にしようと思ったことからこの春秋航空を選びましたが、結論から言えば今後利用することは多分ないと思います。このように考えるようになったのも、航空会社のサービスはともかく乗客のレベルが極端に低いと感じたからです。

 往路便、復路便ともにあまりいい思い出がないのですが、やはりLCCということもあって乗客は比較的若い中国人客が主でした。これまで私は日本と中国の往復において東方航空とデルタ航空をややメインに、あと安い時にはANAやJAL、そして去年は同じくLCCのピーチエアラインを利用してきましたが、これら比べると春秋航空の乗客の質は目を覆うくらいひどいものでした。
 なおピーチもLCCということもあって乗客は若い中国人ばかりでしたが、使用した便は深夜1時半出発の便であったことから乗客は基本くたくたで、離陸と同時に合宿みたくみんなして一斉に寝るため搭乗中に不快感を覚えることはありませんでした。

 話は戻りますが春秋航空の乗客がどれだけひどかったのか具体例を挙げると、

・無意味に机や椅子を音を鳴らして叩き出す
・離陸・降下中にも関わらず立ち上がる
・大声でしゃべりだす
・意味もなく通路をうろつく
・食べカスを通路に吐き出す
・搭乗の際に大きな荷物を抱え既に着席している乗客にガンガンぶつけてくる

 ざっと挙げればこんなもんです。同じ中国の航空会社である東方航空や中国国際航空(エアチャイナ)の乗客と比べてもその質の差は歴然で、これまで中国便で感じなかった不快感を今回激しく感じて、多少値段が高くなってもこういった飛行機には乗りたくないと感じたほどでした。
 何故これほど差が出たのかというとはっきり言えば料金価格の差で、価格が安いことから所得が低く、あと地方の田舎出身の若い中国人が多く登場したからではないかと思います。といっても食べカス吐いたのは年配のおっさんだったが。

 中国の事情を知っている人には早いですが、その都市部と田舎の人としての差は非常に大きく、上海市などの大都市の住民は非常に洗練されているのに対して田舎出身者はあらゆる面で問題のある行動をとることが多いです。なおツッコミの激しい後輩によると、中国国内でも大都市同士をつなぐ便は多くないが、地方都市とつながっている便だとやはり問題のある乗客が増えるそうです。
 こうした事情は中国人当人ですらよく自覚しており、特に上海市の住民などは田舎出身者だとわかると露骨に態度を悪くするなど差別感をはっきり出すほどで、凄い人になると、「中国人の九割はこの世にいなくていい人たちなの」と日本人ですらドン引きする発言する人すらいました。

 しかし現実にこういった粗暴な中国の田舎出身者を見てしまうと、恐らく私に限らずともいくらかの差別感情を日本人も持つと思いますし、現実に今日本で中国人旅行者をよく思わない人たちはこういった人たちを見ているのではないかと思います。先にも書いた通りに大都市の中国人はマナー面でも非常に洗練されてきているので、個人的には「中国人」とひとくくりで見ない方がベターだと考えますが。

 それにしても今回はLCCの価格に対するそのデメリットを初めてはっきりと認識しました。以前ほど金に困ってないし、あと日中往復便の数はこの一、二年くらいでまたさらに増えてどこの航空会社でも安くなってきているので、今後はもっとしっかりした航空会社を選ぼうと思います。
 なお個人的におすすめなのは、多少高くなりますがデルタ航空です。JALとかANAよりずっとサービスいいし、機体設備もグッドです。地味に東京―上海便だと滞在時間が長く取れる離発着時間ってのも見逃せません。

2018年5月19日土曜日

Vivaldi最強伝説!

 かつて、「Opera最強伝説」という言葉がありました……。

 現在でこそどのブラウザにも当たり前についている機能に「タブブラウザ」がありますが、この機能は北欧初のウェブブラウザことOperaにて初めて実装されたものでした。私は学生時代、「他の人間と同じものを使うなんてありえない」などと盗んだバイクで走りだしそうな自分だったこともあって、なんか特徴的なブラウザを使いたいと思って探した際に見つけ、その機能と凄まじい速さに驚嘆しました。
 それ以降、私はOperaのヘビーユーザーとなり、自宅にきた友人にマウスジェスチャーでタブを閉じては開いて切り替える動作を見せては驚かせたりして、いい時代をOperaとともに過ごしました。ちなみに新聞社にいた頃も、会社のパソコンに勝手にインストールして、ITメディア出身の同僚に、「なんでOpera入ってんの?」と無駄にビビらせてました。

