2017年12月17日日曜日

マウスコンピューターのノートPCの感想(LB-F551XN-S2-B)

 先日、友人に尋ねられたので、今年購入したマウスコンピューターのノートパソコンの感想について簡単に記しておきます。

LuvBook F シリーズ LB-F551XN-S2 仕様詳細(マウスコンピューター)

 マウスコンピューターについてはいわゆるBTO、直販よりも仕様を個別オーダーする方式での販売を思とするパソコンメーカーでです。私は今年前半までちょうど新聞記者となった2011年に購入したNEC LavieシリーズのノートPCを使っていましたが、既に購入から6年近くが経過していたこともあり将来的なクラッシュ可能性を考慮し、また密かにノートPCハードウェアの購入が好きだという趣味もあって買い替えを決断しました。最も知人からは、「ノートPCで5年も持つの?」と逆に驚かれましたが。

 購入選定に当たってちょっと障害だったのは、それまで使っていたLavieの性能がやや高すぎたことです。ちょうど日本が円高の最中に、オノデンで格安で売られていたものを購入したせいで、2011年製でありながらCPUはCorei5だし、メモリも4GBあり、おまけにブルーレイディスクを搭載していたため、買い替えでこのスペック以下のパソコンは正直購入したくなくてこの条件以上で、尚且つ記憶媒体はHDではなくSSD、さらにメモリも最低8GBは欲しいという要望となりました。
 まとめると以下の通りです。

<要求スペック>
CPU:Corei5かCorei7
メモリ:8GB以上
記憶媒体:SSD限定
ディスプレイ:15.6インチ(DVDとか基本パソコンで見るから)
Office:Powerpointも使えるバージョン込み
デザイン:個性あふれる感
値段:できれば10万円強

 この条件で探したところ、メモリとSSDに関しては割とどこのメーカーでも簡単に条件をクリアしたものの、CPUについてはCeleronシリーズがやけに多く、Coreiシリーズを選ぶとなると途端に値段が跳ね上がる、もしくはそもそもオプションなどのラインナップに入っていないということに気が付きました。昔(90年代)と違ってメモリ量さえ確保されていれば速度的にはそれほど問題ないかなと思いつつも、なんでもって6年前に購入したノートPC以下のCPU載せるねんとか思い納得いかず探し回りましたが、どうしても条件をクリアするマシンが見つからず、後半に至ってはいくらかCPUを妥協することすら検討しました。

 最終的に上記条件を満たした上、プラス9800円でメモリを16GBにアップグレードできることが決め手となり、マウスコンピューターの「LB-F551XN-S2-B」の購入を決めました。オプション込みで購入したスペックと価格は以下の通りです。

<購入スペック>
CPU;Corei5
メモリ:16GB
記憶媒体:SSD240GB
ディスプレイ:フルHD15.6インチ
Office:Powerpointも使えるバージョン込み
デザイン:くっそダサく色も黒色オンリー
価格:約13.6万円(税込み)

 購入の決め手は上記にも書いた通りにメモリのアップグレードが異常に安かったのと、他社で似たスペック(メモリは8GB)で購入しようとしたら18万円くらいかかるというコストパフォーマンスの高さです。
 では実際に使ってみた感じはどうなのか。結論から書けばコストパフォーマンスは非常に高いものの痒い所に手が届いておらず、設計面で意外に稚拙さを感じます

 まず性能面では充実のCPUとメモリの量から全く申し分なく、初SSD搭載機ということもあってかデータの処理速度は驚くほどで、現在に至るまでこの点に関しては一度も不満を感じることはありません。
 一方、周辺機器というかハードウェアではやや細かいと自認するものの、不満を感じる点が多々あります。まず第一にキーボードレイアウトで、現在私は外付けキーボードを使うため影響はないのですが、ノートPC本体についているキーボードは少し使ってみたところ、あまり出来合いが良くない印象を覚えます。具体的には右Shiftキーが異常に小さく、また矢印キーが右Shiftキーとテンキーととの間に空間が設けられておらず、ブラインドタッチ時に区別できずミスタイプすることが多いです。特に右Shiftキーの小ささは異常で、他のキーと二周りくらい小さいためにキーを指で探っていると同じく小さい「_キー」とともにすっと滑ってしまい、ミスタイプが多発します。っていうかこの辺り、句読点のキーとも混同しやすく半端なく打ち間違えやすいです。

 次に、一番自分が不満に感じた点ですが、イヤホンジャックの位置が最悪です。具体的な場所はPC本体右側面の手前部で、ここにイヤホンジャックを挿すとマウスを持つ手と見事にぶつかり、左利きだったら問題ないでしょうが、かなりストレス感じます。またイヤホンの線もこの関係から、特に私のように外付けキーボードを使っていると、ホームラインの位置上、どうしても外付けキーボードの上をイヤホンの線が乗っかることになり、対応するにはイヤホンの線を本体キーボードの上で大きく左側にもっていかなければならず、見栄え的にも配置的にもあまりよくありません。
 これらの問題はイヤホンジャックを左側面に持ってきていればそれで済む話で、一体何故右側面部に持ってきたのかが理解できません。NECのLavieはまさにこの点で左側面部にジャックがあり、不満を感じることは一切ありませんでした。

 同様に、USBポートの位置もちょっと悩む位置です。左右どちらにもありますが(USB3.0は左側のみ)、左右ともに手前側にあり、イヤホンと同じく邪魔な位置にあります。やはり前のLavieが奥側にこれらジャックが付いていたせいもあるでしょうが、非常に位置的に気になる箇所であるとともに、マウスを使う右側にラインのあるUSB周辺機器を付けてしまったらもう絶望的です。現在のところ、無線マウス+キーボードの受信機のみ右側につけているので、大きな問題にはなっていませんが。

 あとこれは確実な不具合として述べますが、イヤホンジャックの端子がちょっとおかしいです。具体的にはイヤホンを付けてもきちんと接続されないことが多々あり、音声が一部入ってこないということが頻繁に起こっています。最初はイヤホンが故障したのかと思って新しいのを購入して何度もつけなおしましたが問題は解消されず、最終的に接続した端子をこねくり回すことで初めてきちんと接続されることに気が付きました。
 恐らくですが内部端子の位置が悪い、もしくは固定がうまくなされていないせいだと思え、つい昨日もイヤホンを付けたところやけに音量が小さいなと思ったら、接続したイヤホン端子をトントンと叩いて解消した有様です。この点に関してはマウスコンピューターのサポートへはっきり伝え、向こう側も無償で点検するのでPC本体を持ってきてほしいと言われましたが、「こっちは中国だ。おいそれと日本に帰れない」と伝え、先ほどの端子位置と合わせて以降の設計の参考にしてほしいとだけ伝えました。

 さらにこれは好みの問題かもしれませんが、スピーカーの位置をどうしてみんな手前に置くのか不思議です。これは前のLavieもそうでしたが、スピーカーが本体手前下部についているせいで、本体手前に物置いたり、本体の置き場所を柔らかいものの上に置いたりすると露骨に音響が変わります。特にこれが深刻なのは本体キーボードを叩く時で、キーボードを叩く腕によって音の音量なり音響なりが変わってくるので一体何故この位置につけ用とするのかが理解できません。
 なら外付けスピーカー付けろよと言われるかもしれませんが、先ほど述べたイヤホンジャックの位置の関係からつける予定はなく、Bluetoothにすりゃいいじゃんかという意見もありますが電池変えたりするのが面倒なのでこれもパスです。個人的には東芝のDynabookシリーズのように、ノートPCのスピーカーはヒンジ部手前、言い換えると本体キーボードの奥につけるのがベストだと思え、イヤホンジャックやUSBポートともども、多少本体の厚みが増してもいいからこういうところに気を使ってほしいと本気で思います。

 以上に挙げている点はスピーカー位置を除き、Lavie時代にはどれも一切気にしたことがなかったポイントでした。それだけLavieが設計面で優れていたと言えばそれまでですが、今回の1件を経て次にノートPCを購入する際は値段や性能以前に、これら周辺機器の配置も気にする必要があることを本気で学びましたし、これから購入される方も以上の点について注意されることをお勧めします。

 上にも書いている通り、パソコンメーカーの方々は安くで販売されることももちろん大事ですが、それ以上にこうした細かい設計面にもうちょっと気を使ってほしいと言いたいです。特に接続端子位置は自分のように狭い机でPC作業をする側からしたら死活問題と言ってよく、ほんのちょっとの気遣いで取り回しが大きく変わって来ます。それだけに多少本体が分厚くなっても、っていうより薄さなんてはっきり言ってクソどうでもいいから、端子類はなるべく奥に、でもってスピーカーはヒンジ部に置くよう努力してほしいです。

 最後にPC選びの個人的こだわりとして、HPのパソコンは私は絶対に買わないようにしています。理由は何故かというとキーボード配置が日本仕様になっていないケースが多いことに加え、タッチパッドのオンオフが以前VIOSでしか切り替えられなかったからです。今はどうだか知りませんが、日本メーカー製のPCなら当たり前にデスクトップ上で切り替えられるのに対し、HPはVIOSでしか切り替えられず、オン状態だとキーボード叩いてるそばからマウスカーソルが動いてミスタイプが多発していました。かといって切っておくと、突然無線マウスが使えなくなった時に齟齬が生じる可能性が高く、不満を通り越して憎悪すら感じたのでそれ以来HPのパソコンは買わないようにしています。
 っていうかやっぱり、端子位置を含め多少値段が上がったとしても店頭で来て見て触って買うのがベターかもしれません。もっとも、このフレーズを作った富士通のPCもテレビCMが見てるだけでイライラするから絶対買わないようにしているけど。

2017年12月16日土曜日

水木しげるの弟子

 先日、以下の商品を発見して即購入しました。



 この漫画の作者は40年超にも渡り水木しげるの執筆を支えてきた、水木プロのチーフアシスタントである村澤昌夫氏による水木しげるとの回顧録です。表紙を見てもらえばわかる通り、2年前に亡くなられた水木しげるの画風そっくりで、内容も話の展開からあの独特な絵柄に至るまでこんな人がいたのかと驚くくらいにそっくりです。
 この漫画の巻末には作家の京極夏彦氏があとがきを書いているのですが、さすが京極先生というべきか、この村澤氏について非常に簡潔ながら肝要な紹介がなされてあり、その文章を読むだけでもこの村澤氏という存在がいかに大きいかがよくわかってくるほどです。

 あとがきの内容を簡単にまとめると、いわゆる「水木しげるの弟子」としては京極氏や荒俣宏氏をはじめたくさんいるが、これらはどれも「追っかけ弟子」であり水木しげるの思想のファンでしかないが、村澤氏に至っては40年超も水木しげるのそばで寝食し(現在はわからないが昔は住み込みアシスタントとして水木宅に常駐)、またその絵柄から価値観までを最大限に吸収した真の「水木しげるの弟子」であると評しています。
 水木しげるのアシスタントについて京極氏は、「つげ義春氏や池上遼一氏など漫画界の重鎮たる人物も水木しげるのアシスタントを経験したが、つげ氏に至っては元から、池上氏に至っては独り立ちしてからそれぞれ独自の世界を持つようになり、厳密な意味での水木しげるのフォロワーとは言い切れない」とし、それと比べ村澤氏については未だに過去の自分の絵柄と見比べながら、「ここが水木センセイとは違う」と水木しげるの後を追うことについて非常に熱心であるとも書いています。

 この京極氏の批評については私自身も全く同感です。例えば手塚治虫のフォロワーであれば藤子不二雄を始めたくさんいますが、水木しげるのフォロワーとなると実はほとんどいません。そもそも水木しげる自体が変わり者揃いである漫画家の中でも一際特異な人物であったことはもとより、京極氏曰く「漫画家でもあり画家でもあった」とされるように、独自の描き方というか技法を持っていたことから、追随する人間が実はあまり生まれなかったのではないかと私は思います。
 特にそれが顕著なのは「背景」です」。普通の価値観から言えば点と点をつなぐことで線となり、線と線をつなぐことで面となり、面と面をつなぐことで立体となります。しかし水木作品の多くの背景は点描、つまり点々でもって立体的に描かれてあり、この技法により恐ろしく写実的な背景画が描かれています。

 この水木作品の背景について、「中古軽自動車に妖怪百体描けるかな?」を見事実践した「妖怪百鬼夜号計画」のTAC氏もかつて、車体に妖怪をたくさん描きつつもそのどれもが見ていて怖くないことに気が付いたことを書いた上で、「水木作品の妖怪はいかにも普通の日常そうな場面に描かれていたから、おどろおどろしく怖かった」ということに気が付いたと確か書いていました。最初にこのコメントを読んだ際は絵描きの感覚からはそうなんだとしか覚えなかったものの、改めて点描で描かれた水木作品の背景を見るにつれ、それが如何に特別なものであったのかが段々気が付いてきました。

 この点描の背景については村澤氏の漫画でも言及されており、「完成後の出来合いは素晴らしいが、労力が半端じゃない」と書いています。その一方、この漫画の背景も点描で描かれており、特に水木しげるとヨーロッパを旅行した際に回った修道院の中などは、どうやったらこういう風に書けるんだろうと思うくらいに不思議な写実感を感じる背景となっており、水木しげる本人が描いたと言われればそのまま信じてしまうくらいに再現されています。

 このブログでは作品の紹介をするくらいでそれほどプッシュはしないようにはしていますが、この作品については水木しげるが大好きな方は是非とも手に取ることをお勧めします。続きが出るかわからないけど、出たら私は必ず買うでしょう。



 なお今回商品リンクを探している最中、上記の商品もついでに発見しました。こんなものまで出ているとはと思うとともに、改めて水木しげるの影響力凄いなと感じました。

2017年12月14日木曜日

気になる二つの裁判結果

 先日、エリカが例えてあげるなら、ランボーにとってのトラウトマン大佐のような元戦友(=元同僚)と3年ぶりに再会した際、「新聞記者時代より今の方が取材して記事書いてんじゃん」と言われました。事実その通りだから困るし、「記者時代にこれだけ取材して書いてたら周りからものすごい評価されたと思うよ」とも言われました。
 それにしてもただでさえ古い言い回しに古典映画の喩えを用いるのは我ながらどうかと思います。そもそも普通に、「ランボーで例えるなら」でもいい気がするし。

藤井美濃加茂市長「悔しい」憤り 混乱避け辞職決断(岐阜新聞)

 話は本題に入りますが、私もこのブログで追ってた美濃加茂市長の裁判で、最高裁も高裁判決を支持して有罪が確定されました。過去の記事でも書いているようにこの裁判については冤罪としか思えない内容で、そもそも高裁審理では一切何も新たな証拠や証言が出ていないにもかかわらず一審の無罪判決が二審では逆転有罪となった時点でおかしかったですが、かえってなにも新証拠が出てこなかっただけに今回の三審についてはやはりという感情が思い立ちました。
 裁判員裁判の開始や足利事件以降はこうした冤罪は減り、あの東電OL殺人事件すらも再審がなされたことから大分マシになったと思ってはいたものの、未だに日本の司法は問題が多いと改めて痛感する出来事と言えそうです。

コーエーに特許侵害で賠償命令 カプコンの訴え一部認め(朝日新聞)
コーエーテクモ、カプコンからの特許権侵害訴訟に一部勝訴―『真・三國無双』シリーズなどに関する訴えが棄却に(インサイド)

 続いて気になったのがこの裁判結果です。敢えて二つの記事のリンクを付けましたが、見出しによってこうも印象変わるんだなと思うとともに、下のインサイドの方ではコーエーテクモをやや応援する側についてように見えますが、私もこの件では同じ見方です。
 この裁判を簡単に説明すると、カプコンが自社ゲームの技術特許をコーエーテクモが無断で使用して侵害していると訴えたものですが、カプコンがパクられたと主張したゲーム(戦国BASARA)はそもそも誰がどう見てもコーエーのゲーム(戦国無双)をパクって作られたものであっただけに、3年前の提訴時には「え、訴えたの逆じゃないの?」と誰もが思った曰くつきの裁判でした。しかもカプコンが権利侵害を主張した技術は、元のゲームに追加要素を加えたアペンドゲームと、アペンド対象となる元のゲームを連動させる技術で、この技術自体はPCゲームを中心にかなり昔から存在しており、またコーエーは90年代からこうしたアペンドゲーム(いわゆる「パワーアップキット」)を出している老舗だっただけに、私自身もカプコンはここまで落ちぶれたかと思う内容でした。

 今回、3年にも渡る裁判がようやく決着がついたのですが、結果的には上記のアペンドゲームに関する特許侵害は一切認められず、コーエーテクモ側の主張が完全に認められました。その一方、自分も知らなかったのですがこれとは別に特許侵害が主張されてた技術があり、その技術についてはカプコン側の主張が一部認められ、特許侵害があるとして請求額4700万円に対し517万円の賠償支払いをコーエーテクモが命じられました。
 なおこの特許侵害が認められた方の技術ですが、何でも敵が近づいたらコントローラーが振動するという技術だそうで、率直に言ってなんだそりゃと呆れました。こうしたコントローラーをゲームの展開に合わせ振動させる演出なんてごく一般的であり、コーエーテクモ以外にも同じような演出のあるゲームなんてごまんとあります(振動ではなく音だけなら「エネミーゼロ」とか)。請求額が大きく削られたとはいえ、この件でコーエーテクモ側に賠償が命じられるのはおかしいと思うとともに、こんなすっとんきょんな主張したカプコンはますます嫌いになりました。

 全体から見れば確かにコーエーテクモに一部賠償が命じられたものの、インサイドの記事が書くようにどっちかと言えばコーエーテクモ側の勝訴と言っていい判決だと私も思います。しかし上記にも書いている通りにカプコン側の主張は普通に考えていちゃもんとしか思えない内容なだけに、私としてもぜひともコーエーテクモには控訴してもらって、次の裁判で完膚なきまでカプコンを叩いてもらいたいのが本音です。

 なお本題から少しずれるかもしれませんが、コーエーテクモのゲームにはたまに妙なシステムが搭載されていることがあり、いくつか例を挙げると「ニンジャガイデンシリーズ」では、コントローラを上下に振ると画面上の女性キャラの胸が揺れるというシステムがあり、最初これ聞いた時、「考えた奴、頭おかしいんじゃないか?」と本気で狂気を感じました。また格闘ゲームの「デッドオアアライブ」では、戦闘時間が経過すると汗でキャラクターの服が段々透けてくるというシステムがあり、これも発想からしておかしいと思うし、実際に搭載してしまうのはもっとおかしいと感じました。
 詳しく調べていないのでわかりませんが、上記2つのシステムについてコーエーテクモは特許を取ってるのか今やたらと気になります。っていうか、こんな下品なシステムに特許取ろうとすること自体なんかアレな感じしますが、このシステムで特許権侵害の裁判とか起こったら一体どうなるのか、いろいろと想像つきません。

2017年12月12日火曜日

中国の格差の実体~職業間格差

 体調が悪くまた更新が空きました。今後の更新についても未知数です。

 さてここまでしばらく中国の格差についていくつか記事を書いてきましたが、今回が最後ということでやや趣向を変えて職業間格差について触れます。結論から言うと、中国では職業間の給与格差が非常に大きいです。

 日本国内でいえば、証券をはじめとした金融系だとやや給与が高く、外資だとさらにその傾向が強くなるくらいで、ほかの業種に関してははっきり言ってそれほど差があるとは言えず、むしろ会社規模による差しかないでしょう。これが中国だと大きく異なり、その就いている職業によって給与額は大きく変わってきます。
 比較的高収入なのは、日本と同じく金融系のほか、本人に技術があること前提ですがIT系の職業もやや高めです。もっともIT系の場合、いくらか実力あったらすぐ独立しちゃいますが。そのほかだと目立って高いなと感じるのは研究職で、先日にファーウェイが日本国内で大卒初任給月40万円という報酬で研究者を募集したことが話題になりましたが、実力さえ認められればこうした高収入の待遇は中国ではよくあることです。

 逆に低収入な職種や業種と言ったら、細かくは見ていませんが営業系なんかかなり安い気がします。その理由というのも、特段資格が求められるわけでもないし誰でもできるからです。むしろ工場内の技術者なんかは高収入で雇われることが多く、また経理に関しても日本とは違って中国だと一定の資格保有が要求されるので、高収入ってわけではありませんが日本よりはやや保護されてます。

 こうした傾向が特に現れるのは初任給で、全業種でほぼ横並びな日本と違い、たとえ同じ会社であっても職種によって中国では初任給が変わってきます。むしろ中国人からしたら、「なんで仕事の内容違うのに給与同じなの?」って疑問に思われるでしょうし、実際その通りとしか言いようありません。
 この記事で何が言いたいかというと、中国は仕事内容で給与が変わり、きちんと競争原理が働いてて実力が認められたら給与が上がるか、もっと給与のいい別の会社へ移るということです。逆を言えば、こんな当たり前のことが日本では起こっておらず、未だに仕事内容や役職よりも勤続年数で給与が普通に決まってしまっていることに私が疑問を感じてるってことです。

 ちなみに金額で表すと、上海周辺の大卒初任給は大体4000元(6.8万円)ですが、もらう人によってはいきなり1万元(17万円)行く人だっています。その後の昇給幅ももちろん後者の方が高く、30代で月収10万元行く人もいれば大半は1万元にも届きません。

 今回、敢えてこの職業間の賃金の差を「格差」と表現しましたが、この格差を私は批判するつもりはなくむしろあって然るべきものだと考えています。では何故日本にはそれがないのかって話ですが、そもそも日本の経営者にはいい人材を雇おうという意識もなければ、日本社会全体で同一賃金同一労働の概念が極端に薄いことが何よりの原因ではないかと考えています。では何によって賃金額が決まるかっていえばさっきにも書いた通りに勤続年数、それと正規か不正規かによる身分の違いしかなく、特に後者に関してははっきり身分格差と言っても過言じゃないでしょう。
 最初にも書いた通りに中国の格差をやたらと気にする日本人は多いですが、身分格差を実質是認している日本人が気にすることなのかと私には不思議でなりません。身分格差を是認しているからこそ非正規への転落を恐れるのだろうし、また雇用側も一度非正規に落ちた人間の対応は正規だけで歩んできた人と比べ物凄い対応を変えてくるだけに、階層社会にもう入っているのかなとも最近思えます。中国は戸籍をはじめ確かに大きな格差は存在しますが、労働間の格差は競争によって成り立っており、これを不当だという中国人は独占産業を除きまずみません。

2017年12月7日木曜日

中国の格差の実体~都市間

 体力が付きかけているので短くまとめると、あまり言及されないけど結構大きな差になってきているとこのところ思う中国の格差として、都市間格差があります。これはある意味日本にも存在するものですが、中国の場合だとどの省・都市に戸籍を置いているのかがかなり人生にも影響し、日本の比ではありません。

 まず一番大きいのは医療と年金です。全国共通の日本とは違ってどの治療にどれだけ行政の補助が得られるかは中国だと都市によって違い、上海なんかだと無料で手に入る薬が他の都市ではそうもいかないということもざらです。年金も同様で、どの都市の戸籍であるかによって得られる金額が変わってきます。

 このほか細かい差を挙げると切りがないですが、どの都市に戸籍があるのかは高年齢になるにつれ中国では差が出てくるような気がします。住宅についても地元に戸籍があると転売用に2軒目も購入しやすいですし、ローンも組み立てやすいと聞くだけに、不動産価格の上昇が著しい大都市ほどこの恩恵が受けられることとなります。
 この都市間格差については今のところ中国全体で是正しようというような声すらほとんど見ず、存在に気づいてはいるものの誰も手出しできないような状況で、恐らく今後さらにその格差が広がっていくことでしょう。

