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2010年4月7日水曜日

書評「無理」

 先日友人より、「これ、長いけど」といってまた一冊の本を借り受けました。特に特定の本を当時読み進めていたわけでもないものの、4/10になると文芸春秋の最新号が発売されてそっちに忙殺される事から、小説とはいえ543ページもの厚さもあることだし読み終わるのは恐らく一ヶ月くらい先だろうと受け取った際に私は想定しました。
 しかしそれが、わずか三日で読み終わってしまうとは夢想だにもしませんでした。

 そんな借り受けた本というのは、直木賞作家でもある奥田英朗氏著の「無理」(原題「ゆめの」)という小説です。元々この奥田氏の本は出世作ともなった精神科医シリーズの「空中ブランコ」は買って読んだ事はあり、この作品は私も贔屓にしている堺雅人氏も出演してのドラマ化までされましたが、読んだ当時は確かにつまらなくはない小説であったものの果たして直木賞受賞作品と言えるほど面白いかとなると首を傾げる内容でした。なんていうか、話の締まり方がワンパターンだったし。

 それが今回の「無理」では文字通り、貪りつくくらいの面白さで読み始めると一気にページが進んでわずか三日、一日平均180ページのペースで読了まであっという間に持っていかれました。
 この小説のあらすじを簡単に説明すると、市町村合併によって新たに出来た地方都市の「ゆめの市」を舞台に、年齢も職業も性別も全く異なる五人の男女がそれぞれの生活の中でお互いに全く接点を持ち合わずにそれぞれの事件に遭遇していくという内容です。

 読み始めてすぐの頃、この小説の形式はかつてチュンソフトから発売された「街」という、これまた全然接点のない八人の男女の渋谷における五日間を読み進めるというゲームに近いなという印象を覚えました。この「無理」を貸してくれた友人も「街」が好きだったからわざわざ私にも貸してきたのだろうと考えたのですが、確かに「街」のように各主人公らが微妙に接点を持つというなどは共通してはいるものの、それ以上に「ゆめの市」という、架空の地方都市における生活の描写がまさに絶妙でした。

 地方公務員の主人公は後を絶たない生活補助申請の処理に手をあぐね、女子高生の主人公はなんとしても東京の大学に進学して田舎だと考える故郷を脱出しようと画策し、詐欺商品のセールス販売員である主人公は仕事のないその地域ゆえに自らの行為を正当化し、孤独な主婦の主人公は新興宗教にすがり、市議会議員の主人公はより大きな県政へ打って出るため地元ヤクザとつるむなど、それぞれの生活者の視点がやや誇張した話の中とはいえ実に生活観に溢れて生き生きと書かれております。

 しかしそうした描写の良さもさることながら、この作品で私が最も惹きつけられたのは地方都市特有の閉塞感です。私は人生の大半を現在も住んでいる関東のベッドタウンにて東京圏の文化を受けながら過ごしており、お世辞にもあまり地方の現状や生活に触れてきたとは言えない人間ではあります。しかし大学生になった当初、キャンパスの設置地の関係で一応行政区分は市ではあるものの田舎の間隔が抜け切れないようなある地方都市に数年の間生活しましたが、その際に覚えた閉塞感というのはそれまでの自分が如何に恵まれた場所、文化圏で生活してきたのかを思い知らされるには十分なものでした。

 まず何が一番辛かったといえば、自分が情報に取り残されていくという様な感覚です。それこそ関東圏で東京キー局のテレビ番組を毎日見ていたころは意識せずとも現在の流行や注目を集める情報が入ってきていたのが、地方に行くとNHKを除いてローカル局のテレビ放送となってしまってこうした情報も意識してもなかなか手に入らなくなりました。しかもその地での生活を始めた当初はインターネットも繋いでいなかったので二次媒体で補完する事も出来ず、時たま電話で話す関東圏の友人の情報を聞く度に自分が置いていかれていくように感じて心細さを日々感じていました。
 ついでに書くと、年齢がばれるかもしれませんが当時すでに関東では一般的となっていたICカード式定期券が関西では誰も知らなかったというのも激しくショックを受けました。

 更に言えば、当時はなにぶんお金がなかったもので進学に合わせてすぐにでもとアルバイト先を探したものの、関東であればそれこそちょこっと歩けばどこの店頭にもアルバイト募集の看板があるのに対し、その地域ではアルバイト情報誌をいくらひっくり返しても電車で30分くらいかけなければ募集先などなく、交通費だってあまり持ちたくないのにどないすればええねんと言いたくなるような状況でした。結局見つけたのは電車で40分の場所だったし……。

 そのときに感じた感傷というか閉塞感が、今回この「無理」を読んで一度にまとめて呼び起こされたわけです。ちょこっと地方に住んでいただけでえらそうに言うべきではないと分ってはいますが、近年の日本の地方都市には東京や大坂近辺にずっと住んでいる人間にはとてもじゃないですが理解のしようのない、絶望感にも近い閉塞間は確かにあると私は思います。それら閉塞感が何故生まれるのかといえばネットを初めとした情報通信の発達や、不況による失業者の増加、地方格差などいくらでも理由をあげる事は出来ますが、実際にはどのような閉塞感があるのかとなるとこれまで納得させられるような表現や説明は今まで見てきませんでした。

 それが今回、多少持ち上げすぎな気もしますが「無理」の中では各主人公を通して彼らの抱える閉塞感が如何なく書かれており、徐々に地方都市に適応していった自分に対して最後まで閉塞感と戦い続けた別の友人には是非読んでもらいたい作品です。

  おまけ
 今回「無理」を貸してくれた友人は類稀な読書家で、「少年H」は嘘八百ばかりだということも教えてくれた友人でした。会う度にいろいろと本を貸してくれるので、恐らく去年に私が読んだ本の八割は彼からの提供によるものです。

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