 しかしそんな蜜月時代もあっという間でした。Operaのバージョンが10.00になったあたりから不具合が続出し始め、また単純な機能にすら不安を覚えるようになり、大体このころから最新版ではなく9.0番台を使っていました。しかしOSの切り替えなどで古いバージョンもとうとう使えなくなり、仕方なく最新版をインストールしたら以前よりもさらにもっと激しく悪くなっており、完全に表示することが出来ないサイトすら出ました。
 確かこのブログソフトのBlogger自体も、編集画面が開けなかったです。最低限の能力すら持たない、はっきり言って欠陥品もいいところでした。仕方なく、それ以降はFireFoxを使うようになり、現在はVPNの関係からChromeを使っています。

 上記のOperaの不具合ですが、どうも創立者がまさに問題が起こり始めた10.00のあたりで退社していたことが原因だったようです。実際、10.00以前と以後で全く違うブラウザと言ってもいいくらい内容が変わっていました。
 そしてその創立者ですが、有志と組んで新たなブラウザを作っているとのうわさをある日聞きました。そしてそのブラウザの名は、Vivaldiです。

 私は上記のうわさを聞いた際に開発中のバージョンをダウンロードして使ってみましたが、中国だと検閲回避のためにVPNを、そしてVPNをつかうためにはChromeを使う必要があるため、ちょっと見ただけで本格的に使うことはありませんでした。とはいえ、やはり懐かしさを覚えるブラウザであったのは印象に残っています。

 何故こんな話をするのかというと、実は会社のパソコンでも作業用にFireFoxを入れていたのですが、どうもOSをアップデートしてから中国のアクセス制限が原因でしょうが不具合が起こり始め、まともに使えないのでエクスプローラーで代用していたのですが、やはり使い勝手が悪く、何か代替先はないかと考えた際に上記のVivaldiを思い出しました。既に正式版が出ていたので早速ダウンロードして使いましたが、明らかに早いです
 日本で使った時はそれほど感じなかったものの、アクセス制限で日本語サイトの表示が遅い中国だとその速さは歴然で、また画面も相変わらずシンプルですこぶる見やすく、設定もシンプルで調整しやすいです。そして何より、マウスジェスチャーも使え、懐かしさがこみ上げてきます。

 恐らくこのまま会社のパソコンではVivaldiを使い続けると思います。そして再び、「Vivaldi最強伝説」が始まると確信しています。っていうかVPNの障害なければ自宅でも使いたい……。

2018年5月17日木曜日

本願寺の東西分裂の背景

 また電子書籍で先月ドラマ化したからでしょうが「はんなりギロリの頼子さん(半ギロ)」の1巻が無料配信しており読んでみましたが、「ああ、京都人あるあるやな」と思い、多分この本読んでる人の大半は京都の人だろうとニュータイプ的な直感を感じました。内容的には京都に住みながらスライダーの練習したこともあるのでそこそこ馴染みのあるものが多かったのですが、「京都の人はみんな、増えすぎたり飼えなくなった金魚や亀を東本願寺のお堀に逃がしたことがある」というエピソードはこれまで知らず、新鮮に読めました。
 なお京都人は上記行為について「捨てた」とは絶対言わないとのことで、まぁそうだろうなと納得します。

 さて京都の人にすれば当たり前ですが、本願寺と言ったら現代の阪神タイガースファンに相当するような、戦国時代における一向一揆の総本山なアレです。その本願寺ですが先ほど「東本願寺」と言いましたが、光ある所に影があるように東があるからには西もあり、実際に「西本願寺」は存在します。っていうか東本願寺のすぐ隣です。
 すぐ隣にあるのだしどっちも同じ本願寺だから東西両本社体制なのかなと覚える方もいるかもしれませんが、どちらも仏教の浄土真宗系であることには間違いないものの、宗派はそれぞれ東が「真宗大谷派(東本願寺派)」、西が「本願寺派(西本願寺派)」とはっきり分かれており、激しい対立こそしていないものの歴史的にライバル関係にあることには間違いありません。そんな二派ですが、どちらも日本の宗教団体としてはトップ2の規模を誇るというのだからなかなか興味深いです。
 なおどっちの方が規模というか檀家数が多いのかはわからないので、もし知っている方いたら教えてください。