 以上、力尽きたのでここまで。

2017年12月5日火曜日

中国の格差の実体~都市住民と農民

 数年ぶりかと思うくらいに体調が悪化し、昨日一昨日の丸二日間ずっと布団に寝込んでいました。風邪薬飲んでも効かなかったのに、寝すぎて頭痛くなったから飲んだ頭痛薬飲んだらすぐ治ったのがマジ不思議。

 そんなんでまだ体力ないまま続けると、中国の格差といって一般的にこれが指すものは都市住民と農民の格差でしょう。知ってる人には早いですが、中国の戸籍では出身地や民族を区別するほか、その人が「都市住民」か「農民」かをも定義しています。当然、何方に所属するかでその社会的な地位や役割は異なってくるわけで、農民戸籍の人は都市部に正式に定住することは認められないほか、農業的な義務もいろいろ持たされ、言い方を変えればかなりの面で土地に縛られた人生を要求されることになります。

 言うまでもなく、消費生活においては都市住民の方が有利です。安定した現金収入が得られるほか都市の運営する社会サービスや福祉も享受でき、また大学受験においても地元都市であれば優遇が得られます。一方、農民戸籍であれば以上の優遇はなく、また農作物を生産することから食うには困らないものの現金収入はほとんど得られず、この境遇から抜け出そうと思っても自力で商売を始めることもできず脱出することもなかなか適いません。

 そもそも一体何故中国はこのように都市と農村で戸籍を分けたのかというと、一言で言えば食糧生産量を確保するため、もう一つとしては都市部へ無尽蔵に人口が流入するのを避けるためです。このため、実質移動の自由を国民から奪い、ほぼ身分制のような二大戸籍区分を作ったわけです。
 この農村戸籍からの脱出方法として一番メジャーだったのは、やはり大学進学でした。学業によって大学に合格し、卒業時に都市部にある企業に就職内定を得られればそのまま都市戸籍への変更が行えました。逆に、大学卒業時に就職を果たせないと戸籍は元の農村戸籍のままなので、実家に送り返される羽目となるわけです。

 このように社会上で様々な制限を受ける中国の農民ですが、現実には都市部には農村から来た出稼ぎ農民が大量にいて、彼らの労働力なくしては都市部経済糊塗3K労働は何も回りません。これは一体何故かというと、現状の規定ではあくまで「定住」がダメということで、普通に賃貸借りて現地で働く分には制限がないためです。ただ、制限はないものの保障も支援もないわけで、就学年齢子弟がいても出稼ぎ先の都市部では一切就学支援が受けられないどころか、医療等でも保障はないため、幼い子供を農村に置きながら両親は都市部で出稼ぎをし続けるという光景も中国では決して珍しくはありません。
 先ほどにも書いた通りに農民は食うにはそれほど困らないものの、現実には資本主義な現代中国では現金収入がなければ生きていくには困難であり、また子供の就学などにもお金がいることから出稼ぎを余儀なくされます。

 以上がざっとした中国の農民の現状、と言いたいところですが、近年この状況に大きな変化が起きつつあります。
 あまり日系メディアは報じないものの、農村準民の都市戸籍への変更は以前に比べ大分緩和されました。何故かというと中国政府自身が食糧生産の維持よりも消費増加による市場拡大を図ってきているからです。農村住民と都市住民とでは年間消費額で大きな違いがあることから、農民を都市住民にすることで消費を拡大させようという考えの下でこうした措置が取られています。

 実際、一部地方では農民が希望さえすれば都市戸籍に変更できる上で、都市での一定の住居(詳細は調べていないが)等も提供された上で都市部で生活できるようになっているそうです。ただし、これらはあくまで一部都市での話であり、北京や上海といった大都市では戸籍を取るには依然と厳しい条件が課されています。
 また上記のような手続きを経て都市住民となったものの、定職が見つからず結局また別の大都市に行って出稼ぎを行う元農民というのも少なくないそうです。中国政府は現在も「都市化」をキーワードに都市住民の拡大を図っていますが、現実には様々な困難が起こっています。

 少しここで結論をまとめると、農民と都市住民の間には間違いなく未だに大きな格差があります。ただ、中国政府はこの格差の是正については非常に熱心であり実際に大量の資金を投入して対策を行ってきており、かつてと比べればこの格差は改善しつつあるのが私の見解です。現実に2011年に都市人口が農村人口を初めて逆転して以降、農村人口は減少する一方で都市人口は増加し続けています。
 まぁそしたらそしたで中国の食糧問題が気になるわけですが、そこは機械化に期待しましょう。

 私個人として気に入らないのは、よく日本の報道がかなり古い情報のままアップデートせずにこの都市と農村の格差を語ることが多いことです。現実にはすでに述べている通り確かに格差は未だ大きく開いてはいるものの、その差は確実に是正されつつあり、現実に10年前と今を比べたら驚くべきほどの改善ぶりです。しかし日系メディアはさっき上げた人口比率のデータどころか所得格差のデータ分析すら行わずに「絶望の中国農民」等と書き立てています。
 無論、格差は存在することは間違いないものの、是正されるつある現状、そして是正に努力する今の中国を語らないというのは何なんだという気がしてなりません。「ならば今すぐこの格差を是正してみろ」と某赤い彗星みたいなことを言う人もいるかもしれませんが、一瞬でなくなるものならそれは格差じゃありません。少しずつ埋めていかなければならないほど深刻だからこそ格差であり、それを埋めるための努力をしている人たちを、格差を見て見ぬふりして何も是正に動かない人たちが笑うのが自分には許せなかったから、今ここに自分はいるのだと思います。

2017年12月2日土曜日

漫画レビュー「ゴールデンゴールド」

 先月に日本へ一時帰国してからこの一ヶ月間はずっと体調が悪く、今週に至ってはお尻からラー油が出るわ風邪ひいて鼻かむたびに鼻水に血が混じってるのを見るとマジビビります。そんな具合で体調良くないので好きに書ける漫画レビュー書きます。

 結論から言うと、この「ゴールデンゴールド」という作品については将来確実にアニメ化かドラマ化が実現すると断言できます。底知れないポテンシャルはもとより、ここ先が気になってしょうがない展開ぶりなど数年間で間違いなく最も優れた漫画作品ではないかとすら思えるような面白さです。
 私がこの作品を知ったのはAmazonの売り上げランキングで上位に入っていたことと、その特徴的な表紙から「中身が全く読めない」という印象を覚えたことからでした。てっきり、表紙に出ている女子高生と変な生物がドタバタをやらかすギャグコメディではないかと想像していました。
 では実際はどうか。簡単にあらすじを話すと、以下の通りです。

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 広島県の離島に住む女子中学生の主人公はある日、海辺で小さな仏像のようなものを拾い、なんとなくお堂に入れて拝んだところその仏像は子供くらいの大きさの人形となり、突然動き始めます。しかも知らないうちに主人公の家に上がり込みながら、主人公の祖母をはじめその島の出身者は誰もその異様な姿を見とがめることはせず、特に疑問を持たず同じ屋根の下で暮らし始めます。そしてその人形が来てからというもの、祖母が経営する民宿、雑貨屋は急に繁盛し始め、コンビニにも鞍替えするなど環境が段々と変わっていき、「もしかしてあれはフクノカミなのでは?」と主人公らは考えていくようになります。
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 以上は本当に序盤のみのあらすじなのですが、回を追うごとにフクノカミとはどんな存在なのか、何が目的なのかという疑問がどんどんと膨らみ、その不気味さと相まって先が非常に気になっていきます。また主人公らが生活する離島、と言っても「ドクターコトー」ほどの鄙びた離島ではなくスーパーも高校も島内にある島ですが、その島の日常生活風景が非常に丁寧に書かれており、それだけに日常が段々とおかしくなっていく情景が妙なリアル感を持って描かれています。

 最初一読して感じた印象としては浦沢直樹氏の「20世紀少年」のような印象、日常が段々と非日常へと崩れていくようなイメージを感じました。ただミステリーじみた展開のあちらとは違ってこちらは明らかな超常現象というか見た目からして異様そのものなフクノカミが周りから一切特別視されずまるでそこにいるのが当然のように普段の日常世界が続いていきます。例えて言うなら明らかにおかしいものが画面に映ってるのに、誰も反応しないまま進行が続けられるテレビ番組というような不気味さで、この不気味さこそがこの作品のエッセンスだと思え、徐々にちりばめられるフクノカミに対するヒントなども非常に配置よく紹介されます。

 この作品を友人にも勧めてみたところ、「この作品は本当に凄い!」と今までにないような興奮した返事が返ってきました。ただ友人曰く、「最初の数話だけでは全く分からず、1巻丸ごと通しで読んでみて初めてその魅力に気が付けるような作品だ」そうで、この批評は全く持って私も同感です。チラ見した程度ではいまいちわかりづらいところがありますが、通しで読むことで段々と世界がおかしくなっていく展開が分かってくるだけに、やや敷居が高い作品であるでしょう。

 まどろっこしい語りとなってしまいましたが、余計なことを考えずとりあえず一読されることを強くお勧めできる作品です。私なんか1~3巻を購入するとそのまま三週くらい読み返しましたが、あらゆる意味でこの作品は現在の連載作品の中で別格です。


    

2017年12月1日金曜日

中国の格差の実態~昔と今

 前回記事に引き続きまた中国の格差の話です。

 まず格差と一言で言っても、どの格差を対象にするかで全然話は変わってきます。エリカが例えてあげるなら、ヒルズ族とネットカフェ難民の比較に対し、松戸市民と東大阪市民の比較だとその差の開きには大きな違いがあるでしょう。自分で言っててなんですが、松戸と東大阪の比較って逆にむずそう。
 なので、ちょっと自分の方でも頭の中をまとめたいのもあるだけにいくつかトピックを絞ってこの問題について書いてこうと思います。そこで今回は、多分自分しか書けないであろう中国の格差今昔こと今と昔の格差についてです。

 結論から書くと、自分の想像を超えるレベルで中国はその社会における格差をこの10年で是正したなと思います。私は2005年に留学で初めて中国を訪れましたが、その時の印象を述べるとやや粗野な人間と、人間以下のバーバリアンに分かれているのが中国だと思いました。
 ホワイトカラー的な仕事についている中国人はやや田舎っぽいところが残るものの普通にノートパソコンを使ったり、最新の携帯電話を使いこなすなど文明人らしく振舞っていましたが、そうでない中国人、具体的には出稼ぎできている農民などはそこらじゅうで唾吐いたりたちしょんしたり、すぐ怒鳴ったり平気で赤の他人に寄りかかったりするなどして、元々住んでいる都市住民が彼らを差別するのも無理ないなと思うような人間ばかりでした。

 現在もこういうバーバリアンな中国人がいないわけではないものの、それでも10年前と比べたら本当にレアな存在になり下がりました。また来ている服とかも、路上生活者ですら昔より大分マシになっており、本当に中国は豊かになったなぁと感じさせられます。もちろんこれはあくまで中国の都市の中の風景であって地方行ったらまだまだ話は違うだろうし、奥地の農村に至っては今でも水や電気といった最低限のインフラすらないところも珍しくはないでしょう。それでも、これは別の記事でも書きますが10年前と比べれば農村の生活は大分マシになり、また都市部への移住制限も緩和されたこともあって「どうあがいても這い上がれない」というレベルの格差は確実に減ってきていると断言できます。

 収入に関しても、中国はこの10年間で最低賃金が全国で約4倍くらい上昇しており、この最低賃金引上げは資本家にとってマイナスとなるのに対し底辺労働者は恩恵を蒙る政策なだけに、単純な収入格差はこの事実一つとっても大幅に是正されていると言えるかと思います。一方どっかの国は、GDPが過去最長の成長を見せていると言いながら、最低賃金基準も大卒平均初任給がビタ一文も動いてませんが。

 私個人の印象で述べると、かつての中国は都市に生まれるか、農村に生まれるかでどうしようもないくらいの差が存在しましたが、現在も農村生まれは大きなハンデを抱えるものの、かつてと比べれば脱出の道は数多く作られており、這い上がれないほどの壁の高さではなくなったという気がします。
 一方、高額所得者に関しても、一山当ててあり得ないほど金持ちな資本家は確かに多いものの、かつては成金で鳴らした資本家が事業の傾きによってあっさり破産するといった事例も少なくなく、割と市場の競争原理は働いている気がします。まぁ悪いことしておきながら国の救済受ける企業ももちろんありますが。

 大雑把なレベルで話しているので具体性が欠けますが、私は中国の社会全体で見れば昔よりは今は大分格差が是正されているのではという立場を取ります。かつての格差は人間か、非人間かというレベルでしたが、今の格差は勝者か敗者かというレベルであり、まだ機械というか勝負ができる社会にはなっているのではと思います。
 もっとも内陸の奥地行ったらまた話は違ってくるとは思いますが、少なくとも言えることは、日本以上に中国政府は格差是正について真剣に取り組んでいることは事実です。その差が今後どうなるかが非常に楽しみです。

2017年11月30日木曜日

中国の格差を何故日本人は気にするのか?

 先日コメント欄で中国の格差について質問があったので記事に書こうと思いますが、本題に応える前に私個人の疑問として、どうして日本人は中国の格差をやたら気にするのかということについて思いのままに書かせてもらおうと思います。

 まずこの質問ですが、ぶっちゃけすごくよく聞かれます。初対面の人に自己紹介がてら「中国にいた」というと、「ちなみに、中国の方の格差って……」という具合で高確率で聞かれます。どっちかと言えば「中国の食事ってどうだったんですか?」の方がやや多く、比率的には6:4くらいではあるものの、実質この二つの質問が中国に行ったことのない日本人から聞かれる質問トップ2です。
 中国の食べ物や食事について質問されるのはまだ理解でき、実際私もつい先日に知人には話したラー油事件が起こるなど、食事に関するトラブルは大分減ったものの存在し続け日本人も興味を持つのも自然なことでしょう。しかし格差については正直、一体何故これほど聞かれるのか本気で分からず、2013年に帰国していた折にやたら聞かれ続けてずっと不思議でした。

 前もっていうと、私自身は格差に関心がないわけではなく、むしろこの方面に対しトップクラスに関心が強い人間であると自負しています。エリカが例えてあげると、一般人がトノサマガエルなら、私はウシガエルくらい格差に対して強く関心があり、学生時代からしょっちゅうこの問題追っては仮説を検証し続け、現在もそこそこの知見はあると考えています。あの派遣マージン率調査なぞ最たるもので、断言しますがあの調査は私だからこそできたのであって私以外にはまず誰もできないものだったでしょう。

 そんな私がどうして日本人が中国の格差に関心を持つことに奇異を感じるのかというと、率直に言って自国の格差にはあまり目を向けないでおいてなんで中国の格差が気になるのかというのが分からないからです。恐らく間違いないでしょうが、中国の格差が気になる人は韓国、米国、インド、ネパール、東欧の格差については全く関心はなく、ピンポイントで中国の格差にのみ関心を持っていることでしょう。
 そして日本国内の格差については、多分同様にあまり関心が持たれてないでしょう。自分がやった派遣マージン率の調査でも、やはり反応を見ていると当事者である派遣労働者たちのアクションがあまりなかったし、今となっては派遣格差について議論する人すら消え失せました。

 このような疑問をずっと抱えていたのですが、今回改めてそうして日本人は中国の格差にだけ関心を持つのか考えてみたところ、割とすぐに仮説は浮かんできました。結論をここでいうと、目にする報道や現実にギャップがあって頭の中でいまいち理解できず、実態がどうなのか疑問を覚えているからではないかという気がします。

 この考えのベースとなっているのは、上海を初めて訪れた日本人はほぼ例外なく、「上海がこんなに大都市だとは思わなかった」と述べる感想からです。上海に関する報道は日本でもたくさんあると思うのに、ほぼ一様に上海の街の規模やインフラに嘆息してみせ、一体日本ではどう報じられているのか、恐らく未だに中国はバーバリアンが闊歩する修羅の国のように報じられているんじゃないかと内心で思いました。
 一方、現実では自分も何度も報じている通りにこのところ中国人は日本に大挙してやってきて膨大な買い物をして帰ります。恐らく日本国内にいる人たちからすれば、テレビや新聞では中国は未だ発展途上国で、最低限のインフラにさえ事欠き北京や上海のような大都市ではスラムが大量にできているなどと報じられているのに、日本に来る中国人はこれほどまで馬鹿買いしていくのは何故だろう的になって、中国国内には大量の貧困者がいる中、ごく一部の超裕福な中国人が日本に来ているのではと想像するようになったのかもしれません。またここまで行かずとも、同じ中国の報道でも上海の摩天楼と農村の貧しく差別される人たちが同時に映され、「これは本当に同じ国の話?」という具合で疑問に感じてるのかもしれません。

 まぁ何が原因かとなると、きちんと中国の実態をうまく報じる日系メディアが多くないってことに尽きます。実際ネットの報道見ていても中国に関しては妙なバイアスかかってますし、意図的に格下のように中国を報じてますから、こうなるのも案外不思議でないかもしれません。
 私個人としては先ほどにも書いた通り、所詮は外国の格差であって日本人がどうこう思ったところで何かが変わるわけでもなく、それよりむしろ自国の格差について考えたらどうかと気持ちが強いです。なおこのような価値観から、私は中国の路上生活者にカンパしないようにしています。カンパしたところで根本的解決にはつながらないし、またこれは中国人自身が対処するべき格差だと考えているからです。さすがに、賽銭箱に小銭は入れますが。

2017年11月28日火曜日

幻想に生きる日本人

 先日後輩から、「中国の事情を説明する際、必ず最初に日本を持ち上げること言わないといけないことに気が付きました」と言われました。その際の返答として、「俺の苦労が少しはわかったろう。俺が記事書くときはいっつもそれなんだぞ」と答えました。

 これはどういう意味かというと、全部が全部そうではないものの、既に中国の方が日本を上回っている面が多いということです。大都市部での生活の便利さはもとより、工場生産の技術力、コンプライアンス、麻婆豆腐のうまさなど、数え上げたら割と切りがありません。なおコンプライアンスについて先日、監査法人で働く中国人の知り合いが、

「アメリカの専門家が最近、中国企業より日系企業の方がコンプライアンスが低いと言ってた。その背景というのも、中国企業の場合は国も取引先も企業はコンプライアンスを能動的に守らないと把握して注意しているとともに、法規制も厳しく定められているが、日系企業の場合は国も取引先も企業はきちんと法律守っていると信じ込んで、相互牽制を果たしていないからだ」

 と言っていましたが、これに関しては私も全く同感です。今日も東レの件がばれましたが、日産にしろ神戸製鋼にしろ、真面目にもう中国メーカーを笑う時代ではないでしょう。

 話は最初に戻しますが、こうした日本を既に上回っている中国の面を日本人に紹介する際、それをそのまま言ってしまうとあまり具合がよくありません。率直に言って、そのまま話すと日本人は露骨に不機嫌となり、容易に反発を買うからです。なので後輩は、「日本は長年やってるだけあってこの方面は間違いないけど」などと最初に日本を持ち上げてから、「けど、最近中国も追い上げてきていて」などと、中国を一つ下に落とすような感じで話すようにしているそうです。私もそうです。

 特に私の場合、その後輩から、「花園さん、なんか狙われてるんじゃないですか?」と言われるくらいにJBpressで中国関連記事を書くたびにヤフコメが激しく炎上しますが、仮にありのまま(れりごー)に言いたいことをそのまま書いていたら、今以上に炎上することは間違いないでしょう。上記のように日本人が反発するということを私もわかっているだけに、記事を書く際は露骨に「中国の方が日本より上だ」なんて書くことはせず、所々で日本を持ち上げるような記述を入れてフォローを入れています。
 実際にそれをやった例としては中国のローコストオペレーションを紹介した際の記事で、「品質維持に関しては中国人は苦手で、日本人の方が優れている」と書いた記述です。まぁそれでも反発大きかったけど。

 そもそも一体何故このような反発を日本人はするのか。例えば、この相手が中国人ではなく欧米人だったら反発はまず来ないと思われ、それから察するに犬みたいに中国人を格下だと思い込んでいるからこその反発だと考えられます。何気に、清水潔氏も南京事件の取材で少なからずそのような格下に見る意識が自分にもあったと本の中で書いてあり、相変わらず鋭い人だと感じました。

 以上のような点を踏まえてその夜後輩に、「俺が今JBpressでやっている仕事は、ある意味日本人に現実を教えるような仕事だと考えている。はっきり言って今の日本人は現実を見ず、未だに日本は一等国で中国は格下、中国が日本より優れている点など何一つ存在しないと心の底から信じ切って、幻想の中に生きている」と話しました。これはその場限りのセリフではなく、今現在も揺るがない価値観です。
 その上で、「ある意味、俺は幻想を追わずに現実を見据え、声に出し続けたからこそ日本社会から弾かれたところもあると思う。今の日本では、周りに合わせて幻想を見ないと生きていけないだろう」と述べましたが、いつも細かく突っ込んでくる後輩もこの時は何も言ってきませんでした。

 決して誇張ではなく、今の日本人の大半は幻想の中に生きていると私は思います。そして不都合な真実、中国が日本を多方面で上回ったことやほとんど追いついているという事実には目を背け、欧米に負けることは許されてもアジアの国に負けることは許されないという妙なプライドからどんどんと現実から乖離してきているようにも思います。
 私に言わせれば、負けるのは恥でもなんでもないとは思うものの、少なくとも現実を直視できない人間には未来はないと断言できます。夢を追うのは悪いことではないもの、幻想にすがりつくのは無様以外の何物でもありません。

 何も自分が何もかもをわかっているわけではないし偉そうなことを言える立場でもないことは自覚していますが、そもそもジャーナリストを目指したのも最も真実に近い場所に立っていたいという願望からであっただけに、ただ現実を直視するという点については常に意識していたし、周りよりはずっとそれができていたという風には考えています。そんな私に言わせれば、ここ数年、具体的には東日本大震災以降から日本人はそれ以前にもまして幻想を追い求める傾向が強くなってきている気がします。

 幻想を見ながらそのまま死ぬのも決して悪くはない気がしますが、自分はそれが嫌だったからこうして今中国にいるのでしょう。それでも、やはり現実を見るに越したことはないだろうから、中国事情の紹介記事執筆という仕事を今やっているという自負があります。「不都合な真実」という言葉がある意味ぴったりですが、割と私が好きなジャンルのエログロといい、目をそむけたくなるような対象にこそ真実は宿るというのはあると思います。

2017年11月27日月曜日

日産問題の第三者報告書に対する疑問

<日産>現場を疲弊させた「原価低減推進室」の必達目標(毎日新聞)

 もはや説明するまでもない日産の検査不正について西村あさひ法律事務所が第三者報告書を出していたようですが、率直に言ってもし自分が責任者であればこんな報告書を見た時点で「書き直せ」というか、書いた奴を首にします。というのも、全く問題の核心をついていないどころか体面だけ取り繕った内容に見えるからです。

