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2008年6月28日土曜日

足利尊氏の肖像画の謎(・・?

 今日はとっておきのネタです。まずはこのリンク先のウィキペディアのページを見てください。

 ・足利尊氏

 見てもらった方はページの右上にある肖像画を見て、「えっ!?」と思ったのではないでしょうか。その余韻が冷めないうちに、今度はこっちのページを見てください。

 ・足利直義

 それこそ、「なんじゃこりゃー!!」と太陽にほえろばりに驚いた方もいるのではないでしょうか。こっちの足利直義の肖像画は一般的には源頼朝の肖像画として広く知られているものです。それが何故足利直義のページに貼られているのか、不思議に思いませんか?

 なんでも、これまで源頼朝と伝えられてきた、えらい山奥にある京都神護寺に伝わるこの肖像画ですが、最近の研究によるとどうも足利直義の肖像画なのではないかという意見が強まってきているらしいのです。同様に足利尊氏のページに貼られている肖像画も、従来は人気の高い平重盛のものと言われて来ていたのですが、どうにもひっくり返ったようです。
 足利直義についてはともかくとして、あのひげもじゃの騎馬武者像が写っている従来の尊氏の肖像画については昔から異論が数多くありました。馬の鞍についている家紋が足利家の物と違うことや、伝来がはっきりしないことなどがあり、実際には足利家の執事であった高師直ではないかと言われており、この新たな尊氏の肖像画の出現によってますます高師直だという説が強まってきています。

 私の主観で言うと、これらの肖像画は新説の方が正しい気がします。それこそ研究家でもない私なのですから根拠は何もないのですが、歴史の中で描かれる足利尊氏、直義のイメージからすると、この新たな肖像画の方がなんかしっくりくる気がします。足利尊氏は武家の棟梁として、どちらかというと温和で落ち着いた感じのイメージで、従来のひげ武者はやはり豪勇で伝わる高師直だと思い、足利直義についても、彼の経歴からすると冷徹な官僚的イメージというか、大久保利通に近いイメージを持っていたので、これまで源頼朝像と言われてきたこの肖像画がだとピンときます。

 真偽は今後の研究を待たねばなりませんが、じゃあ現在の中高生が使っている歴史の教科書にはどっちが写っているのかと思い、ちょっと今日に本屋で中高生向けの参考書を立ち読みしましたが、どうやら教科書に使われているのは昔のままの肖像画のようです。源頼朝はウィキペディアの足利直義のページに貼られている画像で、足利尊氏は例のひげ男爵のままで、実はこの肖像画じゃないかもという内容のコメントは特に載っていませんでした。
 折角だから、早いうちに中高生の教科書には、「もしかして、違うかも」という一言くらいは入れといた方がいいかもしれません。そうした方が想像力が掻き立てられて、中高生にとっても面白いんじゃないかなぁという気がします。

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