 一体何故同じ本願寺なのにこのように東西で分かれているのかというと、そのルーツは安土桃山時代にまで遡ります。説明するまでもなく本願寺は当時の本拠地であった現在の大阪市にあった石山本願寺に立て籠って織田信長と対立し、「信長を最も苦しめた」勢力であることには誰も疑問を挟まず、この手の歴史議論にしては珍しくあらゆる方面で意見が完全一致しています。
 最終的に天皇家を仲介とした信長との和睦に応じた時の宗主・顕如は石山本願寺を退去しますが、顕如の長男である教如はこの和睦に反対し、付き従う強硬派の面々とともに石山本願寺に残り続けました。

 なおこの教如の行動は彼の独断専行との見方が強いですが、信長が和睦の約束を違えて退去した本願寺勢力に攻撃を加える可能性を考慮し、あらかじめ顕如と示し合わせた上でのポーズだけの抵抗だったとする意見もあります。もし約束を違えば再び籠って戦い、約束を守るようであれば退去した勢力が宗門を繋ぐという、いわば関ヶ原における真田家みたいな両面作戦と言ったところです。
 現実に教如は威勢よく立て籠もったものの、きちんと和睦の約束を果たすのを確認できたからか半年したらすぐに出ていきました。一応、パパの顕如から教如はその後、蟄居を命じられてますが。

 その後、本能寺の変を経て天下人が秀吉の時代になり、秀吉から現在の西本願寺の地(京都市堀川六条)を本拠地として寄進されてこの地を本拠とします。京都に移ってからしばらくしてビッグダディの顕如が入滅するとその後継者には先ほど立て籠もった長男の教如が指名されて彼が宗主の座を継ぎましたが、これに異を唱える声が内部から上がりました。
 その声を挙げたのも三男の准如と初めから素直に石山本願寺から退去することを選んだ穏健派たちで、彼らの訴えを聞いた秀吉の裁断もあって教如もすぐ宗主の座を准如に譲り、自らは一兵卒みたいな感じで布教活動を続けました。しかし宗主の座を降りた教如の周りには彼とともに石山本願寺退去に抵抗した強硬派が集まっており、既にこの時点で本願寺は分裂状態にあったと言われています。

 そのような火種を抱えていたところ、権力者の代替わりによる転機が起こります。関ヶ原の戦いから2年後の1602年、徳川幕府は隠遁した教如に対して京都烏丸六条の地を寄進します。何故徳川幕府がこうした行為に出たのかというと、かねてから家康に接近していた教如のロビー活動が実ったとか、准如が関ヶ原の折に西軍側についたことを徳川家が良しとしなかったなどいろいろ挙げられていますが、最大の理由は恐らく、半分裂状態の本願寺を完全に分裂させてその勢力を削ぐという狙いがあったという説を私は支持します。家康自身も三河一向一揆に苦しめられた経験があり、本願寺勢力の恐ろしさをよく知っている人物であるということが、この説を支持する大きな理由です。

 その後、東西両本願寺が並存する体制が確立され、宗派もはっきりと分かれたことで現在に至ります。なお仏教系の大学としてそれぞれ著名な大谷大学は東本願寺の学寮、龍谷大学は西本願寺の学寮がそれぞれ母体としています。なもんだから早慶戦みたいに両大学の野球の試合は「東西戦」とか「本願寺対決」などと言わないのかなとか気になりますが、この二つの大学出身の知り合いがいないのでよくわかりません。

2018年5月15日火曜日

スルガ銀のシェアハウス問題に関する発表の疑問点

「シェアハウス関連融資問題」について(スルガ銀行)

 かねてから取り上げてきたスルガ銀行のシェアハウス問題ですが、金融庁の調査が入ってもダンマリ決め込んでたのに、今日になってようやく簡単な報告というかプレスリリースを出してきました。でもって結論から言えば、いくつか疑問を感じる報告書です。
 以前ならともかく、このところこういう報告書見るのに長けてきました。