 具体的にそれはどこかというと上記リンク先記事冒頭に引用されている、検査不正が起こった背景には慢性的な完成検査員不足があると指摘している点です。
 何故ほかのメディアとかもこの点を突かないのか誇張ではなく本気で心配になるほどなのですが、今回の日産の検査不正は20年以上行われ、社内では誰も問題視せずこうしたやり方がもはや当たり前と見ていたことが窺えます。
 毎日のアホは2交代制から3交代制になって生産量が増え、現場が忙しくなり検査員が不足したとも書いていますが、肝心なのはそれ以前からも検査不正が起こっていたということでしょう。また20年間も検査員が不足するほど常に忙しかったのかというとそんなわけないでしょうし、忙しさゆえの不足というのは明らかな見当違いとしか言いようがありません。

 こうした観点から見れば第三者報告書が原因に挙げた検査員不足は私から見て理由になりません。そもそも日産としては検査員が不足しているなんて自覚は一切ないまま、忙しさに関係なく検査不正をやっていたわけです。なのでこの点に注意したところで今後の改善が期待できるわけなく、さすがに完成検査ではすぐには再不正することはないでしょうけど、まだ見つかっていない部分に関しては今後も気にせずやり続けるのではと思えます。

 このように考えると実にこの第三者調査、並びにそれに基づいた日産の改善策が如何に茶番でしかないのがよくわかります。そもそも日系企業並びに日本人は問題発覚時に限らず議論する際に論点の核心については何故かみんなして言及することを避け、表面的な問題とはほとんど関係なくどうでもいい内容、特にすぐに且つわかりやすい対策が打てる箇所を槍玉に挙げ、「この原因に対してこうします」的なクソどうでもいい対策を最後に発表することが多いです。
 一部で情報が錯綜したのか、誤解したのか、意図的に間違えたのかはわかりませんが、今回問題となった完成検査を行う完成検査員資格は国家資格でもなんでもなく、日産の社内資格でありその認定条件は各自動車メーカーによって異なります。日産側はこれまで資格研修中の作業員でも問題がいないと思って作業させていたと言っておりますが、問題がないなら研修のハードルを避け、報道では2ヶ月間の実習研修と筆記テストが必要とのことですが、これを2週間くらいの実習研修に短縮させることが最も効果的且つ実質的な対策じゃないかと思えてなりません。品質維持できるならそれで万事解決なのに。

 なおすでに述べましたが、議論でも日本人は何故か問題の核心を避けるような主張をする傾向があり、議論が進むうちにどんどんと本質とは関係ない議論に発展しがちです。逆を言えば核心に敢えて引っ張るとたじろぐし意見に詰まるので、どうでもいい相手を一蹴する際に私は、「ところで本題は?今自分たちは何について話してるの?」と言って追い込みます。ヒートアップした相手ほど効果的です。

2017年11月26日日曜日

やくざやしき

 とっくに完結した漫画ですが、先月から「そんな未来はウソである」という漫画にはまって何度も読み返しています。作者の桜庭コハル氏については「今日の5の2」、そして連載中の「みなみけ」は読んでいたのですがこの「そんな未来はウソである」については存在すら知らず、改めて読んでみて相変わらずの間の取り方、セリフ回しの妙が光る作者だと感じます。
 なおこの漫画の主人公の一人である佐藤アカネについては尋常でないくらい高い女子力スペックを誇っており、漫画の中とは言えこれだけしっかりした女の子を見るのは久方ぶりでした。

 という具合ではまっているこの漫画ですが、今日たまたま読み返した回が文化祭のシーンで、かわいい絵柄の漫画なだけにかわいい女の子が三角巾被って「うらめしやー」と言うシーンが出てくるのですが、他の登場人物からも「あんまこわくない」と言われてしまいます。これを見て、そもそもお化けの格好してうらめしやーと言っても怖がる人は現代だとそんないないように思え、ならなんだったら怖いのかと考えた際にすぐ閃いたのが「やくざ」でした。

 本気で来場者を怖がらせるなら、というコンセプトでやくざを考えると、やはり名称としては「やくざやしき」が一番適切でしょう。で、中身はどうするのかってなるとまずは入場とともに「殺すぞこらっ!」という罵声を浴びせ、物陰から怖い顔のおっさんが「夜道には気を付けろよ」と言い、後ろからは銃声、前からは小指(らしきもの)がポンポンと飛んできて、たまに後ろからドス持った若いのが追いかけてきたり、突然ライトアップでリンチされた後のおっさんが出てきて、途中のルート選択が蟹漁船かタコ部屋に分かれているようなものを想像しました。なんかそこそこ怖い気がします。

2017年11月24日金曜日

義和団事件における「北京の55日」

北京の55日(Wikipedia)

 「北京の55日」という単語はあるハリウッド映画のタイトルですが、歴史的な名称でいえば「義和団の乱」における北京籠城戦のことを指します。事件としてみるならばこの「北京の55日」という言葉が一番相応しいと思え、敢えて今回この記事の見出しに据えました。

義和団の乱(Wikipedia)

 順を追って説明してくと義和団の乱とは1900年、日清戦争の5年後、日露戦争の4年前に北京周辺で起こった外国人排斥暴動と、それに乗じて宣戦布告によって行った清政府が、日本を含む8ヶ国連合軍との間で戦った紛争を指します。義和団とはこの紛争の原因となった半宗教、半拳法団体のことで、列強各国が中国各地を植民地にして我が物顔に振舞っているのを不満に感じた民衆らが結成した団体で、主にキリスト教徒(中国人信者を含む)に対し殺害を含む排斥を行っていました。

 この義和団は割と自然発生的に生まれた団体、というより実態としてはギャングに近いのですが、この義和団に対して西太后を頂点とする清政府は鎮圧を行うどころか、自分らも列強にいいようにされていた不満もあってか、露骨な支持をしたことで義和団は余計に拡大することとなりました。そして1900年の6月に入ると義和団は首都北京にも入ってきて外国人らの殺害をし始めるようになり、これをみて西太后は突然、列強各国へ「宣戦布告」を行うに至りました。
 もっとも、宣戦布告と言ったって清側もなんにも戦争準備はしてはおらず、また当時の列強に勝つ算段も立てていませんでした。ただでさえ軍事力に差がある相手に宣戦布告、それこそ今の北朝鮮が米国に突然宣戦布告するようなもんで、清政府の宣戦を受けた列強8ヶ国はすぐに連合軍を組んで中国へと進軍し、ほぼ抵抗らしい抵抗にもならず連戦連勝で2ヶ月後の8月には北京をあっさり落とし、中国を敗戦にせしめます。なおこの時に北京の名庭園とされた頤和園が破壊されたそうです。

 大まかな歴史事実だけ見ると明らかに身の程をわきまえず、民衆暴動に乗っかる形で列強と開戦した中国がボコボコにやられて、水ら余計に植民地化を進めてしまった事件なのですが、細かく見ていくとドラマがあり、それが「北京の55日」、つまり開戦直後に北京にいた各外国公使館員らとその家族が開放に至るまでの約2ヶ月間籠城していたという情景が存在したわけです。

 上述の通りに中国は突然、明らかに非合理的な判断から列強に対して宣戦布告を行ったのですが、この突然の行動を受けて一番困ったのは、当時北京にいた外国公使館員らでした。なにせ突然敵軍に囲まれるような状況となったわけで、これを受け各国公使館に駐在していた武官、兵隊らは急ぎ終結し、対応に追われることとなりました。
 協議の結果、各公使館らは北京市内で防御線を作り、救援が来るまで籠城を行うことを決めます。この連合国籠城軍の司令官にはイギリス人武官が選ばれましたが、実質的な実戦総指揮官だったのは日本の駐在武官であった柴五郎でした。

 当時籠城したのは北京市内にいた外国公司関係者約900人と、義和団に追われてきた中国人キリスト教徒約3000人で、戦闘が行える公使館付き護衛兵、義勇兵はわずか約500人だけだったそうです。ただ清の正規軍らも外国公使らを殺害すると後々大問題になると考え包囲こそしたものの積極的には攻撃せず、実際に抗戦し合ったのは主に義和団兵らだけでした。
 柴は英語、中国語、フランス語など語学に長けていたことから各部隊の意思疎通を仲介し、また現地にいた民間人からも協力を得ることで、連合軍らの北京入城によって解放されるまでの約2ヶ月間の包囲戦を見事に守り抜きました。この柴と日本兵の活躍は事件後、各国代表らからも大きな称賛を受け、特にイギリスからはビクトリア女王からも勲章を得たほか、この時知遇を得たイギリス外交官との交流が後の日英同盟の礎になったと評価する声もあります。

 今月の文芸春秋で「義和団事件で連合軍を率いた柴五郎」という記述があるのを見て今回私も初めて彼のことを知りましたが、柴の軍歴以上に義和団事件においてでこんな籠城戦があったのかという事実の方に驚きました。同時に、当時解放することもしなかった清政府はつくづく危機対応の悪い連中だったんだなと思えてなりません。

 この義和団事件後、柴は日露戦争にも従軍し、会津出身者という来歴が祟ったのか一時は閑職に回されたりしたものの、最終的には陸軍大将にまで上り詰めています。ただ個人的に彼が不幸だったと思うのは非常に長生きしてしまい、85歳の折に1945年の終戦を迎えてしまっています。当時とっくに軍を退役していた柴は終戦直後に自殺を図り未遂に終わったものの、結局はその時の傷がもとで同年末に亡くなっています。
 柴は生後すぐに故郷の会津藩が戊辰戦争で敗北したことで、数人の兄を除き両親を含め家族はほぼ全員亡くなるという不幸に遭っています。そうした生い立ち、北京の55日での奮戦、そして退役後の自決を見ていると、人の生き死にの不思議さというか皮肉さについて考えさせられる人物だというのが私の偽らざる感想です。

  おまけ
 映画「北京の55日」では柴の役を伊丹十三が演じていたそうです。

2017年11月23日木曜日

中国の自動車メーカーが見えない理由

 今日、約1年ぶりに上海大江戸温泉に行ってきましたがその際に乗っていた自転車のペダルがやけに軽いように感じ、ギアがおかしいのかと思うくらいに普通に乗っていていつの間にか重たいギアにまでシフトアップしていることが多くありました。その反動からか、今めっちゃ腰から下がやけに重くてしんどいです。

 さて話は本題ですがコメント欄で、「中国の自動車メーカーは何故なかなか世界レベルのメジャー企業にならないのか」という質問を受けました。この質問に対する回答は観点をどこに置くかで変わってきますが、敢えて一番わかりやすい回答でいうならば「見えないから」というのが最も適当であると考えます。
 なお関係ありませんが今普通に「うみねこのなく頃に」のBGM聞きながら書いており、上の段落書きながら作中に出てくる「愛がなければ見えない」というセリフが思い浮かびました。まぁあの作品、トリックに関してはでたらめもいいところって気がしますが。

 本題に戻します。何故「見えないから」が中国の自動車メーカーが世界メジャーとならない理由になるのかというと、私個人の観点でいえば、日本人には中国の世界メーカがどのように世界進出しているのかが全く見えないし、わからないし、報じられないからそう思うのではという風に考えています。
 以前たまたま知りましたが一応日本にも中国、それも外資との提携のない民族系メーカーの輸入代理店とかあるそうですが、日本の街中で中国メーカー車を見ることなんてまずあり得ないでしょうし、実際にどんな車種があるのかなんて、「HAVAL」なんて言っても反応できる日本人なんていないでしょう。

 では日本で販売されない、走っていないから中国メーカー車は価値がないのか、評価されていないのか?これに関しては議論の余地がまだありますが、そもそもの前提として日本は世界的にも異常なレベルに国産車種の比率が多く外国車の少ない市場であります。イタリア車なんてほぼ見かけないし、ドイツ車もベンツやBMWといった高級車は人気がある者のVW系車種ともなると少ないし、アメ車に至ってはフォードが完全撤退するくらい売れません。
 このように日本国内だと、市場に外国車が極端に少ないため、自動車の世界市場における力関係がやや見えづらい環境にあります。ただこの点を考慮したとしても、中国の民族系自動車メーカーのブランド価値は世界で高く認知されているかと言ったら、現状はまだまだでしょう。

 つまり、ブランド価値が低いから中国の民族系自動車メーカーはまだまだ、かと判断できるのか。この点について私は疑問視しており、少なくとも日本人が思ってるよりかは民族系自動車メーカーは世界市場でのその存在感は小さくない気がします。こう思う理由としては、中国車は日本や米国といった先進国市場ではなく、発展途上国市場を中心に攻めているからです。

 中国車の最大のメリットは技術でもデザインでもブランドでもなく、言うまでもなくコストこと値段の安さです。いわゆる安かろう悪かろう的なこのコストメリットは先進国ほど通じづらく、逆にともかく走ればそれでいいと思われるアフリカや南米などの発展途上国では威力を発揮し、中国の各メーカーもそれが分かっているから海外進出に当たってはこうした国々を攻めています。そのためブランド力は育ちはしませんが、世界における存在感は確実かつ年々と高まっているのではと私は見ています。
 実際、街中で走っている中国車を見ていても、かつてはいかにも貧相なデザインだったのが最近は欧米系メーカーにも劣らないくらいに洗練されてきて、実際に運転して性能を見てみたわけではないものの、技術力などの点では確実に向上していると感じます。しかし、発展途上国市場に進出している事実や、こうしたデザインの洗練具合について日系メディアはまず報じることなく、むしろ最近は全く見なくなってきた日本車のデザインをパクった車探しに躍起になってます。こんな状態では、中国メーカーがどのように躍進しているかなんて判断はできないでしょう。

 自分もこの点を最近憂慮して、割と楽にまとめられそうなので中国の民族系自動車メーカーを紹介する記事でも書いてみようかなと考えてもいますが、とにもかくにも日系メーカーは彼らを軽視し過ぎです。ブランド力は確かにまだまだ低いものの、実力に関しては確実にその差を詰められており、特にEVへの転換に関しては日系よりも進んでいることから今後どうなってくるかはわかりません。
 内容をまとめると、ブランド力がないため世界的メジャー企業はまだ生まれてはいないものの、中国自動車メーカーの世界市場における存在感は確実に増してきているというのが私の見解です。

 敢えて、中国メーカーがブランドを持てるようになるにはどうすればいいかを考えるならば、やはりF1かWRCに参加するのが一番手っ取り早い気がします。っていうかさっきWRCの参加チームを確認しましたが、トヨタ、フォード、ヒュンダイ、シトロエンのたった4チームしか参加してないようです。三菱、スバルはもとよりランチアの名前すらないWRCに価値があるのか、改めて考えてみるとすごい疑問です。なおゲームのグランツーリスモではWRCの雪原ステージをGDB初期型で走るのが得意だし一番好きでした。

2017年11月21日火曜日

賃上げ企業の減税案について


 ドミネーター売ってた。もし手にすることがあれば、教育現場にいる人とかの犯罪係数測りたい。

 話は本題ですが、日本の報道で企業が内部留保溜めてばっかで全然賃上げに回らないから、賃上げを実行した企業には法人税で優遇、つまり減税を行うという案を政府が検討しているそうです。結論から言えば方向性としては間違ってはいないと思うものの、化けの皮剥がれるけどいいのって感じです。

 大半の日系企業、特に大手メーカーほどこの傾向が激しいですが、業績が向上している企業は一体どうやって業績を上げているのかというと、単純に人件費を以前より圧縮しているだけというケースが非常に多いです。純利益は増加しているものの売上げは減少しているという企業がまさにこの典型で、こういった減収増益企業は基本的にはビジネスモデルに大きな問題を抱えている企業とみてほぼ間違いないでしょう。
 未だに日産について「カルロス・ゴーンは人を切って業績回復しているように見せかけているだけだ」とむやみやたらな批判して、産経に至ってはゴーンのいる前から行われてきた検査不正についても「ゴーンのせいだ」と主張するというアホ、っていうか神経疑う記事を書いていますが、現実には日産は売上げなども増加していてこの批判は当たらず、逆に他の日系企業でいわゆる「ゴーン流」とされる、正社員を非正規社員に切り替えたり、賃金カットなど人件費を抑えて増益と主張している会社が多いです。

 そのため仮に企業の内部留保を取り崩すために賃金上昇を促して、それを実際に実行した場合は、恐らく少なくない会社で減収増益から減収減益へと切り替わり、上場企業なんかだと化けの皮が剥がれるかのように企業経営に疑惑の目が向けられることになるのではという気がします。もちろん経営者たちもそれが分かっていると思うので、わざわざ実行するような馬鹿なのはそんないないでしょう。

 ただ、最初にも書いた通りにこの政策の方向性は間違ってはいないと思います。そもそも企業の国内売上げ(中国にいながら「国内」というのもなんだが)が伸びないのは労働者の賃金がこの20年であり得ないくらい目減りしているからで、企業の国内売上げを高めていくためには先にまず賃金を上昇させる必要があるでしょう。なもんだからどうせやるなら問答無用で内部留保を取り上げるような強い政策を打ち出した方がよく、投資家の側としても配当に回す圧力と捉えられれば株価の更なる向上も見込めていいのではと思えます。
 まぁ、どうせやるならいちいち議論せずさっさとやれって感じですが。実行するにしても、現時点で既に五年は遅いというのが私の見方です。

  おまけ
 昔、日産の香港法人に電話かけて中国事業戦略について聞いたところ、「うちのゴーンも言ってたように……」と言われ、なんか犬みたいな呼び方すんなと強く印象に残ってます。

2017年11月20日月曜日

久住昌之氏の上海ライブ


 深刻な体力不足のため記事書くのが大分遅れましたが、先々週末に上海で催された漫画&ドラマ「孤独のグルメ」の原作者である久住昌之氏が率いる「スクリーントーンズ」のライブに行ってきました。


 久住氏については原作者というよりドラマのエンディングに出てくる「ビール飲むおっさん」の方が通りがいいかもしれません。上の写真はライブ冒頭で流されたドラマでおなじみのシーンですが、実質このドラマは主役は二人いると言っても過言ではないでしょう。

 今回行ってきたライブについて説明すると、夏頃に友人の上海人が「久住ちゃん来るから一緒に見に行こうよ!」と誘ってきたことから参加したものでした。友人とその嫁は元々ドラマも気に入っていたことからものすごい乗り気で、自分の分のチケット予約もお願いしていたのですが、当日会場に来てチケット購入番号を見ると2~4番と早く、値段が一回り高いVIPチケット購入者のほぼ次くらいに会場へ入れました。
 会場にはライブハウスが開いた間もなくはそうでもなかったものの、開演時間前にもなるとどんどん人が入ってきて実質満杯状態でした。我々は購入番号が早かった上に早めに会場入りしたことでほぼ最前列に近い位置に立てましたが、少しでも遅れていたらこんな写真は撮れなかったでしょう。そういう意味では友人夫婦には感謝です(チケット代をあらかじめ送金しておいたのに、当日また要求されましたが)。

上海市内で撮影されたロケ番組

 表向きは音楽ライブではありますがやってきた客としてはやはり「孤独のグルメの人」を見に来たわけで、そうした期待に応えるかのように開演序盤は久住氏と通訳の対談が行われ、また今回の上海来訪に合わせ街中で食べ歩きした姿を撮影した映像が流されました。
 その映像の中では臭豆腐と蛇の唐揚げをどちらも「おいしい」と言いながら食べてましたが、臭豆腐には豆板醤をごってりつけて食べており、見ている観客も「えぇっ」って声上げてました。
 なお対談の中で、「(ドラマの)1シーズンで大体50~60曲作る」と話していました。

演奏中も常に笑みを絶やさない 

 大体開演30分後くらいから他のバンドメンバーとともに演奏が始まりましたが、何気に音楽ライブに私が参加するのはこれが初めてです。当時、めちゃくちゃ体力を消耗していたこともあって2時間立ちっぱなしは非常にしんどかったですが、演奏していた彼らは1時間半くらいフルに動き回ってることを考えると頭が上がりません。

ウクレレに持ち替え 

 会場は圧倒的大多数が中国人で、自分を含めごく一部に日本人が混ざっていた感じでした。中には日本語を唱える中国人客もいましたが、それだけ「孤独のグルメ」がこちらでも受けているということでしょう。

ビール乾杯で締め(観客はビール無し)

 この日は昼と夜にそれぞれライブが催され、自分と友人夫婦は昼の部参加でした。夜の部も大盛況だったらしいですがライブ冒頭時に久住氏も、「中国だから人集まるのか心配ではあったものの、こんなに集まるとはいい意味で予想外だった」と言っており、これは私も同感でした。
 なお帰り道、友人の嫁が日中合作の「陰陽師」というスマホゲームにはまっていることを聞き、「日本は昔から陰陽師が式神使って戦わせる文化があったから、ポケモンが生まれたんだよ」と昔友人が言ってたことを教えたらものすごい感心されました。っていうか冷静に考えてみると、日本人は昔から自分の手を汚さずに手下を戦わせるんだなと思うとなんか変な気持ちになりました。

2017年11月17日金曜日

今後、コンビニ業界の変動はありうるか?

 大分体調戻ってきてもう大丈夫かなと思ってたら、昨夜また虫に夜中刺されて寝不足となり、週末を前にしてまたものすごく気だるく吐き気がする状態となっています。そもそも先々週の日本帰国で負ったダメージがひどすぎたのが未だ後を引いており、なんでずっと疲れているって言ってるそばからあちこち連れまわされたのか今思い出しても腹立ってきます。
 昨夜もこの件で、後輩を相手にもつ鍋喰いながらずっと愚痴ってました。話しながら自分でも頭の回転鈍いなとは感じており、それがやっぱ今日来たなと思えます。っていうかブログ書きたくねぇ。

ファミマ社長「コンビニは間違いなく飽和状態」(日経BP)

 話は本題に入りますが、結論から言うともしかしたらコンビニ業界で順位の入れ替えが起こるのでは、具体的にはユニー・ファミマートHDが絶対王者のセブンイレブンにそのうち逆転するのではないかとこのところ思えてきました。

 私がファミマに興味を持ったきっかけは以前の「恐れ入ったファミマの応答」という記事でも取り上げた、取材でのファミマ広報の対応からでした。基本的に私は広報担当社員の実力は会社全体の実力に比例するとみており、広報が優秀な会社は基本的に優れ、逆であればやはり逆である(電通のように)という具合で評価しているのですが、この時の取材で対応してもらったファミマ広報の方は非常に話しやすく、応答も慎重でありながら正確で、はっきりとただ者ではないと感じるほどの実力者でありました。
 また広報社員の実力もさることながら、この時取材した職場受け取り制度について一社員のボトムアップ意見を社長が見て採用を決めたという話を聞き、口先では末端の意見に耳を傾けると言いながら基本無視する会社(三菱自動車)しかいない世の中、きちんと取り上げる会社、もとい社長がいるのかと驚きを覚えるとともに興味を持ちました。

 そこへ出てきたのが一番上のリンク先にある、現社長の沢田貴司氏のインタビューです。このインタビュー記事によるとどうも社長自らコンビニの現場に一スタッフとして出て、明らかに無駄だと思うから客年齢層を確認するボタンを廃止することを決めたそうです。また24時間営業についても、「果たして利益につながっているのか疑問」とのことで、今後の検証にもよりますが利益が変わらないのであればコスト削減につながるとして店舗ごとに廃止を検討すると述べています。
 単純に社長自らが率先して労働現場体験に出ることもさることながら、話を聞いている限りだと随分と開けた考えを持っている人だという印象を覚えます。経歴も伊藤忠⇒ユニクロ⇒ファミマと変わった来歴で、ユニクロでは会長の柳井氏から社長就任を打診されながらも断っていたとのことで、一言で言えば非常に面白そうな人だと思います。

 最初の職場受け取りでもそうですが実際に有益だと思う意見には末端からでも救い上げる点といい、きちんと有言実行を果たしている上に主張も合理的であることからこの人の下でファミマは今後成長していくのではないかと、今漠然と感じています。それと同時に、コンビニ業界は今後激変する要素は他にもあり、業界首位のセブンイレブンについては一つの大きなマイナス要因が昨年に起こっています。
 察しのいい人なら言わなくてもわかるでしょうが、そのマイナス要因とはこれまでセブンを引っ張ってきた、もとい日本のコンビニ業界を作り上げ主導してきた鈴木敏文氏が2016年に経営から引いたという事実です。なお他では誰も言っていませんが、「コーヒー戦争」、「ドーナツ戦争」を引き起こしたと言われていることから私は陰で鈴木氏のことを「戦争屋」、「コンビニ武器商人」とか呼んでました。

 鈴木氏が抜けたからってあんな大きな会社がすぐ落ちるものかと思いつつも、鈴木氏レベルの人間ともなるとよもやありうるのではないかというのが正直な私の見方です。それほどまでに鈴木氏の流通における改革や経営の辣腕ぶりは凄まじく、日本のコンビニ産業が実質世界のコンビニ市場ルールを決めるという立場に至ったのも鈴木氏がいたからこそだったでしょう。それほどまでの人物が去ったことでセブンイレブンがこれまでのようにやっていけるかと言えば、そうはいかないのではという感覚の方が強いです。
 そこへ来てファミマの沢田社長の登場で、これまでのようにセブンイレブンの絶対的王者の地位も安泰なのかと聞かれてすぐそのまま首肯することは私にはできませんし、特に労働力不足の問題の面から言って「24時間営業は死守する」と言っているセブンと比べると心情的にはファミマを応援したい気持ちの方が強いです。他の人がどう思うかはさておき、意外とこの差は今後でかくなっていくのではと思え、今後コンビニ業界がどう変動していくのかが個人的には非常に楽しみです。

2017年11月15日水曜日

塩見孝也の逝去報道に対する不満

元赤軍派議長塩見さん死去=よど号ハイジャックで服役(時事通信)

 前略、上記ニュースを見て職場でありながら今日ずっとイライラしていました。理由は何故かというと、今回死んだ塩見孝也に対して「~さん」づけしているのが気に入らなかったからで、「さんをつけてんじゃねぇよこのデコ助野郎!」などと某健康優良不良少年のような気持ちになりました。

 知ってる人には早いですがこの塩見孝也は山岳ベース事件、あさま山荘事件を引き起こした連合赤軍の源流となった赤軍派を立ち上げた張本人です。もっとも上記の二つの事件については「自分は関係ない」と主張しており、この主張自体については私も彼の預かり知らぬところで起きたものだと考えて関係ないとみています。
 ただそれ以前にこの人、内ゲバでわざわざ関西から関東くんだりまで来て何人もの敵対組織の活動家襲撃を主導、実行しており、ぶっちゃけこの人のせいで死んだ人間は一人や二人どころではないでしょう。私に言わせればよど号事件なんて計画しただけで未遂に終わっており、この人の罪業を考える上ではどうでもいい些末な話な気がします。

 極めつけに私がこの人の一番嫌っている点は、60歳を超えるまで生活費はすべて支援者のカンパで暮らしており、60歳超えてから初めて駐車場管理の仕事をやって、真っ当な労働の対価もこの時初めて得たことです(しかもそのことを「初めて労働を知る」的にブログに書くし)。ほとんどまともに労働せず社会に対し一切貢献しないでおきながら「労働者のために革命を起こさねば……」などとほざき、何人もの殺人に関わってきたというのが私の塩見孝也評です。

 現実に彼は逮捕、懲役を受けた紛れもない前科者です。その上で思想犯と呼ぶにはあまりにも稚拙で行動が伴っておらず、しゃらくさい表現せずにはっきり言えばクズそのものだと私は考えています。そんな塩見孝也をいくらくたばったからといって「さん」づけはありえないと思え、前科者という点を見逃すとしても実質公人的な立場であることから呼び捨てで十分でしょう。リンク先記事を書いた事実の記者は一体なんなんだ、極左活動でもやってたのかと言いたくなるほど見るだに腹が立ちます。
 もっとも、恐らく私の年代でこの塩見孝也にこれだけ反応するというか、彼の来歴について始めから一定の知識を持っている人間はまず他にはいると思えず、同年代に生まれていたら本当に自分はどうなってたんだろうなとこの記事読み返していてつくづく不安になってきます。体育会系のノリには激しく嫌悪するから、意外とあっさり活動から抜けてるかもしれませんが。

2017年11月14日火曜日

日馬富士の暴行事件について

 ようやくブログ書けるくらいに気力と体力が回復したので今日からブログ再開です。にしても日本滞在中は本気でこっちを殺しにかかってきていると思うスケジュールだった。

 さてあまり負担にならないように時事ネタですが、大相撲の横綱日馬富士がやらかしたそうです。十月に貴ノ岩をビール瓶で殴打していたそうで、怪我の具合から判断するに一度ではなく複数回殴打しているようで、休場にまで持ち込むというか頭蓋骨骨折にまで至っています。現時点で判断するのは早計かもしれませんが、内容が内容なだけにこのまま引退が勧告されることとなると思います。昔から贔屓にしていた力士なだけに残念ですが、「金星マシーン」とまで言われているだけに潮時でしょう。

 このほか気になる点を挙げると、この事件を黙っていたのは誰なのか。日馬富士と貴ノ岩が恐らくは事件をうやむやにするため黙っていたことは間違いないですが、果たして相撲協会はいつ知ったのか。仮に事件発生当初からわかっていながら今日メディアに報じられるまで黙っていたとしたら呆れる限りなのですが、貴ノ岩が部屋の親方である貴乃花に、あれだけの怪我であることから詳細を黙っているとはやや思えず、もちろん確証こそないものの相撲協会ももしかしたら知っていたのではないかと私は見ています。この辺はおいおい、今後の報道で分かってくることでしょう。

 あともう一つ気になったこととしては、ビール瓶で殴ったことからどうも傷害罪として立件されそうだと報じられていますが、芸能界だったら和田アキ子氏が出川哲郎氏とか相手にビール瓶でしょっちゅう殴ってそうなイメージはあるけどこれは刑事事件なのかなと気になりました。少なくとも和田氏はかつて出川氏を真冬に全裸でベランダに放置したことがあり、この件について番組内で弁護士ははっきりと「殺人未遂」であると評しており、余罪を挙げたらきりがないのではと思います。
 まぁ彼ら芸能人の場合、死ななければある程度は許されるしネタ的なところもあるので、本気で刑事だ民事だどうだというつもりはさらさらありませんが。

2017年11月8日水曜日

「忖度」という中国語

 また内緒で昨日まで日本に一時帰国していましたが、正直散々な滞在でした。短い日程ながら企業関係者を含め多くの人間と会っては移動してを繰り返し、移動距離やスケジュールの過密ぶりはもとより普通に漫画喫茶で寝泊まりするなど体力消耗が著しく激しい日程でした。
 こうした元の計画日程自体は企図時点である程度想定していたため、タイトではあったもののこれだけだったら特に問題はなかったと思います。問題となったのは周りの人間が過密スケジュールの網の目を縫うかのようにこちらが預かり知らぬ予定を勝手に突っ込んできたり、当初私が計画していたスケジュールを変更、先送りしてきたことです。

 非常に過密なスケジュールであったことから自身の休養や、想定外の事態への対応のため敢えてフリーな予備日程をいくつか設けていましたが、こうした予備日程を狙うかのように山登り(ロープウェーだが)や図書館巡りなど興味がなく、体力や神経を無駄に削る予定を隙間なく次々と入れられ、また予備日程のなるべく早い時期に行おうとしていた手続きなどは次々と後回しにされていきました。周囲の人間も悪気はなく自分をもてなそうというつもりでやっていることはわかっているから自分も嫌な顔せず(一回だけはした)に応じていましたが、予定が先送りされてどんどん後ろにたまっていく中、最終日の予備日程まで予告なしに悉く潰され(嫌な顔はこの時一瞬だけした)、相手の顔を立てるため一応我慢して笑顔で付き合いましたが頭の中ではこの時、帰国準備に使える時間を必死で計算していました。
 結果、荷造りから帰国途出発までわずか20分しか持てず、また疲労困憊な上にストレスフルな状態で頭もおかしくなってるから何かしら洩れがあるだろうと想定していた通りに忘れ物があり、またどう考えても必要でない荷物を半ば無理やり持たされたため当初購入を予定していたお土産も買えなくなりました。

 先にも書いた通りに周囲は悪気はないと思ってずっと我慢していましたが帰国途中、すでに荷物パンパンなのに最後の最後で思い付きで持たされたとしか思えないパスコの菓子パン2本に対して、これさえなければ荷物が軽減され別のお土産も買えたと思うだに憎悪が集中し、電車や飛行機の中で「クソっ、菓子パン、クソっ」と、ストレスで右目が半分くらい見えなくなっている状態でずっと呟き続けていました。最終的には上海の自宅に着くや、あまりにもその存在自体が憎らしいことから鞄から菓子パン2本を引っ張り出すと袋入りのまま全力で壁に向かって投げ叩きつけ、そのままごみ箱に捨てました。壁に叩きつけた際はパーンと高い音が鳴りましたが、自分が食べ物に対しこれほどまで粗末に取り扱ったのは初めてかもしれません。

 こんな具合で未だに呼吸すらだるく判断力もほぼない状態(四則計算もなんか怪しい)に追い込まれるほど憎々しい滞在でしたが、2年ぶりに会ってきた友人とは楽しい時間を過ごせたとともに、非常に面白いお土産をいただけました。

お中元ギフト「忖度まんじゅう」のご案内(ヘソプロダクション)
『忖度まんじゅう』まさかの関西土産に。「世の中のニーズを忖度しました」(ハフィントンポスト)

 その友人がくれたお土産というのも上記の「忖度まんじゅう」で、「花園さんにはこれしかないと思って持ってきました」と自分の趣味をしっかり押さえて持ってきてくれました。自分もこのまんじゅうは面白いと思い、ぜひ他の人の反応を見てみたいと思って今日会社に持って行って配りましたが案の定好評で、日本語のわかる中国人スタッフすら、「これ持ってきたの花園さん?」と聞いてきました。

 そこでふと今年の流行語間違いなしのこの「忖度」という言葉は中国語にもあるのかなと思って今日調べてみました。結論から言うとありました。

 中国語で「忖度(cǔn duó)」の意味は日本語と同じく、「人の意思や判断を推し量る」という意味や、単純に「(長さや重さを)推し量る」という意味もあり、現代語ではなく古語となっています。出典の中には三国志の曹操の言葉もあり引用すると、

《诗·小雅·巧言》:“他人有心,予忖度之。”
三国 魏 曹操 《让县自明本志令》:“或者人见孤彊盛,又性不信天命之事,恐私心相评,言有不逊之志,妄相忖度,每用耿耿。”
《资治通鉴·汉献帝建安二十四年》:“忖度操意,豫作答教十馀条。”
郭沫若 《虎符》第二幕:“我转来的意思, 侯生 先生,你怕多少可以忖度吧?”
(「忖度_百度百科」より引用)

 中国の古典なのでいまいち意味が取れませんが三番目は恐らく、「資治通鑑(歴史書)・漢の献帝時代の建安24年:(曹)操の意を忖度し、十余条の答えを事前に作った」と訳せ、恐らく三国志に出てくる楊修のエピソードのことを書いていると思われます。

 忖度という言葉が日本で流行していることについては中国でも報じられており、日本新華僑報という新聞にも、「もし日本語に接していなければ、この『忖度』という中国の古語を知ることはなかったろう」というコラムが掲載されてて読んでてなんか笑えました。
 この新聞コラムに限らず、中国人の個人ブログなどでもモリカケ問題と絡めて忖度という言葉を紹介する記事が見かけられます。そうしたコラムでは忖度について「空気を読む」日本人ならではのという風に「忖度=空気を読む」という具合で紹介されていますが、大きな間違いではないものの、厳密には分けた方がいいかなという気が私にはします。

 「空気を読む」という行為も相手の意思や判断を推量してそれに敢えて合わせるという意味になりますが、空気を読む場合はどちらかと言えば「多人数の集団の意思」が合わせる対象な気がします。一方、忖度というのは基本一対一で、「たった一人の特定個人の意思」が合わせる対象であると私には思え、敢えて言うなら「空気を読む」をより限定した用法である気がします。でもって日常ではしょっちゅうこうした事態が起こるのに適切な言葉がないというところ、この「忖度」が彗星の如く登場したことから日本人としては痒い所に手が届く言葉で、「よくぞ来てくれた」的に一気に普及したと考えるわけです。
 このように考えると初めてこの言葉を公(?)で使った森友学園の土地買収に絡む官僚は、日本の国語発展において偉大な一歩を刻んだと改めて思います。よく官僚の答弁や報告書、通達に使われる独特な言い回しのことを「霞ヶ関文学」と言いますが、あながち捨てたものでもないでしょう、

加藤製作所に対する私怨

加藤製作所、北朝鮮ミサイル施設のクレーンは同社製の可能性 「法令遵守している」(ロイター)

 上のリンク先の記事を見て、「まぁあそこならなぁ」と今日思いました。実はこの記事の主役である建機大手の加藤製作所には以前少し絡みがあり、自分的にはかなり失礼な対応されたと思ってて自分の中の嫌いな企業トップテンには必ず入ります。なお1位は中日新聞、2位は電通。

 自分が加藤製作所にされた失礼な対応とは、完全無視です。前の会社で中国に派遣される前、中国にも工場があるということから元々取引のあった加藤製作所の日本にある事務所を訪問し、担当者に中国工場の担当者を紹介してくれとお願いしました。その担当者は以前中国工場にいたこともあり快く承諾し、名刺も交換したのですが、いざ実際に自分が中国へ派遣されて担当者の連絡先を教えてくれるようメールで連絡したところ、完全に無視してきやがりました

 自分も頭にきたもんだから計5回くらいメール送りましたが悉く無視し、独自に中国工場にもあたりましたがなんとなく接触事態を避けるような対応され、こっちも相手したくなくなって目の前通っても挨拶すらしなくなりました。なんでこんな態度を向こうが取ってきたのかは理由があり、私が以前在籍した会社はメーカーで、ここで作っていた部品を加藤製作所は実際毎日使っていたのですが、中国工場では商社経由で部品購入しており、その商社との関係があったことから自分のいた会社から直接購入するという選択肢を避ける、もとい接触すら避けていたようです。
 だったらそうだと言えばこっちもそこまでしつこく食い下がらないっていうのに、約束したことすら守らずに連絡を完全に無視するなんて陰湿な会社だなと心底思いました。こんな陰湿な会社なんだから北朝鮮にクレーン売ってても私からすれば別段驚きはありません。

 なお建機系では、以前コマツに取材で問い合わせた際はまるで脅迫するような対応され、ここも印象が悪いです。逆なのは住友重機械工業で、オフィス移転の真っ最中で忙しかったであろうにもかかわらず熱心にこちらの取材に対応してもらったことがあり、少なくとも自分が接触した限りではいい会社でもあり恩を強く感じます。

2017年11月6日月曜日

文字数別、記事を書く秘訣

 コメント欄で少し質問を受けたのでまた文章の書き方、もとい記事文章の書き方を文字数別で簡単に紹介します。

 以前書いた「わかりやすい記事を書くコツ」の中で私は、記事を書くポイントは究極的には表現とか文字数のバランスとかではなく、話題をどのような順番で書いていくかという構成によって左右されると説明しました。これは私個人の意見というよりかは絶対的な真実であると考えており、きれいな文章を書く上では何よりも重視し、且つ指導すべきポイントだと考えています。
 なお外部に出す文章などにおいて私はこの構成を非常に重視して、実際に記事を書く前にどのような順番で話題を並べ、段落分けをどうするかをじっくり考え(主に通勤途中)ていますが、このブログの記事に関しては大まかな内容なりテーマを決めた後は割と思いつくまま、どちらかというとライブ感が出るようにして書いています。

 話は戻りますがではどのような文章構成だといい文章、もといわかりやすい記事に仕上がるのか。いくつか王道パターンはあるものの「これしかない!」的な一つの究極形はないので各自が創意工夫してよいと私は考えていますが、記事文章において私が頻繁に使用している構成は大きく二つあり、文字数によってどちらを使うかを決めています。

<少ない文字数の記事に使う構成>
 こちらの構成は私だけでなくマスコミ志望者向けハウツー本でもよく取り上げられており、新聞社の新人記者研修でも多分同じ内容が解説されていると思います。少ない文字数、具体的には500字前後の小記事から1000字前後の中記事で私は使っていますが、それ以上の文字数で使っても問題ない構成です。

 具体的にはどんな構成かというと、大事な内容や報道したい主題を第一文に持ってくるという構成です。例えば業績発表に関する経済記事なら「○○社は昨年、××%の増益だった」というように、極端に言えば第一文さえ読めば記事全体が分かるくらいの主題(主に数字)を頭に持っていきます。
 続いて二文目にはその補足で、具体的に何が増益(もしくは減益)の要因になったかという理由を書き、第一文の内容を補足します。そして第三文にはその他関係する事項を好きに書く、例えばさっきの例だと同業他社の業績や、何期連続の黒字だとか、今後の業績予想とかです。
 この構成は一段落、二段落、三段落という構成にしても通用する形です。この場合だと第一段落に主題を詰め込むという形となり、以降の段落では重要度の高さに従って主題を補足する内容を一つずつ付け加えていきます。基本的には経済記事に限らず、新聞記事の構成はすべてこうなっていると言っても過言ではなく、お手元の記事を見て構成を考えてみれば実感が得られると思います。

<多い文字数の記事に使う構成>
 先ほどの構成は基本的に文字数に関係なく使える形ではありますが、大体2000字を超えるようなやや長い記事を書く場合ですと私は別の構成にして記事を書きます。主題を頭に持っていく点は同じではあるものの、核心に迫る内容を敢えて書かずにしておいて一体何故そうなるのかという理由については匂わせる程度で切ります

 一体どうしてこんな書き方をするのかというと、記事を最後まで読者に読ませるためです。長い記事だと序盤だけ読んで読み捨てる人が多いこともさることながら、最初の構成のように重要な内容を頭から順々に書いていくと後半に至るにつれて書く内容の濃さや重要性が薄れていき、単純に読んでてつまらなくなっていきます。そうなると、読者としては読後感が非常に悪くなるわけです。
 こうした事態を避けるために、最初の第一段落では記事全体で主張したい内容と結論だけを簡潔に示し、「その結論に至る理由や背景とは?」という風な切り口にして、意図的に読者が続きを気になるような書き方にすることが多いです。
 こうして一旦リード文(第一段落)から本文(第二段落)以降にまで誘導させると、第二段落に入ってからは背景事項の説明に入り、何故この話題が気になるのか、現状はどうなっているのかなどと周辺事項から徐々に焦点を絞り、終盤に入るあたりでようやく詳しい説明や理由を書いていきます。でもって最終段落では補足的な、私個人の意見や見解、別の視点など、必ずしも読まなくてもいい軽い内容を簡単に示して、読後感を軽くするようなことをよく書きます。

 こちらの構成は最初の構成とは逆に近い形で、第一段落で内容全体のルートマップを示しながら肝心なところは敢えて教えないという形になります。何故そうするのかというと、繰り返しになりますがやや長い記事を最後まできちんと読ませるためです。その上で本文に入ってからは周辺事項から徐々に核心へと近づけていく形を取っており、こうする方が最後まで記事を読んでもらいやすいし、読者の側も話題が後へ行くほど内容が濃くなっていくので読みやすいのではないかと考えています。まぁもっとも、必ずしもこの形にこだわる必要もなければ、私自身も状況や内容にあ和得て変化をつけてはいるのですが。

2017年11月4日土曜日

中国に対する日本人の見方の変化

 先日、というか昨日JBpressの編集長と会って話してきましたが、その中の会話でお互い意識して取り上げ合ったのが「中国に対する日本人の見方は、どうも潮目に入っていないか?」というものでした。これはどういう意味かというと、前補と中国人に対する日本人のアレルギーが薄まってきていないかということです。

 中国人に対する日本人のアレルギーとは言ってそのまんまですが、中国に関するあらゆるものを否定する感情です。具体的には「シャープに中国人(実際は台湾人)経営者が来たからもうシャープの製品は買わない」とか、「これだから中国人は」、「中国人にこんなもの作れるはずがない」などと批判するもので、私の中国紹介記事も知ってる人には早いですが大体どの記事もヤフコメでは私への人格批判も含めて激しく罵られます。

 しかし、ここ最近の記事ついては以前ほど、実感としては去年年末の上海大江戸温泉の記事が一番激しかったかもと思いますが、このところ私が書く記事に関してはやたらむやみな批判は減っており、むしろ私の紹介する中国事情を見て素直に、「中国も侮れない」と認めるような声が見られるようになってきました。もっとも、私の場合は批判されるのに慣れているのでむしろ記事内容誉められると逆に不安に感じたりするのですが。

 こうした読者反応の変化については編集長も感じているとのことで、どうも今年に入ってから反応が変わり始めたように思っていたとのことです。私自身も感じていただけに同じことを考えていた人がいたのかと思うとともに、どうも日本の中国に対する見方が現実に近づいてきているように感じます。
 以前と中国に対してはあらゆるものついて批判的に見る日本人は多いですが、一方で私が報じるような中国の現状、特に日本を上回る領域が存在する現実を認める人もだんだんと増えてきているように思います。これ自体は私個人としては歓迎したいところですが、仮に私がそれこそ、「中国に学べ!」という見出しで記事を書いたとしたら、恐らくこれまでにないくらいの反発が来るだろうと断言します。そうしたことを考慮すると、未だに幻想にしがみついて現実を見ることができない日本人は多いだろうと私は認識しています。

 もちろん私はあらゆる点で日本が中国に劣っているとまでは思いません。しかしことビジネス面においては、日本が中国に学ぶべき点が現在多く出ているのではと考えています。自分の記事でもそうした点についてはっきりとは言わず、暗喩させる形で伝えようとはしているものの、それでも読者の反発を恐れて「中国人に学べ!」とは書けないのが正直なところです。
 話は最初に戻りますが、日本の中国に対する見方は変化しつつあるとはいうものの、今後どこまで現実に近づくかはまだ未知数です。もしかしたら私の視点の方が誤っている可能性もあるものの、自分としては現在の流れがもっと続いてもらいたいというのが今日の意見です。

2017年11月1日水曜日

オウムのカルマの概念についての手がかり

 オウム事件について現在いろいろ調べていますが、近年になって自分の中で注目が高まっているのは、事件前後に信者らがやたら「カルマ」という言葉を繰り返している点です。カルマは日本語だとよく「業」とか「原罪」と訳されますが、いうなれば負の意識や概念、もしくは経歴といったところでしょう。

 信者らの証言では「自分の身に着いたカルマを払うためには」などという言葉ともに、修行に打ち込む理由をカルマを取り除くためと説明していることが多いです。またサリン散布実行犯の広瀬健一がサリンを撒いた直後に自分にもサリン中毒の症状が出た際、「自分のカルマだ」と思い、サリンを撒くという行為自体の報いを受けたと思ったと話しています。

 このカルマの概念について、以前はあまり気にしなかったのですがある物語を読むことでオウム信者らの概念ってこういうものだったのかと妙に納得するようになりました。その物語というのも、しべっと仏教の聖人の一人であるミラレパの物語です。

ミラレパ(Wikipedia)