1、行員の不正関与
 今回発表された報告書は二つ、スルガ銀行自身がまとめた報告書と、弁護士によって構成される調査委員会の報告書なのですが、前者では行員の不正関与について「可能性がある」と濁しているのに対して後者では「後述の1人については資産報告書が偽造されていたことを確実に知っていた」とはっきり指摘しています。何故同時期の発表でありながら内容が異なっているのか、第一、スルガ銀の報告書では行員へのアンケートで不正の認識を尋ねたと聞いていますが、不正調査のプロに前教えてもらいましたが、「不正している人間はやっているかと聞いたら絶対否定する」とのことで、そんなアンケートなんて取るだけ無意味です。むしろ見るべきは、「周りで不正をやっている疑いのある人間はいたか?」でしょう。
 もっとも、この件から見えることは一つあります。こうした表現を取るということはやはり不正はスルガ銀全体、恐らく幹部も含めて実行していた可能性が高いということです。自分は不正調査のプロではありませんが、文章表現のプロだと自称しており、そんな自分に言わせれば不自然な表現には不自然な背景が必ず存在します

 ほんと関係ない話ですが、ジャッキー・チェンのなんかの映画でヤクザの治療に失敗した医者が他のヤクザに襲われるや拳法で次々と薙ぎ倒し、「医術は三流だが拳法は一流なんだぞ!」と吠えるシーンを何故か思い出しました。

2、問題規模
 スルガ銀の報告書には、「 2018年3月末時点で、シェアハウス案件について当社から融資を受けておられるお客さま1,258名、融資残高は203,587百万円となっております。」と書かれてありますが、肝心の「かぼちゃの馬車」の運営会社ことスマートデイズ社関連の融資額は書かれていません。ご丁寧に、「これは、スマートデイズ社に関わるものに限られません。」とまで書いていますが、だったら言えよ。
 この件で私が最も知りたいのは、スルガ銀の内と外でこれから何人殺すのか、何億すっ飛ばすのかという二点こと今回の問題規模です。まさか現時点で上記数字を把握していないなんて言うわけはなく、何故今回このようにして隠したのか、何か意図があると疑います。

 私の勝手な推測を述べると、シェアハウス以外のリテール事業でも似たようなことをたくさんやっているからこういう表現になったのではと思います。知ってる人には早いですがスルガ銀行は個人融資ことリテール事業で収益を伸ばしてきた銀行で、今回の問題に飽き足らず報告書でも「それでもリテール事業は縮小しないよ(`・ω・´)ゞ」と書かれてあります。まぁ別にいいけどさ。
 ただ、以前から何度も書いているようにこうした金融不正事件は何か一つの不正が明るみになる時点で他にもたくさん爆弾を抱えているという事例が多いというか、むしろそっちの方がデフォルトです。ましてやスルガ銀はリテール事業でのし上がってきた銀行で、尚且つ以前にも書いたようにロードバイクローンの試算例は一目で異常だと感じる内容で、ああいったものを顧客に見せているとしたら相当程度消費者をだましてきているのではと疑わざるを得ません。

 だからこそ問題規模について先ほどのように「シェアハウス案件」に限って金額を出してきたのでは、この問題をシェアハウス問題だけに減点するつもりなのではと、穿ちすぎかもしれませんがこんな考えがよぎりました。

3、スマートデイズ社への批判が皆無
 これが一番気になった点ですが、報告書全体を読んで問題の持ちかけ側ことスマートデイズ社への批判こと恨み節が一つも見当たりませんでした。私はてっきり、スルガ銀はスマートデイズ社に騙された被害者ぶって批判をかわすのかなと予想してましたが、あまりそう言った論調はありません。
 もしかしたら自行が不正融資に関与していることを真摯に反省しているから何も文句を言わなかったのかもしれませんが、それにしても今後の対応などでスマートデイズからの一部債権回収などにも触れないのはやや不思議です。むしろ今回の報告書を見て、スマートデイズ社を庇うかのような印象すら私は覚えました。

 仮に庇うとしたら何故庇うのか。自行も不正に関与しているからなのか。スマートデイズ社関係者に弱味を握られているのか。他にも同じような取引相手がまだ存在するからなのか。などと勝手な憶測を巡らせています。

 この記事は割と突っ込んだ内容になっていますが、まぁ公のメディアでもない個人ブログだし、憶測であると断っているので自分的にはありです。むしろこうした状況分析や予測においては、どれだけあり得ないと思うような想定も選択肢に入れられるかがその実力を左右するところだと考えているので、そう思う根拠と可能性があるのならどんどん思考を巡らすべきでしょう。