 ミラレパについてざっくり述べると、自らの家族に対し冷たい仕打ちを行った叔父と叔母への復讐として黒魔術を用いて村を壊滅へと追い込んだ後、その行為の代償として背負ったカルマを払うために別の聖人(マルパ)への帰依を求め、マルパから課せられた様々な試練を乗り越えることでついにカルマを払い、その後も修行を続けてチベット仏教の中でもトップクラスの聖人に列せられるようになった人物です。
 ちなみに修行中に草しか食べなかったので途中から体の色が緑色になったとのことですが、これを聞いて私はデスラー総統とピッコロさんが頭に浮かびました。

 このミラレパの話を聞いてオウムと同じだと感じた点は、その師であるマルパとのやり取りです。マルパはミラレパを一目見て自分の後継者となる人物で全力で教え、導く相手だと直感しながら、当初は冷淡な態度を取ります。具体的には、ミラレパ一人に石を積んで塔を作るようにと指示しておきながら途中で、「塔を作る場所を間違えたからまた一からこっちに作れ」などと、何度も理不尽な仕打ちを与えます。こうした仕打ちは周囲からも同情を買うほど厳しいものでありながらミラレパは愚鈍なまでにその指示に従い続けました。
 最終的にマルパはミラレパに対し、これまでの冷たい仕打ちはミラレパの過去のカルマを払うための苦行であり、この試練を乗り越えたミラレパにはもうカルマは払われていると明かした上で、君こそ自分の後継者であるとして改めて弟子に迎え入れて熱心且つ丁寧に指導を行うようになるわけです。

 チベット仏教全体が果たしてそうなのかまではわかりませんが、少なくともオウム真理教についてはこのミラレパのストーリー構造が信者間で強く共有されていたと思う節があります。具体的にはグル、尊師こと麻原彰晃の命令は絶対で、一見理不尽とも思える厳しい仕打ちはカルマを払うための苦行だと受け取られ、犯罪であることを認識しつつも実行に移されるという過程はこのストーリーに乗っ取っていたのではないかと思います。
 また複数の信者は麻原彰晃のことをソウルマスターであると思って自分が救われるにはこの人にすがるしかないと考えていたなどと語っており、やや言いにくいのですが、自分一人では悟りを開くことはできず精神的上位者の助けなり指導が絶対必要という観念が、ほかの宗教と比べて強いような印象を覚えました。これも、先ほどのカルマを背負ったミラレパのストーリー構造に乗っかるような気がします。信者らが使う用語も、なんとなくこれらとつながるように思えますし。

 非常に単純な構図で書くと、

解脱したい(=悟り開く)→カルマが邪魔→自分一人じゃ払えない→既に悟りを開いている指導者の教えが絶対必要→尊師の言うことは絶対

 という思考構造だったのかなと、林郁夫に関する本読みながら改めて再考していました。

2017年10月31日火曜日

平成史考察~自殺サイト殺人事件(2005年)

部屋から異臭、荷物運ぶ姿=「まさかこんな」住民ら絶句―アパート遺体(時事通信)

 やや不謹慎ではありますが、久々にまた香ばしい事件が起きたなという感想を持ちました。それにしても最近の神奈川県は障碍者施設襲撃事件といい、大量殺人事件がやたら起きているような気もします。
 この事件の詳細については今後操作や報道が進むにつれて明らかとなっていくでしょうが、現状ではまだ不確実な面も多いだけに余計な言及は避けようと思います。ただ現在までに報じられている、自殺志願者をネット経由で誘い出したとされる供述をみて、私の中で真っ先に思い浮かんだのは下記の事件でした。

自殺サイト殺人事件(Wikipedia)

 事件発覚当時、その内容からかあまり大きく報じられてなかったような気もするので(筆者はこの時期北京に留学中)、事件内容を覚えていない人の方が多いのではないかと思う事件です。内容をごく簡単にまとめると、自殺志願者が集うサイトで当時流行っていた集団自殺を持ち掛け、一緒に自殺するためにやってきた女性、男子中学生、男子大学生を悉く拷問の末に殺害していたという事件です。
 犯人の男には拷問癖、というよりは窒息して苦しむ姿に興奮するという性癖があり、誘い出された被害者らは三人とも何度も窒息によって気絶されては無理やり起こされ、再び窒息させられるという行為を繰り返された挙句殺害されており、その過程は写真や動画で撮影されていたそうです。

 今回、というより内心では以前からこのブログでも取り上げたいと考えていた事件ですが、何故取り上げたかったのかというといろんな意味で考察の余地が含まれた殺人事件であると思えたからです。ポイントは大きく二つあり、一つは自殺サイトを手段として経由していること、もう一つは窒息マニア且つ白のスクールソックスマニアという特殊な性癖を持つ犯人であることからです。

 前者については筆者も学生時代に何故かレポート調査対象としてやけに調べたことがあり、2004年にワンボックスカー&練炭を使った集団自殺が発生してから増えた自殺サイトが、自殺ではなく他殺に用いられたという事実が興味を引きました。意外というよりかは起こるべくして起こったなと思ったのが正直な感想であるとともに、殺人と自殺幇助の線引きについて考えさせられるとともにもちろんこの件は殺人であるが)、今後もこうした殺人への応用が続くのかなと一人でいろいろ考えていました。

 そして後者についてですが、前述の通りにこの事件の犯人には他人が窒息して苦しむ姿に興奮するという異常性癖があり、尚且つ白のスクールソックスに対しても異常に関心を持ち、被害者は拷問の過程で白のスクールソックスを無理やり履かされていただけでなく、この事件以前にも犯人は白のスクールソックスを履いた友人の首を絞めるなどして何度も逮捕されています。
 これらの犯人の特徴を以って単純に異常者と割り切るのは簡単ですし実際にその通りな異常者なのですが、個人的に私が興味を持ったのは、犯人自身がこの性癖の異常性について自覚しており、尚且つそれでも欲望に抗えなかったという点です。

 この点については裁判中に犯人自身が、その問題性を自覚して何度か自殺を試みたものの未遂に終わり、その後欲望を満たすために犯行に及んだと語っています。またどうしてこのような異常性癖を持つに至ったのかという過程についても比較的詳細に語られ、ほぼ確実とみられる因果関係も明らかとなっており(幼少時の父親の折檻と、中学生時代の教育実習生)、あくまで供述に頼るのみではあるものの話として聞いてて筋が通るというのが、他の異常殺人と比べても一線を画しています。
 様々な供述から犯人自身は自分の所業について一定の罪悪感を感じているように思われ、現実に事件発覚のきっかけとなった女性に対する殺人以外の二件の殺人については疑われていない段階で犯人自ら自白しており、裁判でも減刑にはつながらないまでも自白が認定されています。しかし公判中も拘置所内で暴行事件を起こすなど際立った暴力性はとどまらず、また自らこの性癖は矯正不可能で復帰の見込みはないことを認め、有言実行とばかりに一審での死刑判決に対して弁護団が行った控訴手続きを自ら取り下げ、一刻も早い死刑執行を望んでいることを示していました(2009年に死刑執行済み)。

 繰り返しになりますが、私はこの事件の犯人について自らの異常性を認識し、問題性を自覚しながら幾度となく犯行を繰り返した点が興味深いと思え、異常犯罪における犯人としては非常にレアな存在だったと見ています。その上で不謹慎な言い方ですが、最終的な死刑執行はやむを得ないにしろ、もう少し生かしておいた上で犯罪研究の貴重なサンプルとして研究する価値もあったのではないかと内心では考えています。
 現在までの供述によると、今回の座間市の犯人も8月末から何人も殺害してクーラーボックスに保存しておくなどなかなかの異常性を見せています。そしてそんな異常者でありながらあっさりと犯行を認めたということからも、価値の高そうなサンプルだと早くも期待しています。

 最後に一応言っておきますが、不謹慎であることは認めつつも研究価値については将来の犯罪研究のためということが第一です。こうした研究から犯罪に走りそうな候補を早めに検出し、また矯正の可能性や手段を探るkとは社会的にも価値があるからこそこういうことを言うのであって、決して野次馬根性で面白がっているわけではありません。
 だからこそ同じ自殺サイト、というよりネットを経由したこの自殺サイト殺人事件と、共通点とかどうなのかなという意味で敢えてこうして記事にしてみました。まぁ現時点で言えることとしては、自殺するなら変に誰かと一緒にやろうとすると一方的に殺される可能性があるから、なるべく一人で頑張ってした方がいいってことくらいですが。

2017年10月29日日曜日

スバルの検査不正ニュースの衝撃(テンプラ)

 前回に引き続き、スバルの検査不正ニュースについてスバルとは全く関係ないところの話をします。それにしても前回はこの見出しで、朝日新聞記者の自動車に対する無知ぶりを批判するという恐ろしい記事だったなぁ。
 結論から言えば、この事件について全く論点の違う意見をいう人が多くみられます。でもってその論点の異なった意見は異なっているだけに間違っているように私には思えます。

スバルも発覚!! 「無資格者検査問題」の3つの要所(ベストカー)

 事件の要点についてはベストカーがよくまとめてくれているので上のリンク先を見てください。簡単に言えば日産とスバルで完成検査員資格を持たない人間が法定の完成検査を行っていたことがばれたことで大きな問題となっているわけですが、この事件についてネット上で反応を見ていると、

「これまでも同じような検査体制で大きな問題は起こっていないじゃないか」
「検査自体はきちんと行われているのだから安全上は問題ない」
↓↓↓
「だからこの問題はそもそも大騒ぎする問題なのか?日産もスバルもいい迷惑だろう」

 的な意見がいくつか見られました。論法としては、「安全上は問題ないのだから別にいいじゃん」という感じです。
 しかし私の見方は違っており、検査自体がしっかり行われているとか、安全上問題がないかではなく、規定を破っても問題ないとする社内風土にこそ欠陥があるとみています。

 言うまでもなくこの完成検査は国の法規定で定められており、実際に日産とスバル以外の他のメーカー(実際怪しいけど)ではきちんと規定に沿って実施されています。しかしこの二社では法規定手順を守らず、またコンプライアンス上問題がないかという確認すらも怠っていたということになる上、日産に至っては問題発覚後も気にせずに無資格者の検査が続行されていたということからも、「法は法だけど面倒なら破ってもしょうがない」という認識が少なくない人間、それこそ工場単位で持たれていたと言っても過言ではないでしょう。

 ヒヤリハットの法則ではありませんが、綻びというのはほんの些細な点から大きく広がっていきます。実際、内部統制上の不正事例でも、最初はちょっとしたミスや誤解を犯していながら特に問題とならなかったことからどんどんと大規模化して大きな不正案件となることも少なくありません。検査手続きにおいても同様で、「見逃しても事故が起きないから」という態度が後でどんな問題に発展するのか、そうした抜ける意識を根絶するためにも規定に対しては絶対的に従う必要があると私には思えます。

 逆の例と言っては何ですが、昨年に三菱自動車で発覚した燃費不正事件の際にスズキも法規定に沿った検査方法を実施していなかったことが分かりましたが、この件ではスズキは法規定よりもずっと厳しい燃費検査を行っており、法規定の検査方法に合わせたところ前より表示燃費が向上するという恐ろしい結果を叩き出しました。この場合も確かに法令違反っちゃ違反ですが、スズキは法令以上の厳しい検査に自ら臨んでおり、なおかつ国の燃費検査の方が明らかに欠陥や無駄な手間の多いやり方で、スズキの件もあってか検査方法を国も今変えようとしていることから私はこの件でスズキを批判するつもりは全くありません。っていうか凄いぞスズキ!

 しかし今回の日産とスバルの件は、安全上問題がないにしろ、明らかに「法令なんて知るか!」と言わんばかりの対応なだけに、もっと批判されてしかるべきだと思います。さらに言えば、法定検査ですらこんな態度であることからこの二社の他の検査も案外どんなものかと、それこそ社内風土的に少し疑っています。
 個人的に非常に不思議なのは、完成検査員はメーカー内部での認定資格で、祖に認定基準もメーカーごとによって異なるとのことですが、人手が足りないならばなぜ認定基準の方を変えなかったのかが理解できません。日産に至っては無資格者が有資格者の印鑑を勝手に押印して検査書を出していた事例もあったそうですが、印鑑管理の点でもこの会社は内部統制に問題が多そうです。

2017年10月27日金曜日

スバルの検査不正ニュースの衝撃(仮)

スバルも無資格検査 日産不正受け社内調査 群馬製作所(朝日新聞)

 今朝上記リンク先のニュース記事を見て大きな衝撃を受けました。具体的に言うと、「えっ、インプレッサが小型車だって(;・∀・)ハッ?」ってな感じで。

 問題の箇所は末尾から二番目の段落にある「小型車の『インプレッサ』や、スポーツ用多目的車(SUV)の『XV』などを生産する主力工場だ。」という記述です。結論から言えばこれは明確な記述ミスです。あらゆる角度からクロを白くする作業で分析を試みましたがどの角度からも角が立つ書き方で、自分以外に突っ込む人おらんのかいなとという点でもなんかいろいろと複雑になりました。

 車種について知っている人には早いですが、「インプレッサ」というのはスバルの主力車種であり近年の同社の躍進を支えている、主に米国市場で販売が伸びているベストセラー車です。タイプ(車型)としてはセダンとハッチバックの二種類がありますが、まぁ国内市場と表向きイメージを考えるならば「セダン」と言い切ってもアリだと思います。そもそも「ハッチバック」という言葉自体が最近自動車業界でも使われなくなりつつあるし。
 それでこの車ですが、はっきり言ってかなりでかいです。特に最近のモデルチェンジではメイン市場の米国に合わせてどんどん大型化しており、以前はともかく最近は一応の姉妹車種であるレガシィとも区別つかなくなるくらい巨大化しており、他の同じクラスのセダンと比べても大き目なサイズです。

 セダンとしてむしろでかい方にもかかわらず何故朝日はインプを「小型車」と書いたのか。恐らくナンバーによる区分こと車幅区分で小型車と書いてしまったのだと思います。

乗用車(Wikipedia)

 上記のWiki(今年は2000円寄付したから気兼ねなくリンク貼れる)の記事中でも開設されていますが日本の乗用車区分では、

・全長:4,700mm以内
・全幅:1,700mm以内
・全高:2,000mm以内
・総排気量:2,000cc以内

 以上の条件にすべて収まれば「小型車」に分類され、逆にこの条件を上回りトラックなどの条件に合致しなれば「普通車」として区分されます。この区別はナンバープレートを見ればわかり、小型車の場合は一番上にある3桁の分類番号が「5」から、普通車は「3」から始まることからそれぞれ「5ナンバー」、「3ナンバー」と言って区別されています。
 この区別はかつてでこそ税金面で小型車(5ナンバー)が有利であったことから自動車メーカーも一番条件に引っ掛かりやすい全幅を敢えて1,700mm以下に抑えていましたが、昨今は制度も変わり必ずしも小型車が税制面で有利となるわけでなくなったことから(排気量のが重要)、プリウスなど一部車種ではモデルチェンジに合わせて5ナンバーから3ナンバーに移行する例があります。

 こうしたことから、恐らく一般的には「小型車」か「普通車」かで自動車を区別したりすることはあまりないと思いますし、ましてやニュース記事でわざわざこの基準で区分をすることに意味は全くと言っていいほどありません。それこそこの基準で区分するとしたら、インプだけでなくフィットやデミオなど他の一般的な大衆車も「小型車の~」という枕詞になるし、軽自動車も「小型車のミライース」という風に書くこととなるわけで、こんな書き方だと違和感ありまくりな上に読者が変な誤解をする恐れすらあります。
 その上、前述の通りにインプは車型としてはセダンに属し、なおかつ同クラスででかい方の部類に入ります。それこそ「フィット」などが属すコンパクトカーという車型なら「(車型としての)小型車」という表現が使えないこともありませんが、インプを小型車と呼ぶにはどうしても上のナンバーによる区分でしか説明することができません。

 仮にインプだけの引用であれば「小型車のインプレッサ」と書くことも、はっきり言って非常に不自然ですがギリギリ認められます。しかし今回の朝日の記事ではその後で、「SUVの『XV』」とも書いています。インプに対してはナンバーによる区分で「小型車」と書いているくせに、その直後にXVに対しては車型としての区分表現である「SUV」という表現を使っており、前と後ろで基準が異なっています。もしナンバーによる区分基準で統一するならXVに対しては「普通車の」と書かなければなりませんが、「普通車のXV」ってまぁ見ていてほんと不自然な書き方です。

 これは私の推測ですが、恐らくこの記事書いた朝日の記者はそもそもインプレッサがどんな車か全く知らず、とりあえずネットで検索かなんかして他紙の記事で「小型車のインプレッサ」と書いてあるのを見つけてそのままコピペしたんだと思います。私もこの辺実際に見ていますが、記者というのは表現について、自分の感性等よりも同業他社がどう書いているかを参考にし、それをそのまま全く疑わず鵜呑みにする傾向が強いです。
 実際私も検索したところ、産経とか東洋経済も全く同じく「小型車のインプレッサ」と書いています。まぁまだこちらは「SUVのXV」とは書いていないから通ることは通るけど、書いてて違和感感じないのかなこの人ら。

 ややきつい言い方をすると、冒頭の記事を書いた朝日の記者、並びにそれを通した編集は自動車について多分全くわかってない人なのではと思います。そんな人間が自動車業界のニュース書いてどうするんだと、見ているこっちが不安になってきますし、出稿前に「基準バラバラじゃねぇか」とどうして誰も気づかないのか不思議で仕方ありません。
 そもそも件のインプレッサはトヨタのクラウンとカローラ、日産のスカイライン、ホンダのシビックなどに続くくらい長期に渡り生産、販売されているスバルの看板車種で、こと4WDの性能に関しては上位車種に当たる「WRX」は恐らく世界最高クラスな車です。知人に至っては、戦場を選ばない取り回しやすさと総合的なポテンシャルから、「GTRよりWRXのが速い」とまで言うくらいだし。

 そんなある種過剰性能気味な、多少車に興味ある人だったら誰もが知っていてもおかしくないくらいの知名度を持つ車種だと私には思え、そのインプレッサに対し「小型車」と平気で書いてしまう不作法は見上げたものです。それこそスズキの「キザシ」とか、ダイハツの「アルティス」くらいにマイナー激レア車種だったら多少書き間違えても私もしょうがないかなと思えるのですが。



 ……ここまで長く書いておきながらなんですが一応念のためにインプの諸元表を確認してみたところ、現行のインプの全幅は1,775mmあり、ナンバー基準であっても小型車には分類されないことが分かりました。っていうか3代目(現行は5代目)インプの時点で1,700mm超えており、これだとナンバー分類上は「普通車」であり、どっからどう攻めてもインプは「小型車」にならないことに気づきました。
 だとすると最初の朝日の記述は完全にNGだし、産経や東洋経済の記者もいろいろと怪しいってことになります。ほんま日本の経済記者大丈夫か?普通に「セダンのインプレッサ」と書けばいいだけだってのに。

  おまけ
 ダイハツの「アルティス」とは、トヨタの「カムリ」がダイハツ向けにOEM販売されている車種です。しかし、そもそもOEM元のカムリ自体が日本国内じゃ全く売れずに知名度、人気がない激レアな車種であり、OEMでダイハツに出されている事実自体が車好きであっても多分ほとんど知られていないという超激レア車です。っていうか日本でカムリをOEMで出す必要あるのか、それならマークXとかの方がよかったのではと思うくらい誰得なOEM取引です。
 しかし、珍しいもの好きな私としては逆にこのアルティス乗ったら面白そうかもと思い、一時期熱心にカタログとか眺めていたことがありました。それこそティターンズのパイロットなのにエゥーゴのディジェに乗っているような感覚味わえるかなとか妄想していて、もし日本帰って車購入する機会あれば多分また真剣に検討すると思います。

2017年10月25日水曜日

怪しいからこそよく売れる

 今日ふと尾上縫とかどうしてんだろうと思ってネットで調べてみたら、3年くらい前に死んでいたそうです。

尾上縫(Wikipedia)

 多分私と同年代でこの人知っている人は知らないでしょうから簡単に説明すると、尾上縫というのはバブル期に世間を騒がせたいわゆる詐欺師です。具体的にどんな詐欺したのかというと金融機関からの不正融資引き出しなのですが、その経過というのが時代を反映していて個人的には面白く、私も名前まで覚えてしまいました。
 元々は料亭の女将だったのですが株や競馬の予想が悉く当たると評判になったことから次第に占いが本業となっていき、一時期は大手証券会社や銀行の社員がこぞって通い、「当たるぞよ~」とか「今は待つぞよ~」など怪しさ満点のお告げを繰り返しては来場者から尊敬のまなざしとともに平伏されていたそうです。

 しかし資産運用がうまかったというよりかは時代が良かっただけで、自ら運用していた株はバブル崩壊とともにどんどんと焦げ付き始め、Wikiの記述を引用すると、「89年の延べ累計額では借入が1兆1975億円、返済が6821億円で、270億円の利息を支払った。」とのことで、この年の運用損益は実質約-50%という状態でした。
 それにしても上記の金額を見ていると、いくらバブル期とは言え個人で数千億の融資を得た上で運用できたとはアホな時代だなと思えてなりません。まぁそんなあほな時代を経たから今審査とか厳しくなったのでしょうが。

 こうした有様はもちろん表向きは隠していたものの金融機関もだんだんと怪しみ、融資に慎重となっていきます。そこで尾上縫は懇意の金融機関関係者と組んで架空の預金証書を作り、これを担保とすることで新規融資を引き出すという詐欺を繰り返しながらどんどんと焦げ付かせていき、ある日ガツンとばれて牢屋に入ったわけです。なおその後留置場で自己破産手続きを取り、負債総額は4300億円と個人としては当時の史上最高額を叩き出したそうです。
 そんな尾上縫ですが今年包装されたテレビ番組の調査で2014年頃に亡くなっていたことが確認されたそうです。まぁなんていうか、悪い奴は結構しぶとく生きるなって感じです。

 個人的にこの事件で面白いと思うのは、変なガマの像に向かって祈ったりするなど怪しさ満点なおばさん相手に、高学歴の証券マンとかがこぞって通って平伏していたという事実です。しかも彼らがお告げと聞いていた内容はおばさんの場当たり的予想にしか過ぎず、実態から根拠、背景に至るまで何一つ合理的なものがなく滑稽窮まりません。
 しかし逆に言うならば、怪しいからこそみんな信じたのかなとも思うわけです。

 古い話を出すと、原爆投下直後の広島では人骨の粉末がケロイドなどに効くというデマが流れて実践する人も多かったそうです。もちろん人間の骨にやけどを治すような効果はなく、これ以前に同じような意見が提唱されたわけではないのですが、パニックもあったとはいえ何故かその時の現場では信じられたそうです。
 こうした例に限らず、一見すると怪しさ極まりないものの、時と条件とかが合ってしまうと何故か根拠なく信じられたり、商品も売れたりする傾向がある気がします。いわゆる疑似科学などはこの典型で、効能などの宣伝とかマーケティングとかではなく怪しいからこそ売れるんじゃないかとひそかに見ています。

 このように考えると商品やサービスに対して、いくらかの怪しさを付け加えたり意図的に醸し出したりすることはマーケティング上でも有用なのではないかとも思えてきます。それこそいかにも素人っぽい芸人に、「これ効くよ、ほんとほんと、お願いだから信じて!」みたいに訴えさせたりとか。誰かこういう「怪しさマーケティング」について専門的に研究してくれないかな。

 なお最近でこういった怪しさ満点な商品とくれば、露骨な疑似科学商品ですが「水素水」でしょう。ただ私としてはちょっとこのネーミングはシンプル過ぎるような気もして、もっと仰々しい名前の方が売れたような気がします。
 敢えて私が売り出すとしたらそれこそ、「超水素水」、「伝説巨神水素水」、「ハイメガ水素水」などともっと凝った名前にしていたことでしょう。

2017年10月24日火曜日

堕ちなければわからない

 今の職場でも真冬にコートを一切着ない男として有名なため気温が下がるにつれて周りから、「今年もコート着ないの?」と聞かれることが増えてきました。もちろん着ません。
 多分体の放熱量が他の人と比べても異常に高いからでしょうが私自身も夏より真冬の方が好きなだけあって基本が低い方が動きやすく、今現在も窓開けっぱなしですが非常に涼しく気分がいいです。なので好きなことをそのまま書きます。

 結論から言えば、堕ちるところまで堕ちなければわからないでしょう。そしてそれは2020年の東京五輪後を待たなければならず、その後でも果たして現実を直視できるのか私には疑問です。
 かつてNHKから取材を受けたときにこのブログでは様々な政策提言をしていて日本を盛り上げたいというような意識が見られると向こうの記者に指摘されましたが、決して間違いではないものの果たしてそれでいいのかという疑問はもう何年も持ち続けています。というのも下手な延命策を取るよりいっそ激しく叩き潰した方がこの際目が覚めるのではと思うことが多く、外科手術的には思い切って切断した方が本体にはいいのような具合です。

 決して最近になってからというわけではありませんが、やはりこうしていろいろ記事書いたり各種の意見を聞いてたりすると、明らかに現実を無視したというか意図的に視線をそらした意見や主張が見受けられます。一人二人ならともかく割と多いし、またメディアもかねがね言っているように海外報道に関しては正直なめているところもあって、壊滅的です。
 ならばこそ、敢えて叩き潰す側に回って一刻も早く叩き潰した方が、犠牲者というか犠牲になる年代は少なくて済むのではないか。この疑問は何年にもわたり持ち続けていますし、ハゲタカのモデルとなった米ファンドで活動していた人の言葉も間違いじゃなかったなと思えてきます。

 自分の経験から言っても、理論的にいくら言っても理解できないという事柄は確実に存在し、失敗を経ないと絶対にわからないっていう者も少なくありません。だからこそ、というより実際に多くの人が体験してみないとわからないと思うこともあるだけに、もうこの際かなと言いたいわけです。
 もっとも自分の完全に独立して生きているわけじゃないのでえらそうなこと言える立場ではありませんが、今後の時代について悲観するよりかはどこまで落ちてどんな風な混乱が起きるのかと観察めいた視線で楽しんでみる方がお得ではある気がします。

2017年10月23日月曜日

ゲームレビュー「ダンジョントラベラーズ2」

 Youtubeの動画開いた際にあべりょうの歌の広告が流れるのがただただ不快です。

ダンジョントラベラーズ2 王立図書館とマモノの封印(アクアプラス)

 大分前ですが面白いと評判だったので上記の「ダンジョントラベラーズ2」というゲームを購入していてつい最近にやり始めてみました。このゲームは美少女ゲーム大手のアクアプラスが、開発にスティングという会社を迎えて作ったゲームで、ジャンルとしては3DダンジョンRPGに入ります。タイトルには「2」と入っていますが前作は美少女ゲームの「To Heart2」というゲームのスピンオフゲームで、ゲームのジャンルや骨格こそ同じであるもののストーリーや世界観間でつながりはないと聞いていたので、前作をやらずにこちらから購入しました。

 やってみた感想はというと、面白くないというわけではないものの全体として作りが異常にチープです。正直、10年くらい前に作られたゲームかと疑うようなチープさです。

 ゲーム全体としては3DダンジョンRPGなだけに3Dダンジョンを探索しながら魔物を倒していくというオーソドックスな内容なのですが、全体的に敵キャラが強いものの、レベル上げたら割と楽勝になってしまうほどゲームバランスがやや偏っています。またそのゲームバランスに影響を与える装備品についても、恐らく個別にパラメーターを設定するのが面倒だったのか知りませんが、基本的に出てくるアイテムは非常に限られており、それを「+10」などと数字を足すことで区別しています。
 具体的に例を挙げると、「ショートソード」の元々の攻撃力が12だとすると、「ショートソード+10」の攻撃力は22になります。こんな感じで、ゲームを進めるごとに+の後の数値は段々と上がっていくわけですが、逆を言えば後半に至っても「ショートソード」という名称の武器が延々と使われ続けており、なんていうか名称で萎えます。ほかも「ロングソード」、「スタッフ」、「ハンドアクス」などしかなく、これらが前半から後半にかけてプラス値が変わるだけでずっと使い続けなきゃいけないし。

 ただ、この辺はダンジョンRPGの特性上ということでまだ妥協できますし、ほかの同じジャンルのゲームでも見受けられる措置です。それ以上に自分がやっててチープさを感じたのは、戦闘での演出です。
 戦闘画面は基本的に画像が動くことがなく、攻撃時も斬撃が「ザシュッ」的に横に流れるような演出しかなく、「邪聖剣ネクロマンサー」(1988年)の頃と何も違いがありません。ドラクエとかならそれがもはや伝統なので特に問題ではありませんが、このダンジョントラベラーズはどちらかというとキャラのビジュアルを売りにしているゲームなだけに、特定の攻撃に際してはキャラのカットインを入れるなどできなかったのかと思えてなりません。しかもそのキャラビジュアルも、特定イベントCGを除くと基本立ち絵しかないし。

 そしてなんといっても自分が気になったのはBGMです。もうびっくりするくらいチープで、素人の自分ですら安い音源を使っているのが聞いててわかります。音源が安いなら安いでメロディーで挽回するのかと思いきや、これまた全然シーンに合っていないしょうもない曲ばかりで、折角スティングにはいいコンポーザーいるのになんでこんなダサい曲使うんだろうと深刻に不思議だと感じる水準です。
 ついでにと言っては何ですが、ストーリーも見ていて非常にアレです。美少女ゲームメーカーなんだから王立メイド隊とか騎士団なのに女性キャラしかいないとかはこの際目をつぶるとしても、突然性格が豹変した主人公の上司は一目見て、「ああ、魔人が乗り移ったんだな」と、すぐわかるくらい展開が読めます。しかもそんな豹変した上司を見て主人公らは訝しみこそするものの本格的に怪しいとは思わず、プレイしていて「おいおい」と突っ込みたくなること請け合いです。ダンジョンも次から次に提示されるものをただ回るだけだし、主人公もギャルゲーによくありがちな典型的なくらい個性のないキャラだし、挙句に主人公以外の男性キャラはほぼ皆無という、いくら美少女ゲームメーカーとはいえこれはどうかなと思う世界観です。

 いいところとしては各キャラごとにスキルを自由に設定できて、組み合わせによっては無能になったり、戦闘が楽になったりと大分変ってくるので工夫のし甲斐があるところです。これを除けばレアアイテム探索もないし、基本一本道のシナリオなので、言っちゃ悪いですがあまり出来がいい作品とは思えません。

 ただこのように私が思うのも、同じ3DダンジョンRPGというジャンルで先に日本一ソフトウェアの「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」というゲームを遊んでいたということが大きいかもしれません。はっきり言ってこちらは近年稀にみる名作もいいところで、戦闘システムからBGM、演出、そしてプレイ中に何度も唖然とするような先の読めない展開が続くストーリーはすべて一級品でした。特に最終盤、ストーリー冒頭で聞いた声の主がその姿を現した際は真面目に手が震えるほどの衝撃ぶりでした。
 またBGMも非常に印象に残る者ばかりで、今でもたまにYoutubeで聞くくらい優れています。特に某ダンジョンのBGMは耳からしばらく離れなかったし。

 このルフランと比べるとダンジョントラベラーズ2はいかにも安っぽく作られているようにしか見えず、キャラゲーなのにキャラもルフランほど立っておらず、強いて言えば声優の赤崎千夏氏の演技が悪くないかなかと思っていたら、赤崎氏はルフランにも出演していました。もう何もいいところないじゃんかこれ。
 でも真面目に、3DダンジョンRPGをPSVitaで遊ぼうっていうんなら、絶対的にルフランの方がおすすめです。

2017年10月22日日曜日

共産党は保守?

 先日、最近炭水化物ダイエットに取り組んでいるツッコミの鋭い後輩と食事中に共通の知人について私が「あの人は地に足がついていないから」といったところ、「花園さんがそれいいます?」とまたすぐ突っ込まれました(´;ω;`)

 話は本題に入りますが、既に投票は終わりましたが今月の文芸春秋では総選挙特集が組まれており、その中には作家の橘玲氏も寄稿した記事も入っています。内容はほの一般的なライターと違ってやや斜めな視点で各種選挙要因を分析していて面白く、中でも年代別の政党に対する意識の分析は見事だと思いますが。
 その分析は具体的にどのようなものかというと、一言で言えば「共産党は熟年層では革新、若年層では保守とみられている」というものです。

 現実的な目線で見るならば、この場合は若年層の見方の方が正しいと言って間違いありません。もはや滅亡状態にある社民党を除けば、結党当初からの護憲を叫び続けているのは共産党です。一方、憲法改正はもとより各種新規政策の導入に意欲的な自民党については若年層は革新、熟年層は保守という風に見ており、こちらも言葉通りに解釈するならば、やはり若年層の見方の方が正しいでしょう。

 では何故、実際に主張としては完全な保守である共産党を熟年層は革新勢力とみなすのか。結論から言えば「昔からそういい続けてきたから」というのが大きいように思え、いわば、「保守は自民、革新は社民、共産」という価値観に固まったまま動いていないだけでしょう。その上で共産党を支持する熟年層は、自らを革新勢力と考えているかもしれませんが実際には既得権益維持を目指す保守なのかもしれません。

 また、同じ記事では若年層の政治意識について明確に、「自民への支持意識が高い」と指摘しています。理由は何故かというと、若年層からしたら政治に期待することは自らの就職が最も強く、近年の実体はともかくとしてアベノミクスによる求人増加は彼らの願望に適っており、むしろ他の政党に政権を引き渡すことで雇用が不安定化することを恐れていると分析しています。
 この分析については私も完全に同感で、またどこかは忘れましたが選挙中にも全く同じ指摘をする記事が出ており、若年層は上記の理由から「革新=自民」を応援していて、SEALDsなどはむしろ少数派でしょう。こうした若者の自民支持について以前はネット右翼などという言葉とともに若者の意識の右傾化と説明する人が多くいましたが、実態としては経済的な損得勘定の方が大きかったとみるべきでしょう。

 以前、っていうかこのブログを始めた当初私は、「もはや右翼、左翼という対立構造は現代では成立しない」と主張し、あれから数年、っていうかもう10年経っていますがむしろあの時より現代の方がこうした傾向は強まってきています。今回の選挙にしたって共産と自民であれば保守対革新という構図はまだ通じますが、他の野党と自民であれば争点らしい政治的主張はほとんどなく、どっちかと言えば暴言で問題となった豊田真由子議員(他を差し置いて落選速報がもう出てる)など、議員個人の人格が信用できるかどうかの方が政治的主張や観念よりも重きが置かれた選挙だったような気がします。
 小池都知事率いる希望の党も当初でこそ争点を作ろうと、小泉元首相と会った上で「反原発」を掲げましたが、それ以外の政策はほぼ無きに等しく、昨日の記事に書いたように自民も希望も立憲も「子供手当は拡充する」という、全会一致なら早くやれよと言いたくなるような争いのない選挙だった気がします。なもんだから希望と立憲は安倍首相の人格批判、自民と立憲は小池都知事の人格批判をやってただけにも見え、なんていうか「このハゲー」的に不毛でした。いっそのこと、「不毛選挙」と呼んでもありかもしれません。

 それにしても豊田議員については選挙中もしょっちゅう取り上げられていて、あの発言のインパクトはやはり凄かったのだと再確認させられました。今年の流行語に「忖度」ともども確実に入ると思いますが、授賞式には来てくれるのだろうか?

2017年10月21日土曜日

児童手当の累進性強化の提案

 近くの家具屋で革張りでひじ掛け付きの椅子が500元(約8,600円)で売っており、一週間悩んだ上で買ってしまいましたが、元もそんな広くない部屋なのにやけに豪華な椅子おいて部屋狭くならないかなと今少し心配です。既に到着して組んでいますが、今までパイプ椅子だったこともありいろいろと違和感があり、ゲームの中で小さい軍艦ほど設計が難しいですが、狭い部屋もまたインテリアは難しく、且つ決まればものすごく勝手が良くなる気がします。
 座り心地は物凄くいいから、動画とか見るのにはよさそうですが。

 さて本題ですが、 現在選挙真っただ中ということもあって各政党がいろいろ公約を掲げていますが、もはやマニフェストすら死語となり、もともと日本は公約達成率をきちんと分析して報じる大手メディアも少ないことから、なんか政治家も有権者も「どうせ実行しない」ことを前提に演説とか聞いているような気がします。
 そんな真面目に取り扱われていない公約の中でも、有権者が注目しているように感じる政策としては児童手当関連だと思います。特に子育て世代からすれば生活に直結する内容であり、各政党もその辺わかっているのか携帯電話通信会社のキャンペーンの如く、「向こうが高校無償化ならこっちは大学無償化だ」、「ならばこっちはさらに現金までつけちゃうぞ」みたいな感じで、財源についてはほぼガン無視した上でサービス競争が繰り広げられています。

 確かに、少子高齢化は日本にとっても非常に大きな問題であるだけにその対策に力を入れるというのは間違いではないでしょう。しかし、お金に余裕があるならいざ知らず現在の日本の財政は文字通り火の車、を通り越して「マッドマックス~怒りのデスロード」みたいな状況で、何でもかんでもお金を出していいわけではなく、なるべくなら節約しなければならない状況です。そのような観点に立つならば、今本当に議論すべくはどの政党がどれだけ児童手当を多く出すのか、ではなく、どんな児童手当プランが少子高齢化に効果があるのかであるような気がします。
 言うまでもなく、お金を多く積めば積むほどそりゃ効果はあります。しかし同じ金額でも、積み方によってもその効果は変わってきます。現状、もうお金ないから児童手当は廃止ねなんて言える状況ではないことから、最も効果のある効率的な児童手当プランこそみんなで知恵を出し合うべきじゃないかと言いたいわけです。

 ではどんなプランがいいのか。結論から言うと見出しに掲げた累進性を強化したプランがいいと私は考えています。児童手当で累進性とは何か、また変な表現を自分でも使ったと思いますが、要は子供を多く産めば生むほど恩恵が大きくなるという仕組みを指します。

 あまりこの方面には詳しくないのですが現在の児童手当でもこうした累進性は既に存在していて、具体的には第3子から支給される児童手当の金額が加算されるようになっているそうです。とはいってもその加算額は中学生までの合計で、

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第1子/第2子であれば…

・15,000円×36ヶ月×540,000円
・10,000円×108ヶ月×1,080,000円
・10,000円×36ヶ月×360,000円

合計1,980,000円


第3子以降であれば…

・15,000円×36ヶ月×540,000円
・15,000円×108ヶ月×1,620,000円
・10,000円×36ヶ月×360,000円

合計2,520,000円(育ラボ記事から引用。勝手ながら申し訳ありません。)
******************

 以上のように、第3子以降だと第1、2子と比べ約50万円上乗せされるという計算です。
 私の案としてはこの累進性をさらに強めることで、「いっぱい生んだ方が絶対得じゃん」と思わせる方向にもっていきたいわけで、そうした姿勢を強く出すためにも大胆な政策が必要な気がします。

 ではどんなプランがいいか。パッと思いつく限りだと、児童手当の支給額は第1子、第2子のテーブルを第3子以降にも適用する形で統一して維持した上、第3子以降なら大学までの学費すべて国負担とかありなんじゃないかと思います。というのもすでに各政党が大学までの学費も国負担とする公約を掲げており、それだったら敢えて第1、第2子は家計負担で据え置いた上、第3子からは半端ないボーナスをつけた方がいいと思い、こんなプランがほんと突然、昼飯買いに行く途中で浮かんできました。

 ただし、このプランを導入するに当たっていくつか前提が必要となります。一つは大学の学費設定で、このプランを悪用する形で必要以上に学費を値上げする大学に対する価格統制を強化し、適正な価格を維持すること。もう一つは、加計学園系列大学をはじめとするいわゆる「Fランク大学」という教育水準が低く、ほぼ無試験で誰でも入れる大学を淘汰しておくことです。こうしておかないと制度を悪用する輩が出てきそうなのと、効率的な資金投入が阻まれる恐れがあるからです。
 あと、私大医学部に関しては支給学費に上限をつけた方がいいかもしれません。学費が非常に高いことからさすがに第1、2子と比べ非常に不公平な制度となりかねず、この点だけは例外扱いにした方がよさそうです。
 まぁそれなら、他の一般大学に関しても支給額上限(年間150万円以下?)をつければ、不当に値上げする大学も防げてベターかもしれません。

 最後に、「これだと家計の事情で進学したくともできない第1、2子が不公平では?」という意見が出てくるかもしれませんが、私なりに言わせてもらうと、第1、2子にも平等に金配って子どもが増えるかと言えば疑問なのと、手段を選んでいるほど今の日本の状況は緩くない、といったところです。無論、第1、2子への奨学金なども整備する必要はありますがあくまで家計負担として、第3子以降を生むメリットを強調するべきだと言いたいです。
 また古い話を持ち出すと、昔は一家から一人大卒を出すために他の兄弟が犠牲となる形で修飾したりするケースが後を絶ちませんでした。そうしたことを考えると上のような反論は、今の日本の逼迫した財政状況を考えると、といった思いがしてきます。菅野直もまさにそんな口で海軍行ったっていうし。

2017年10月19日木曜日

西室泰三の逝去について

 一昨日、シャワー浴びた後で上半身裸で窓開けながらゲームしてたせいか、昨夜は熱っぽく頭痛もひどかったのでブログ休んでゲームしてました。ゲーム中も頭痛かったので、11時くらいで切り上げて寝ましたけど。

故・西室泰三氏 異色の経歴ながら東芝でなぜ力を持てたのか(NEWSポストセブン)

 さて本題ですが、東芝、東証の会長を経験した西室泰三が逝去していたそうです。あまり財界に詳しくないといまいちわかりづらい人ですが、日本の財界ではトヨタの奥田碩氏ほどではないですが非常に有名且つ権力の高い人であり、且つ現在の東芝にまつわる問題の元凶を作った人物です。
 そんな西室泰三について上の記事はその訃報とともに業績と過失について紹介したものですが、一目見て非常に優れた記事であるように感じました。ぶっちゃけこの点でもって記事書いてもいいのですが、簡潔かつ必要な内容はすべてまとめてあり、ここ数ヶ月で見た中では最も優れた記事のように思えます。

 話は戻りますがこの西室泰三の過失は何かと言えば、東芝で院政を敷いたことに尽きます。社長退任後、後任の社長として会計不正を主導したとみられる西田厚總氏を指名し、西田氏以降についても自分の意向によって社長人事を決めていたとされ、こうした身内固めが会計不正の影響を拡大したことは間違いありません。
 また自分も今回記事を読んで思い出したわけですが、西室泰三は東証の会長もやっていたわけで、そう考えると非常に因果深いなと思えてなりません。すでに東証は東芝の監理銘柄指定を外して通常の上場状態に戻すことを決めていますが、あれだけの会計不正を、しかも期日以内に財務諸表を公表できなかったばかりか実質的な不適正意見を受けているにもかかわらず、「問題なし」とお墨付きを与えて上場を維持するなど正気の沙汰ではありません。前にも少し書きましたが、東芝の役員経験者諸共、東証の関係者も逮捕起訴すべきだと私は思います。もしこの論理が通るならば、今後上場廃止できる企業はありません。

 このように今回の問題の主役ともいうべき東芝、東証の二つでトップを経験した西室泰三がここで亡くなるというのが因果深いと思うわけですが、真面目に今の東芝の現状についていくらかコメントを聞いてみたかったものです。もっとも東芝に限らず日産や神戸製鋼も今非常に荒れた状態にあるだけに、他の関係者に聞いてみても面白い話が聞けるかもしれませんが。
 予言として言いますが、恐らく大企業の、それも技術不正は今後もまだ出てくるかと思います。自分も品質管理していた際にうすうす感じていましたが、下請けに対してはやけに細かい検査を支持しながら、案外大手メーカーでは杜撰な品質管理体制を敷いているように見えます。叩けばいくらか埃が出てくるでしょう。

 それにしても日産は今日、全出荷停止を決めましたが、ディーラーとかどうすんだろう。また日産工場の検査職員もあきれたことやってたなとみていて思います。次回もこれでやっぱ記事書こうかなぁ。
 ちなみに明日JBpressでまた記事出ます。個人的に次の記事はどう反応されるか楽しみです。

2017年10月16日月曜日

ブラック企業対策としての新規採用停止

最終関門の品質保証担当まで積極改ざん 神鋼不正品問題(朝日新聞)

 上の記事を読んだ、「朝日新聞はすごいな」と心底思いました。客先への検査証明書発行は品質保証担当以外ができるわけないんだから、最初の発表の時点で品質保証がこの事件の主犯だということがわかるというのに、わざわざわかりきったことを改めて記事にしてくるくらいですから。
 っていうか本気で、朝日の編集部には製造の流れを少しでもわかっている人いないのだろうか。誰にも見咎められずにこんな記事出せるなんて、恐れを知らぬ暴挙もいいところでしょう。

厚労省“ブラック企業リスト”にヤマト運輸が追加 計476社に(IT media)

 話は本題に入りますが相変わらず読みづらいITメディアの記事ですが、厚生労働省がまたブラック企業リストに追加したそうです。しかし最初でこそ数十社で読む側も、「えっ、あそこブラックやったん?」とみる気にもなりますが、さすがに476社ともなると注目が薄れるというか、内定をもらった企業がブラックかどうかじゃないかの確認でもしないかぎり、読む気が失せる量になってきました。恐らく今後も増えていったとしても、世間の注目はどんどんなくなり掲載されることのデメリットは自然消滅するかと思います。

 そんな風に思いながらこのリストを活用したもっとブラック企業に効果的な対策はないものかと考えたところ、さっと浮かんできたのは見出しにも掲げた新規採用の停止でした。やり方はごく簡単、このリストに載っている企業は一切の新規採用手続きを停止させられ、社会保険など諸々の手続きをすべて禁止にするという措置です。

 正直に言って現在リストに載せるのはあまりブラック企業対策としては効果がなく、また先ほど書いたように今後どんどんその少ない効果も薄れて行くかと思います。ならばこのリストと連動した処分を課す方がいいと思えました。ならば何が一番効果的かとなると、人事にも絡むのだし新規採用の停止が効果があるように思え、労働環境の改善が認められてリストから外されるまで停止すれば、企業側としてはブラック企業予備軍もかなりビビるのではないかと思います。