2018年5月13日日曜日

先天的能力と後天的能力

 ストライクフランカーことSu-34を今日は朝から作っていましたが、これめちゃくちゃでかいです。フランカーシリーズはくびれたノーズがエロいと評判だし実際見栄えいいから作ってみようと思いましたが、このあり得ないでかさはかえって興醒めで、やっぱりMig-29が一番だと思いなおしました。

 話は本題に入りますがこのところ一人でいて思うこととして、自分は普段の生業においてやや先天的能力に頼りすぎて生きて来たなと思うと同時に、後天的能力をあまり使わない、もとい育てるためにあんま努力してこなかったなと反省し始めてます。

 また大分昔の話ですがある日友人に、「どうして花園君は他の人がまずしないであろう話題を突然取り上げるなど、発想力がいいの?何かやってきた?」と聞かれ、「正直なところ先天的な部分が大きいと思う」と答えたら「言うねぇ」と返されました。
 気取って言ってるつもりはなく、このブログで取り上げる話題や披露する考え方などに至る発想に関して私自身はやはり先天的な能力に由来すると思います。こう考えるのも割と子供の頃から突飛な発想をしていたり、自分で考えを組み立てる癖が教えられるわけでもなく持っていたからです。同様に集団の違いや時系列での変化等に気付く観察力も、これもまた鍛えたつもりはなく、始めからかなり高い水準で持ってて現在も活用していることから、先天的なものでしょう。

 逆と言っては少し違うかもしれませんが、学生時代までこれは自分が鍛えた代物だと思っていたのは知識量でした。大体小学校中学年の頃から「どんな些細なことでも自分と無関係だとは考えず、できる限り覚えよう」という志しを持ってから幅広いジャンルに対して知識量を蓄え、現時点で自分が目指していた水準より遥かに高いレベルまで至りましたが、この知識量に関して子供の頃からの積み重ねだと信じていました。
 しかし、結果から言うとこの知識量もとい記憶力に関しても先天的なものだったと今は判断しています。というのも以前書いたように自分はてんかんを持っており、てんかんキャリアの中には実際このように何年前の内容でも昨日のようにすぐ詳細に思い出して話し出す人間は結構いるそうで、私の場合も記憶力がいいというよりかは関連するキーワードは記憶を呼び起こすのに長けており、恐らくこれはてんかん、神経伝達の電圧が極端に高いという症状がなせる技だと思っています。鍛えたからこうなったというものではないでしょう。

 このように、普段の活動において私が武器として長所として活用する能力のほとんどが先天的なものに由来し、いったい自分は何に努力してきたんだと我ながら呆れてきたのですが、そこではっと思い出したというか一応これは後天的獲得能力だなと言えるものとして文章力を思いつきました。
 本格的に文章を書くようになったのは中学生くらいからで、もうそのころには200ページ超の小説とか普通に書いていました。ただその後、段々と文字数を如何に少なくして内容を抉り出すべきではないかと思い始めてからこうした論評、コラム、記事などを得意とするようになってきて、多分現在なら数百枚の小説とかかえって書けないかもしれません。

 その後高校時代は一環として何かしら文章を書き綴っており、大学時代はいろいろ考えがあって敢えて書かなくなり、卒業間際になってこのブログを書き始め、上海で新聞社入って現在に至ります。各段階でそれなりにレベルアップがあって時系列ごとに自分の文章はきれいになりつつ癖を持つようになり、一応今でも素人よりは立派に見える文章を書けると自負しています。
 ちなみに一番得意とするのは、難しい内容をわかりやすく説明するような文章です。この方面だったらそこそこ自慢出来るような気がします。

 以上まで長々と自分語りをしてきましたがここで何を言いたいのかというと、能力の種類によってその上昇カーブは先天的か後天的か決まるのではと私は思います。具体的には、「勘の良さ」に分類されるようなものはほぼ先天的素質で決まり、練習したところで得られる修正は限られてくるでしょう。
 その逆の後天的努力による影響が強い能力に関しては、私の場合は文章力ですが、これ以外あんまり浮かばないのでどういう類がこれに属すかは正直ピンときません。そりゃ体力関連であれば、間違いなくこっちでしょうが。

 オチがまた弱いですが、自分の何が先天的な能力なのかを見定めるのは意外と重要な気がします。多かれ少なかれ誰もがそういった先天的素質に頼る面があり、何故頼るのか、ほかに後天的努力で補っているところはないのかを自己分析すると意外と見えてくるものがあります。