 ブラック企業の特徴としては労働環境が悪く、従業員の入退社が非常に多いということが特徴です。そこへこの新規採用手続きの禁止措置が来てしまうと余計に人員は圧迫され、かといってそこで既存従業員の負担を増やして対応しようとするとブラック企業の認定が外れなくなり、採用停止ができない状態が続き、弱り目に祟り目みたいな悪循環が起こって下手すりゃ経営破綻まで一直線となります。言い換えれば、ブラック企業の淘汰粛清にもつながります。
 それだけにこの措置は乱発してはならず、実行に当たっては事前に何度かの警告を経た上でやるのがベターでしょう。ただその措置の強烈さもあるだけに、警告だけでも多くの企業は震え上がり、労働環境改善について真剣に取り組むよう促せる気がします。

 特に大手企業では、新卒の一括採用シーズンにこれ食らうと人事部としては大打撃です。まぁ私としてはそういう会社も年に数社選んで、新卒一括採用制度を破壊して中途採用やシーズン外採用を促すのもいいと思っているのですが。

 中国にいるからかもしれませんが、なんか日本の政策を見ていてどれも実効性に乏しいものばかりな感じがします。例えば環境汚染対策についても、中国の罰則は報告が1日遅れるごとに罰金がどんどん積みあがるという恐ろしいシステムになっており、やはりこの政策は聞いているのか前よりも環境対策に企業も慎重になってきています。今に始まるわけじゃありませんが、中国のことを「人治社会」などという日本の方が法治をなめてるだろと言いたいです。

2017年10月15日日曜日

中国電子マネー普及の「偽札が多いから」という理由について



 最近金遣いが荒く、昨日は上の写真にあるキーボルダーをダイソーで10元/個で大人買いしてしまいました。でもって今日も果たして必要なのかなと思いながらも、掛け布団カバーとモップ用雑巾を購入したのですが、一部決済には電子マネーによるモバイル決済で済ましており、自分もほんとこういう支払い方に慣れたなという気がします。

 こうした電子決済は中国では感覚的に2015年頃から普及し始め、2016年には使わない人はいないくらい爆発的に広がりました。現2017年に至ってはもはや完全なインフラと化しており、今更電子決済禁止にもなろうものなら社会はきっと大混乱に至るでしょう。
 こうした中国の電子決済事情は日本のニュースでもよく取り上げられているのを確認できますが、読んでて気になることとして「中国で電子決済が普及した理由は社会に偽札が多いからだ」というものがあります。結論から言えばこの理由については違和感があるとともに恐らく間違いだと思われ、何故こうした根拠が挙げられるのかと言えばむしろ日本側にとある理由があるからではないかと睨んでいます。

 まず前提として、確かに中国では偽札が非常に多いです。一方で日本とは違って各商店や銀行などでの偽札チェックは非常に細かく、大体100元、50元札(約1,600円、800円)単位で偽札チェック用の機械にかけられるので、仮に受け取ったとしてもすぐにそれが偽札だと消費者も提供者も気づきます。小売各店ではもしかしたらこうした偽札被害を掴まされることも多いかもしれませんが消費者側においては、地方だとわかりませんがそんなしょっちゅう掴まされることはなく、よほど怪しい露店主や変なおじさんからでない限りは偽札かどうか疑うことはありません。

 その上で電子決済が普及した背景について周りの中国人に話を聞いてみると、ほぼ異口同音に「便利だから」の一言しか返ってきません。私自身としてもこの便利だという理由の一点のみで電子決済を利用しており、飲料自販機など小銭出したりするのが面倒な支払いにおいては実際便利この上ありません。
 もっとも、電子決済だとお金を使った気がせずついつい消費が増えてしまいがちなので、100元超の支払いに関しては私は敢えて現金で支払うように心がけています。

 政府や商店主側の立場であれば確かに偽札対策の意味合いも込めて電子決済を奨励、取り入れているのかもしれませんが、こと普及の立役者たる消費者側においては偽札云々は電子毛債を利用する理由どころかハナから眼中にもありません。仮に、「政府としては偽札対策の意味合いも込めて電子決済を社会に奨励している」という書き方であればまだ理解できますが、「中国は偽札が多いから電子決済が好まれる」という書き方だと実態とかけ離れている印象があり、はっきり言ってしまえば現実を見誤らせる、ミスリードさせる書き方になると断言できます。

 では何故日系メディアはみな判で押したかのように偽札について触れるのでしょうか。やや深読みしすぎかもと自分でも思う部分もありますがそれでも敢えて言うと、「便利だから」という理由しかない現実を認めることができないからではないかと思います。
 これはどういうことかというと、「非常に便利で誰もが一気に飛びつき社会でばっと普及した日本にはないサービスが中国で流行っている」とは書けない、書きたくない、書いたら反発食らうかもという事情がライター、メディアの間であるのかもしれません。だからこそ、「偽札が多い」という特殊な事情背景をつけ、さも「日本とは条件が違うから」という理由というか言い訳が求められたのかもしれません。

 今この記事を読んでいる方は違和感を持たれるかもしれませんが、私自身は大真面目に偽札が多いという理由を頑なに繰り返す日系メディアの主張がいつも不思議に見えてならず、また中国人の友人らに話しても、「普及したのはただ便利以外の何物でもないじゃないか」という返事が返ってきます。そのような、便利この上ない日本にはないサービスが中国で生まれ、普及したという現実を、もしかしたら無意識的に受け入れられない、もしくは反発があるのではと、誇張するわけではなく本気で私は思っています。

 どう受け取るかは勝手ですが、少なくとも言えることは電子決済普及に関して「偽札が多いから」というのは絶対的にNGであり虚報もいいところです。この言い回しを使うメディア、ライターについては現地の実態を見ていないか、別の思惑があるかを疑った方がいいでしょう。
 その上で、私がこのような挑発的な言い方をするのはほぼ毎回理由なくやることはまずないと、今回はサービス的に事前予告しておきます。それでも反論がある方は心待ちしているので是非お寄せください。

 以前こちらで私の記事の読者とも会って話しましたが、現在中国事情について取り上げる日系メディアは星の数こそあれども、実際私のように中国現地で生活しながら書いている人は意外と少ないという指摘がありました。この指摘には私も同感で、日本にいながら中国のことについて書いている人の方が圧倒的に多いと思います。
 私も威張れるほど中国の草の根の生活に身を置いているわけではありませんが、この点においては他のライターと比べても一日の長とは言えるでしょう。

2017年10月14日土曜日

眠れない夜は寝なくていい

 つい先日、ダウンロードしたまま一度も遊んだことのなかったゲームをやろうと思ってPSVitaの2枚あるメモリーカードのうち普段使わない方を久々に入れて起ち上げたところ、何やらデータがおかしくなっていてゲームが起動できませんでした。仕方ないので該当のゲームを削除したところ、「完全に削除しきれませんでした」と表示された上、ゲームのデータ分が丸々そのままシステムメモリ使用量に乗っかり、メモリーカード全体で容量が全く増えないという妙な事態に発展しました。
 数メガ単位ながらともかく普通に2ギガ分の容量が消すこともできないままメモリーカードに残ってしまい、「こんなんどないすんねん!」と腹立ちながらソニーのカスタマーサポートへメール打ちました。

 結果から言えばこの問題は解決でき、翌日にカスタマーサポートからメモリーカードのフォーマット方法を教えてもらい、それに従ったところ通常通り動作するようになりました。っていうかメモリーカードのフォーマット方法が分かりづらい気がする。

 問題は最終的に解決したものの、カスタマーサポートへ連絡したその日の晩は非常にイライラしていました。何気にこの際、フリスクみたいなラムネ菓子が手元にあって奥歯でガリガリ噛み締めていましたが、怒り抑えるに奥歯で噛むのって結構有効だなと感じました。
 でもってその日の晩、布団に入ったものの案の定というかあまりよく寝られませんでした。ただ、寝られなかったということ自体にはストレスは感じず、「やはりあの記事の言う通りなのかもしれない」などと妙な納得感が頭をよぎり、翌日は睡眠時間が短いにもかかわらず割と気分良く起きられました。

第81回 不安で眠れない夜に​も意味がある​ 嫌な記憶を弱める不眠(ナショナルジオグラフィック)

 この記事によると、ストレスなど不安を抱えた状態で眠り辛くなるのは、睡眠によって悪い記憶が固定化されるのを防ぐ効果があると指摘しています。そもそも記憶というのは睡眠を経て固定化されることは種々の実験から明らかであり、この指摘はそれを応用したものですが、なかなかに説得力を感じていたこともあってか実際にストレスフルな状況であまり眠くならなかったという体験をして、尚且つあまり眠れなかったにもかかわらずその翌日はそんなに調子悪くなかったため、身を以て更なる納得感が得られました。

 よく夜に寝ようと思ってもなかなか眠れないと気分が悪くなりがちですが、開き直って眠れないには上記のように理由があるのだと思えば案外すんなり受け入れられます。またそういう夜は眠れないからストレスになるのではなく、ストレスがあるからこそ眠れないというケースが多いとも考えられ、ストレスを軽減させるために眠くならないとも考えられます。
 先ほどの夜もまさにこんな風な思考の展開をしたため、多分自分の中ではうまくストレスを制御できたのではと思います。ここで話を終えてもいいのですが今日ふと自転車乗りながらに思ったこととして、「眠らずに働くサラリーマンとはなんぞや」というのがありました。

 たとえば、私なんか1日7時間は眠らないと気が済まず、休日もしょっちゅう昼寝するくらい睡眠が好きなため、1日の睡眠時間を減らしてでも残業を繰り返すようなサラリーマンとか全く理解できないしなりたくもありません。体力的にも自信がなく、睡眠時間を減らしたら私の場合は十中八九能力も激減するでしょう。
 しかしそうした短い睡眠時間でも働き続けるサラリーマンたちは、「そんなに寝なくても大丈夫」、「それほど眠くならない」などと話す人もいます。この発言、特に後者について先ほどの話を加味すると、もしかして激務によって常にストレスフルな状態だから眠くならないのでは、という考え方が浮かんできました。皮肉な話ですが、忙しくて辛い状態であればあるほど体が睡眠時間を減らそうとして、結果睡眠が減りながらも働き続けられるようになるかなと思った次第です。

 またオチに困る話の持ってきかたしましたが、眠れない夜は悪い記憶が固定されてしまうので無理して眠らなくてはいいとは思うものの、激務状態で眠くならないというのもまた考え物だと言いたいわけです。そう考えると、今の自分はまだ激務状態に置かれてないってことになるわけですが、深く考えずに早く寝ようと思います。

2017年10月12日木曜日

わかりやすい記事を書くコツ

 またどうでもいいですがこれまでPCにしか使わなかった、中国のネット検閲をかいくぐるVPNを最近タブレットにも使うようになったのですが、VPN名は自由に決められることから何故か「愚地独歩」(マンガに出てくる濃いキャラ)とつけてしまいました。何故この名が出て来たんだろう、っていうかサブのVPNも「花山薫」だし。

EV時代を前に、中国が世界の「車載電池」工場に(JBpress)

 こちらは昨日に出した私の記事ですが、選挙戦の話題が盛り上がっているからアクセス上位は難しいと睨んでいたものの、一応1日を通して2位につけたのでそこそこ満足しています。
 この記事について友人がNewspicksについたコメントを見て、「わかりやすいと言っている人が多いね」と感想を言ったのですが、「そらそやで」と当たり前だと言わんばかりに私は返事しました。実際自分でも、この手の記事にしてはわかりやすくできているという実感がありましたし。

 一体何故この記事が多くの人にわかりやすいと受け取られたのかというといくつかからくりがあります。
 一つは、記事内容が「車載電池(実質、リチウムイオン電池)」について書いてある癖にその筋の専門家でもない私自身が書いているからです。この手の技術系の記事というのは往々にして専門家が書くことが多く、その場合は読者もある程度技術知識を持っていること前提で書かれてしまうことが非常に多いです。書いてる本人にとっては当たり前なこと書いてるつもりかもしれませんが、専門用語を書き並べられるとそれだけで読者にとっては大きな負担となり、またそれらについて説明を加えるにしても、言葉を省略しがちになってしまうのでこういう技術系の記事は門外漢にとってはハードルが高くなりがちです。

 一方、今回私は実質2日間でこの記事を書いており、リチウムイオン電池業界の現況、中国電池市場の状態などマジで一から勉強しました。ほぼ素人同然と言ってもいい私が書いているだけに、門外漢であっても読み取れるような平たい内容、最低でも、自分自身が読んでわかるくらいに各用語や現況、技術内容を細かく説明しながら解説するよう心掛けました。冒頭のリード文の直後に数あるリチウムイオン電池種類とその性能差について解説+図表を付け加えたのも、本来ならば中国電池市場とは無関係なため入れなくてもよかったのですが、これがあるのとないのとでは読者の負担がまるで違うと判断したことから入れました。

 こうした技術系記事に対する特殊な配慮に加え、今回わかりやすいと評価されたもう一つの要因としては、単純に私の文章表現テクニックの力でしょう。元々、難しい内容を解説するのは昔から得意で、前に書いた歴史記事でもわかりやすいというコメントがたくさん書かれたことから、こうした解説系のわかりやすさにおいては秀でる側に入るのではないかと思っています。
 では私の文章のどういったところがわかりやすくなるのかというと、細かいところを言えば単語の選び方や助詞の使い分けなどがありますが、突き詰めて言うと文章の構成こそがわかりやすさを左右する最大の要因です

 文章の構成とは何かというと、話題の順番だと考えてもらえばいいです。具体的に今回の記事をモデルにすると、以下のような構成となっています。

1、リード文(記事全体の概要のおさらい)
2、電池種類の解説
3、中国電池市場のマクロデータ
4、中国電池メーカーの競争状況
5、主流な電池種類の動向
6、世界市場で見た中国市場の位置

 一見すると当たり前のように見える構成ですが、実際は執筆前にあれこれ思案を重ねて練りに練って組んでいます。
 例えば、2番の「電池種類の解説」を省略する、もしくはおまけ程度に末尾に持ってくるとします。実際そういう風な記事書く人もいますが、この記事でそれをやってしまうと5番の「主流な電池種類の動向」でいきなり「リン酸鉄系リチウムイオン電池」や「三元系リチウムイオン電池」という単語が出てきて、読者側からすればいきなりパンチ食らうように読解上で負担を被ります。そうならないよう、敢えて電池種類の解説を最初に持っていきました。

 同じく3番、4番、5番という順番も、大きくマクロな話から段々と競争状況、競争の軸という風にミクロな話へと移っていくような構成にしてあります。仮にこの順番を弄ると、最初に中国の電池メーカーが出てきた後で中国電池市場規模の話をされ、さらにその後で電池種類でメーカーごとに差があると言われたら確実に読者は混乱させられます。
 この3つの話題はそれぞれ関連性はあるものの独立した話で、実際に私が参考に使った現地報道では個別に記事が出されてあって一つの記事にまとめられているではありませんでした。しかしこの内容を一つの記事としてまとめる場合、川の水が流れるように大きい範囲から小さい範囲へ徐々に焦点を絞るようにして書き、読者が一読で理解できるよう仕向ける必要があります。その場合、くどいようですが話題を説明する順番が非常に重要となり、実質的にどのような記事構成にするか、話題をどんな順番で書いていくかがわかりやすさを左右します。

 今回の記事執筆においては、中国の電池市場を読み解く上で一番キーワードとなるのは「電池種類」だとすぐに感じ取り、これをどう軸にして語るべきかを早い段階で意識しました。それだけに最初に、「リチウムイオン電池は実は種類がたくさんあって、この種類が競争を分ける決定要因だよ」と明示した方がいいと思い、こっちに意識を向けさせた後から中国市場の解説へと移りました。
 考え方によっては、5番の前に2番を持っていくという方法もあるし人によってはそういう記事の書き方をするかもしれませんが、私の場合は「中国電池市場」に関する話題は連続させた方が分かりやすいと思ったことから、電池種類自体の解説は切ってわけるようにして前に持ってきました。

 こんな感じで、ただ調べた内容を書き並べているわけではなく、調べた内容をどのような順番にして構成を作るか、人知れずいろんな計算を頭に入れた上でやっているわけです。特に読者の意識をどう向けるか、この点に着目することで文章の質は大きく変わってくると思うので、わかりやすい文章を書こうとするならば細かい表現方法などよりもずっと意識すべき点だと私には思います。

2017年10月10日火曜日

神戸製鋼のデータ偽装事件の疑問点

 細かい内容については説明するまでもないですが、神戸製鋼がまた大規模な技術不正ことデータ偽装をやっていたことがばれました。対象はアルミ、銅関連製品とのことですが、関係する納入先が多岐に渡るにもかかわらず関わった従業員は数十人とやや少ないように感じる上、複数拠点で行われていたということも勘案すると発表されている内容はほんの一端なのではないかと疑念を持ちます。過去にも子会社がバネ鋼で同じことをやっていたことを考えると完全に会社ぐるみとしか思えず、多分鉄鋼製品でも同じことやっているとしか現時点では思えません。


 ここ中国でもこの事件は大きく報じられているのですが、神戸製鋼グループ内では上の写真のようなメールを飛ばして日本国外では問題ないと社員に言っているようですが、今回の不正は10年前から行われていたということを考えると、一体何故現時点で問題がないと言い切れるのか理解できません。アルミ鋼ということを考えると中国でも日本材を使う、というより日本材を使わざるを得ないメーカーも多いだけに、詭弁もいいところでしょう。こんなメール送るくらいならもっと内容を精査したり、関係先に詫び入れてくればと思わざるを得ません。
 言い方変えると、未だに現実に目を向けておらず希望的観測でこんなこと言っているあたりあまり誠実な態度とは思えません。

 ざっと神戸製鋼を批判したところで本題に入りますが、恐らく現時点で私と同じ発想に至っているライターは少ないと思うのですが、今回の一件では非常に大きな疑問があります。もったいぶらずに言うと、何故自動車メーカーを含む納入先は今回のデータ不正に気付かなかったのかです。
 メーカーでは通常、納入された鋼材に対してその強度はもちろんのこと、カーボンやマンガンといった鋼材の成分がミルシート(材料証明)や指定規格通りであるかを確認するための受入検査があるはずです。硬度や粘り強さなどはメーカー内でも硬度測定や折曲試験などで割と簡単に調べられます。また成分についてはやや設備がないと難しいですが、第三者検査機関に出せば調べてくれます。というより、多分どこのメーカーでも鋼材の受入検査は工程に必ず入っているはずだし、入っていなければ正直その検査体制を疑われても仕方ありません

 繰り返し言いますが、一体何故どの納入先も今回のデータ偽装に気付かなかったのか。報道ではJIS規格指定の鋼材でも規格を下回った鋼材をミルシートを改竄して出していたとのことですが、ならばなおさら受入検査でどうして気づかなかったのか。検査で規格から外れていることがわかれば即不良品認定されるはず、というよりされなければなりません。
 考えうる状況としては二つに一つです。一つは神戸製鋼が中国鋼材メーカーみたくサンプルだけ良品を出してきた。もう一つは、納入先のメーカー自身も神戸製鋼が出したミルシートを信用して一切受入検査をしていなかったか、ほとんど杜撰だったかでしょう。言うまでもなく、真に影響が大きいのは後者です。

 今のところこの点について指摘するメディアは見受けられませんが、逆を言えば私だからこそこんな指摘ができると思います。知らない人のために説明すると、私は前の会社に営業で入ったにもかかわらず品質管理やらされて、当時こうした鋼材の受入検査もやらされたし、ミルシートの管理とかも日常的にやっていて、鋼材納入プロセスをある程度把握している妙なライターだったりします。

 話は戻りますがすでに先日、日産が完成検査で偽装を行っていたことが発覚しましたが、今回の10年以上前から行われていたという神戸製鋼のデータ不正にどこも気づかなかったことを勘案すると、メーカー、特に大手の検査体制というのは一体どうなっているのか疑問です。下請メーカーに対しては細かく突っ込んできて、「ここの工程の間にこういう検査工程を挟め」とかいちいち指摘してくるくせに、自分たちはどうなんだと真面目に声を大にして言いたいです。でもって神戸製鋼も日産も、国際品質管理規格のISO9001を取得しているし、これ取っていないメーカーはサプライヤーにしないって決まりも持ってるのでしょうが、今に限るわけじゃないけどこういう品質規格ほどまるで宛てにならないものはないと常々感じます。

 最後に、勝手な予想を述べると日産の件は国の抜き打ち検査でしたが、今回の神戸製鋼の件は内部告発が発覚のきっかけではないかとみています。キーワードは「10年以上前から」で、そのような不正実態が明るみに出るとなったら外部チェックでは無理だし、内部監査による発覚でももっと絞り込むと思うことが根拠です。まぁどっちにしろ、中国企業を日本も笑えなくなってきたなというのが正直な感想です。

2017年10月9日月曜日

書評「元日銀審議委員だから言える 東京五輪後の日本経済」

 この前帰国した際にダウンロード版が500円と安売りされていたので買った「アキバズトリップ」というゲームを先ほどクリアしました。名前の通りに秋葉原を舞台にしたゲームですが、「松戸を舞台にしたゲームならどうなるのだろう?」などということばかり考えていました。やっぱヤクザと闘い合うのだろうか。

 話は本題に入りますが、発売前からタイトルが気になっていたので見出しに掲げた「元日銀審議委員だから言える 東京五輪後の日本経済」という本を買ってこちらも今日読み終えました。作者の白井さゆり氏はつい先日まで日銀の審議委員、つまり日銀の重要決定に賛成か否かを投じる9人の投票者の一人で、今年に5対4で可決されたマイナス金利導入に反対票を投じた人物でもあります。
 そうした経歴の人物なだけに前から興味を持っていたことに加え、リアルに私以外に周囲で誰も懸念する人間がいない日本版2020年問題こと、東京五輪後の日本経済をテーマとした本だったため、割引を気長に待つ自分にしては珍しく発売してすぐ購入しました。

 そんな期待値の高かったこの本ですが、結論から言えば「東京五輪後」の予想よりも日本経済の現状に対する分析、特に日銀の政策に関する課題や問題点の解説に重きが置かれており、2020年問題については一応分量としては3分の1はあるものの、具体的にどうなるとか事細かには書いていません。この点については恐らく読んだ人間からは賛否両論が出ると思われ、実際に私より早く読んだ友人は不満点に挙げていたものの、逆を言えば現状でほぼ確実と言える予想しか書かれておらず、ノストラダムスの大予言めいた誇大な予想などというものは一切排除されており、私は逆にその点を評価しています。

 簡単にこの本の中で提唱されている内容を少し述べると、一つは現在の日銀の異次元緩和についてはもはや完全に失敗している上に出口戦略も見えないという内容です。この点についてはあらかじめこの方面を学んでいる人間からしたら特に真新しい内容はないものの、非常に整理して説明されているため初見の人間にはわかりやすいかと思われます。
 次に東京五輪後に日本はどうなるかについては、主に以下のポイントが挙げられています。

・急激な円安にまではならないだろう
・景気回復の好材料は何もない
・全国的に住宅価格の下落は免れない
・日銀の軌道修正によっては株価の大幅下落もありうる

 大体のところはざっとこんなもんでしょう。細かい点を挙げるとすれば、現在の日銀の異次元緩和は黒田総裁の任期いっぱいは意地でも続けられることはほぼ確実で、その次の日銀総裁次第だと指摘しています。これについては誰も異論はないでしょう。

 私はかねてより、2020年以降の日本はすごいことになると予想していますが、案外そうなる時期は予想よりも早く来るかもしれません。日本全体を見ていても危機感ないし、この問題に備える動きも見られず、今回こうした本も私が知る限りはあまり出ておらず議論も進んでいません。
 そういう意味では日本の現状を知る上でば割かしベターな本だと思え、今回こうしておすすめではあるとして紹介することとしました。ただ、先にも書いている通り五輪後の日本経済については控え目な予想に留まっており、この面の内容については過度に期待しない方がよく、むしろこの本の中で書かれている内容を叩き台にして別の誰かと議論することをお勧めします。


2017年10月7日土曜日

次回総選挙の真の勝敗ライン

 昨日壊れた自転車のギアについて今日いつもの馴染みのGIANT店舗(長寧路×遵義路)に持っていったら、あっさり直してくれました。原因はギア内部のワイヤーが傷ついて奥に入り込んでしまったことが原因で、えらい細かい箇所をドライバーなりで広げてワイヤーを引き抜き、ワイヤーとっかえるだけで直してくれました(修理費80元)。
 最悪、ギア機の交換も覚悟して1000元近くの出費も行くと予想していましたが、この結果にはサービスマンの技術にただただ感謝するばかりです。

 話は本題に移りますが段々と盛り上がってきた次回衆議院総選挙について、安倍首相をはじめ自民党は勝敗ラインを「与党過半数」としていますが、実際はそうじゃないだろうというのが私の見方です。ではその真の勝敗ラインはどこかというと、「自民党単独過半数」であり、これを下回れば安倍首相はもう持たないでしょう。

 一体何故自民単独過半数が勝敗ラインになるのかというと、公明党がキーマンとなるからです。それこそ小池新党と公明党が連立することで過半数を取れることとなれば、公明党は政権選択のイニシアチブを握ることとなり、かつてないほどその影響力を高めることとなります。
 もちろん、たとえそのような状況になっても公明党が裏切るかと言ったらまた別問題で、実際にはその可能性は低いと私も考えす。しかし自民党内の反安倍勢力がこうした状況でどう動くか、場合によっては数十人のグループが小池新党への転籍を目論んだりしたらどうなるのか。こうなった場合、安倍首相では多分もうだめだってことで内輪で話が付くでしょう。

 あくまで私個人の勝手な勘で述べると、次の選挙で自民党は一応は単独過半数を確保するものの、ほんの少し議員が抜ければ過半数を保てない議席数になるのではないかとみています。こうした状況で自民党内の寝返り組が出てくるのか、そしてその寝返り組の動きに公明党がどう判断するのか、さらに小池都知事がどうアプローチかけるのかが重要になってくるように思え、選挙自体よりも選挙後の駆け引きの方がずっと大事になってくるかもしれません。
 そしてその駆け引きの末、安倍首相は次回総裁選に出馬せず降りることを条件に連立維持が確認され、場合によっては小池新党が連立に加わってくるかもしれません。一部報道で出ていますが、小池新党は首班指名に公明の山口代表ではなく自民の石破氏を推すという可能性もあり、自民の一部勢力と結託して安倍首相を引きずりおろし、連立入りというのはあり得ない話ではないと私も思えます。

 なお、小池都知事の腹の底について勝手に考察すると、恐らく現時点で政権を取ることは考えていない、というより取ってはならないと考えているのではという気がします。理由としては人材不足な上に党組織が固まっていないからで、次の選挙で足場を固めた上でその次が本番と見据えているように思え、だとすればこそ都知事職を今降りることはあり得ないという結論にもつながります。

 ただ、今回の選挙の意義について違った視点で見るのであれば、ある意味果たすべき政界再編をようやく果たせた選挙と言えるかもしれません。本来ならば民主党が政権から陥落した際に起こるべきだった民主党内の保守層、護憲層の分離が今回の希望の党への合流によってようやく起こり、明確に政策と意見が各党毎に色分けがなされることとなりました。これは本来、2012年に起こっておくべき結果でありましたが、ある意味それを5年遅れとはいえ果たしたという点でも小池新党の登場は日本政治史上で価値を持つかもしれません。

2017年10月6日金曜日

ギア壊れた( ;∀;)

 昨日100km走った反動なのか、自転車の変速ギアが壊れました。完全にスイッチ押しても全く動かず、チェーンは一番重いところで微動だにせず正直困っています。まぁ昨日のサイクリング中にこうならなかっただけマシか。
 早速いくつかのGIANTのお店へ修理に持って行ったところ、ギア内部の部品が壊れており、大体パーツがないため修理できないとの回答でした。明日別の、よくお世話になっているお店にも持っていく予定ですが、なんか最近やたらと金が飛ぶなぁ。

 それにしても今日はちょっと昼食にと出かけて行ったところ、探していた別のお店は見つからないわ(移転していた)、ギアは壊れるわ、GIANTのお店はどこも対応できないとか結構散々な日でした。連休中だから心折れないけど、なんていうか一事が万事なこういう感じは最近の中国だとあまりなかっただけに久々な感じがします。昔の中国はいつもこんな感じだったから忍耐力ついたけど。

 字数が少ないので少し宣伝しておくと、来週水曜にまたJBpressで今度は中国の車載電池市場について書いた記事出します。最近こういうスタンダードな経済記事書いていなかったなと思うとともに、車載電池市場に関しては意外とあるようでない記事になったなと思います。なんかどれを見ても日本国内、それも株価関連のニュースしかないし。

2017年10月5日木曜日

浦東空港までのサイクリング

 今朝9時、天気予報では「くもり」で夜から雨と書かれていたので、自宅から上海浦東空港まで片道約50kmのサイクリングに出ました。出発して30分もしないうちに雨降ってきましたが。
 この時点で帰ろうかなという考えがよぎったものの、既にその途中、携帯電話の地図アプリに私は「高徳地図」を使っていますが、都市部でアクセスが混線するからなのかやたら現在位置の更新が遅く、途中で地図確認したところずれた表示されて無駄な遠回りをさせられてしまい、防具なしの状態でティガレックスに挑まんばかりのテンションというか頭に血が上り、「撤退」の二文字を選ぶことはできませんでした。もっとも途中で川を渡るためフェリーに乗らなければならないため、乗船する前にもう一度天気状況を見て判断しようと決めました。

 そうして途中、地図アプリへの憤懣から携帯電話の画面や当たりの木や柵を殴りつけながら自転車で走行しましたが、その間も雨は激しさを増していきました。ゲリラ豪雨とまではいかないまでも土砂降りと言っていいくらいで、体温的には問題はないものの自転車が泥だらけになるのが嫌で仕方ありませんでした。そうして出発から約一時間後に目的のフェリー乗り場に着きましたが、この時も空は大雨のままだったのですが何故か条件反射的に交通カード取り出して気が付いたら通過していました。通った後でリアルに「しまった!」と思いましたが、もうこのまま最後まで乗っていこうとあきらめました。
 フェリー乗船中、友人に「予報間違えた奴殺す」とアルカイダもびっくりな殺害予告を出し、対岸に着いたところで再びサイクリング再開です。なお友人からは「はよ帰れ」と返信きました。

 対岸の浦東側についてしばらくたってからようやく雨はやみましたが、道は水たまりがあちこちにできていて自転車もチェーン周りはびっしりと砂が付いてしまいました。ただ、道は「中環路」という道路を横一直線に走ることができ、信号も少なかったことから走っていて非常に楽しかったです。昨日地図を見ていた時点でこの道を走るのが楽しみで仕方ありませんでした。
 なお途中で地図持った若い男に対して若い女性が何やら強い口調で問い詰める場面に通りがかりました。女性の方はいかにも委員長っぽい眼鏡な風体で見るからに怒らせると怖そうで、そのまま少し見ていたかったですがチラ見して通り過ぎました。

 それ以降は自転車が汚れるのを除きトラブルはなく、途中に「川沙」という繁華街のある場所を通った際に昼食休憩を取ろうかとも思いましたが、残り15kmくらいなのだしと思って飢えと闘いながらそのまま走り続けました。浦東空港に近づくにつれて歩行者はおろか車も少なくなっていく中、ひたすら走り続けて、気が付いたら自分が空港を利用する際に毎回通るターミナルタクシー乗り場への最後のカーブのところまで来ました。
 そのまま進めば2階出発ターミナル前に着きますが、多分自転車を駐輪するところはないと思って途中で少しまがり1階の到着ターミナルへと向かったところ、恐らく空港に出入りする従業員らのものと思われる電動バイクが停められている場所を見つけ、そこへそっと自転車を置いて空港へと入りました。この時の時刻は12時半です。

 この日の浦東空港は連休中日ともあってやや静かで、職員らも少し余裕のある表情を見せていました。せっかく空港まで来たのだからいいもの食べたい、と行く前は思っていましたが、この時点で相当腹減っていたのでとにかく腹にたまるものをと思って結局マクドナルドでダブルチーズバーガーの大セットを頼み、そのあとコンビニでメロンパンを食べ、少し休憩して再び戻ることとしました。
 やや慌ただしく帰路へ着いたのは理由があり、また天気予報で午後3時から雨だと出ていたからです。ただ結果から言えば、そのあと雨に降られることはありませんでした。

 復路は途中まで往路と同じですが川を渡るフェリー乗り場を往路の時のより北の乗り場を使うことにして、再び自転車に跨りました。なお自転車のロックを外す時、今朝叩き過ぎたのか右手を開くと痛かったです(今も)。
 この復路ですが、もっと疲労があってペースが落ちるかと思っていましたが案外そうでもなく、雨がやんで道路も少し乾き始めたこともあってか非常にいいペースで進めました。また今年の夏場は30分も自転車こぐとほぼ確実に頭痛に苦しむ事となっていましたが、この日は昼食直前の飢えを除くとそういった類は一切トラブルはありませんでした。

川沙のロータス前

 ただ、帰りは先ほど少し触れた「川沙」という場所のロータスというショッピングモール前で小休憩を取り、レモンジュース飲んでいました。実はこの場所、今から六年前の2011年に同じく浦東空港までのサイクリングにチャレンジして、途中でギブアップした場所でもありました。
 その時はガチなゲリラ豪雨に降られたのと、乗っていったのがタイヤの小さな折り畳み自転車という性能の低いマシンであり、尚且つ7月の猛暑の最中に敢行したことから市に悶えながらこの場所に辿り着き、あまりの豪雨から写真奥にあるケンタッキーへ避難して撤退を決めたところでした。本日、晴れて6年前のリベンジを果たしたこととなります。

 それ以降については取り立てて書くようなことはなく、普通に走り続けフェリー乗って、また走って自宅まで行って、五時ごろに家に着きました。着くとともに自宅から水汲んだバケツや潤滑油を取ってきて自転車に着いた泥を落とし、注油を済ませて再び自転車を家の中に入れましたが、今家じゅうが油臭いです。

 一応、今日だけで100kmは走っていますが、全く疲れていないわけではないものの体調的にはかなり余裕があります。道が走りやすかったということが何よりも大きいですが、今年の夏場は前述の通りに少し走っただけでその日一日立ち上がれなくなるほど苦しくなることが多く、体力落ちたのかと思いましたがただ単に気温の影響なだけだったことが分かってほっとしています。っていうか、6年前より今の方が体力あるんじゃないかな。

 一応これで、自宅から東西南北に50kmにある地点をすべて制覇したことになります。大方の上海の境界を見ており、なんとなく全体像もつかめるようになりましたが、だから何だと言われればそれまでです。それにしても今日はガチで自転車泥だらけにしてしまい、前の自転車のように水没させることは今までないもののなんとなく悪い気がしてなりません。これを機にバーテープとか取り換えてみようかな。

2017年10月4日水曜日

平成史考察~ミドリ十字の破綻(1998年)

 自分が中学生だったある日、自宅ポストにうちの親父宛てで「ミドリ十字から○○(失念した)者に転職いたしました」という手紙が届けられているのを私が見つけました。あとで話を聞いたところ手紙の差出人は親父が学生時代に家庭教師をしていた相手とのことで、その後も親交があった、というよりかは今よりもお歳暮とかずっとマメだった時代でもありわざわざ転職報告の手紙も送られてきたわけですが、「なんやその人、あのミドリ十字やったん?」と両親に当時聞いたことは覚えています。
 この「ミドリ十字」という会社名について、恐らく私と同年代の人間でもこの会社のことを覚えている人は少ないと思え、私より後ろの世代となると知っている人間はごく限られるでしょう。この会社がどんなことをしたのかというと、端的に言えば薬害エイズ事件を引き起こした張本人的な会社です。

ミドリ十字
薬害エイズ事件(どちらもWikipedia)

 薬害エイズ事件については本題ではないためその内容の説明は割愛したいところですが簡単に概要を説明すると、血友病患者に必要な人間の血液を原料とした血液製剤と薬があるのですが、事件発生当時は加熱処理されておらずエイズ患者の血液が混入することで血友病患者へのエイズ二次感染が日本でも広がってしまったという事件です。この二次感染については1980年代には危険性が認識されており対策となる加熱処理製剤も存在していましたが、当時の血液製剤大手のミドリ十字は加熱処理製剤の開発で遅れをとっており、同社のために時間稼ぎを行うため、政府審議会でこの方面の権威でありミドリ十字とも関係の深かった安部英が非加熱製剤の使用継続を敢えて認め、いわば人災によって感染を広げる結果を招きました。

 最終的にこの問題は1990年代中盤、二次感染被害を受けた血友病患者やその支援団体らの抗議によって社会の日の目を見て、政府もその非を認めた上で被害者へ謝罪することで救済が始められることとなりました。そしてその結果というべきか、当時としては超優良企業と持て囃されていたミドリ十字も世間の激しい批判受けることとなり、1998年に一部部門が日本赤十字に買収されたほか、同業の吉富製薬(現田辺三菱製薬)に吸収合併されその歴史を終えることとなります。

 当時私は子供だったこともあってミドリ十字という会社が社会的にどのような地位にあったかは今でもいまいちピンとこないものの、就職先としては超優良とみられていたようで、「ここに入ればもう安心」とされる会社であったそうです。それだけに突然の破綻は当時としてもインパクトが大きく、同年には山一證券も破綻していますが、「まさかあの会社が……」と言われる類に入っていたのは覚えています。

 事件当時のことで私が覚えていることとしては、この問題の対応に動いた当時の厚生大臣の菅直人氏が高く評価され一躍その名を高めたことと、ニュース番組でやたらとミドリ十字という単語が繰り返されていて「赤十字と何が違うんだ?」と思ったことが今浮かびます。事件内容については正直、事件当時はほとんど把握できておらず、後年になって被害者団体を支援してその世間への周知で大きな貢献を果たした漫画家の小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言」を読んでようやく理解できた始末でした。
 ただもう一つ付け加えることとして、なんとなくですがこの当時はエイズ問題についてはやはり世間の関心が強く、その対策や対応、感染拡大を食い止めようとする声が今より多かったような気がします。あまりこの方面に詳しくはないのですが先日、九州地方でエイズがやたら感染拡大しているという報道があったように思え、なんとなく昔と比べてエイズ問題への世間の感心が冷めているようだし、対策も後進しているような印象を感じました。

 最後に、上記の安部英について以前うちの親父が「あいつは元731部隊だ」と言っていましたが、これは明確な間違いです。戦時中に軍務経験こそあれども731部隊のあった陸軍ではなく海軍であり、また731部隊に在籍した経歴もありません。恐らく親父は、ミドリ十字の創立者である内藤良一が731部隊出身であることと混同したのだと思います。
 この内藤良一なる人物については実はこの記事を書こうと思って少しネットで下調べした際、つまり数十分前に知りました。私はこの問題について過去何度もWikipediaを中心に調べているにもかかわらず今回初めて知ったということは、そう遠くない時期に誰かがWikiの記事を加筆したと思われます。非加熱製剤自体、731部隊が行った人体実験結果を元に米国で作られたという事実自体は知ってはいましたが、ミドリ十字がその出身者によって創立された会社というのは今回初めて知るとともに、つくづく因果の深い歴史であると思えてなりません。

2017年10月2日月曜日

今年記憶に残ったプロ野球の試合

 リンクを結んでいる潮風太子さんが千葉ロッテマリーンズの記事を載せているのを見てじゃないですが、今日下記のニュースが気になって読んでいました。

V阻止打ヤクルト大松、空気読んで広島ファンに謝罪(日刊スポーツ)

 簡単に記事内容を書くと今年のシーズン終盤、最終的に二連覇で優勝することとなる広島カープが地元広島での優勝が懸かったヤクルトとの一戦。広島は序盤にリードしてこのまま優勝かと思いきや、7回の場面で代打で出てきた大松尚逸選手に2点タイムリーを打たれ同点となり、さらにその後でも勝ち越されて地元優勝を阻止されることとなりました。
 この地元優勝を阻止した張本人こと大松選手のインタビューが記事内容ですが、その日の試合を終えた後にこの人、何考えてるのか知りませんが何故か晩御飯を食べに街へと繰り出し、広島ファンが多く集まる(赤いユニホームがずらり)店に入ってしまったそうです。ただ運が良かったのかその場にいた広島ファンは大松選手を責めたりリンチにかけたりすることはなく、むしろ握手を求めたり「ナイスヒット」と言って誉めてくれたりしてくれたそうです。それに対し大松選手も、「すいませんでした」と謝ったという出来事が紹介されています。

 この大松選手ですが、知ってる人には早いですが昨年に元いた千葉ロッテマリーンズで戦力外通告を受け、テスト入団の上で今年ヤクルトスワローズに入団しています。ロッテ時代からも人気の高い選手で、特に満塁時の打率が約6割にも上るなど、大舞台やチャンスにおいて異常なほどの勝負強さを持ちます。また打撃も飛距離が長く、満塁ホームランの多さも突出している選手です。
 とはいえロッテ時代の後半は正直成績は良くなく、また去年にはアキレス腱も断裂しており、内容と年齢を考えればロッテが戦力外通告したのも無理ありません。しかし本人はあくまで現役にこだわり、それに対しヤクルトがベテランとしての経験を買う形でテストの上で入団させました。その結果、上記の広島優勝阻止を果たしたわけですが、今年の大松選手と言ったらやはりこの試合じゃなく、あっちでしょう。

 それはどんな試合かというと、上の記事中にも書いていますが二つのサヨナラホームランです。一つは5月に広島相手に延長戦12回裏代打でサヨナラホームラン、もう一つは7月の中日戦で、0-10からの大逆転劇のラストを決める延長戦10回代打ホームランです。
 後者の試合は私もニュース記事で見た後、すぐにYoutubeでそのシーンの動画も見ましたが、試合展開もさることながら、そのきれいなバッティングの降り抜き具合には見ていて涙すら出てきました。今年の入団の背景もあっただけに、見ていて気持ちのいい試合としては今年ナンバーワンにはこれが来ます。

 ただ、一番印象に残った試合がこれかとなるとまた別の話です。ではその試合は何かといえば、多分私以外もそうじゃないかと思いますが、横浜DeNAが広島相手にやらかした3試合連続サヨナラ勝ちです。
 1日目にサヨナラ勝ちしてこの勢いのまま2日目も連勝かと思いきや2日目の試合は序盤、広島がリードして1点差で迎えた9回にロペス選手が同点ホームラン、続く延長10回に梶谷選手がサヨナラヒットという展開は、見ていて奇跡が起きているような感覚がしました。そしたら翌3日目の試合もサヨナラヒット(しかも内野安打)で決めて、優勝は広島だろうが今年のDeNAはプレーオフ行くだろうという勢いを感じました。

 特に、1日目のサヨナラ勝ちを見た際、「これからは横浜の時代が来るかも」とも感じました。この3夜連続サヨナラの1日目こそ私の中の今年ベストゲームに当たるのですが、2点差の9回裏に筒香選手、ロペス選手、宮崎選手のクリーンナップ3人が3者連続ホームランを打って逆転勝ちへと至っていますが、その内容もさることながら、最初の筒香選手について改めて恐ろしい打者だと感じたわけです。
 以前からも筒香選手については高く評価していますが、この試合を見てやはり今の日本の4番は彼しかいないと思えます。個人的な見方ですが、筒香選手が打席に立つ姿は明らかに他の選手とは違い、「何がどうなるかわからない」という不気味さにも似た雰囲気が漂っているように見え、実際に試合の流れを決めるようなここぞという場面でこそ筒香選手は良く打ち、逆にどうでもいいところで凡退する傾向があるように見え、彼がヒットやホームランを打つと敵味方問わず他の選手も影響されるような気がします。

 過去、同じような雰囲気を感じたのは、私の中では今年引退した千葉ロッテの井口選手です。野球ゲームにおいてですが、なんとなく甘いところに投げたら確実に打たれるという恐怖感を感じさせられる選手で、正直井口選手にホームラン打たれる分には仕方ないとゲーム中であきらめていました。
 現実の井口選手も、引退試合で9回に同点ホームランを打つなどさすが元メジャーリーガーと言わんばかりの強さを見せつけてくれましたが、やはり怖さを感じるバッターというのはオーラがあります。今そのオーラを見ていて感じるのは筒香選手くらいで、逆に日ハムの中田選手はそうでもないかなと内心見ています。

 また長々と今年のプロ野球について書きましたが、我ながら中国にいるのによく見ている気がします。なおバッターはともかくピッチャーに関しては近年凄い選手が続々と出てきており、その中でもやはり名実ともに球界のエースと言えるのは巨人の菅野選手でしょう。
 ただ彼の場合、「背信投球」ならぬ「背信打撃」をチーム内野手全員から受けており、特に女房役となるキャッチャーの小林選手はリード面だけじゃなくもっと打撃でも菅野選手に貢献してやれよと言いたくなってきます。地味に後輩に当たるし。

2017年10月1日日曜日

洋梨事件

 最近後輩が自分の学生時代の話をよく聞いてくるので、聞かれる前にもう書いてしまおうと思うエピソードを一つ紹介します。

 その事件が起きたのは私が大学一回生だった頃です。私が住んでいた下宿は他の部屋もすべて同じ大学の男子学生で占められており、同じ学年の学生ともなれば下宿仲間となってよくお互いの部屋を行き来しあってたりしました。そんな下宿仲間の中で、私もケチでしたが私以上にケチな友人がおり、冷蔵庫も鍋もないものだから一回安くで食べられる料理としてスパゲッティの作り方を教えたところやかんでパスタ茹でてました。
 そんなケチな友人ですが、今思い返しても年齢にしては世間知らずなところが多かったです。勉強はけた違いにできるものの世間一般の常識には疎く、先ほどのやかんパスタといいどっか行動がずれているところがあり、この事件もその延長上にあると言えます。

 その日、いつものように私の部屋に友人が来てどうでもいいことなどを話していたところ、実家から荷物が送られてきてその中に洋梨が入っていたのを思い出し、折角の機会だから出してあげようと思って皮を剥いた上で振舞ってあげました。確かフォークと一緒に出してあげたのですが、その友人は一口食べるや「なにこれっ!」と本気で叫びました。

花園「なにこれって、洋梨やん」
友人「え、うそ、マジ、これが洋梨なの?」

 詳しく聞いたところ、どうもその友人はその時点までに一度も洋梨を食べたことがなかったそうです。それだけに全く見知らぬ味を口にしたことから上記のように驚く結果となったわけです。
 ちなみにこの後の会話は、

花園「そもそも、洋梨だとは思わなかったのならなんだと思ったんだよ?」
友人「いや、てっきりリンゴだと思って。でもリンゴにしては形が変だし、花園君って皮剥くの下手なんだなとばかりに……
花園「なにさらっと失礼なこと言ってやがるんだこの野郎!(#゚Д゚)ゴルァ!!」

 という感じで、この時私も叫びました。それにしても普段の言動もやや失礼な内容が多い奴でしたが、口に出さないだけで腹の中ではもっと失礼なことを考えているんだなと、友人に対してこの時思いました。