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2017年4月12日水曜日

風刺の足りない昨今の世の中


 上の画像はさっき見ていたまとめサイトで見つけたものですが、左下の「国有地大売出し」という上りはなかなかユーモアがあって、こういうことができる人になりたいと常日頃思っています。
 こうした行為は今でもなく風刺であって、世の中の真面目な問題を敢えてユーモアを用いて解釈する、捉えると言った行為で、基本的にこうした行為は好ましいというかなかったら面白くありません。また社会におけるユーモアの幅というか寛容さを高める上でも重要であると思われ、逆にこうした風刺が一切許されない世の中ははっきり言えば病んだ社会と言ってもいいかもしれません。

 日本も戦時中はこうした風刺が徹底的に規制されたもののいつの時代もユーモアのある人はいるものというか、「ぜいたくは敵だ」という看板が掲げられるや翌日に一文字付け足され「ぜいたくは素敵だ」となっていたということがあったそうです。
 一方、私がこのところの日本社会を見ていて思うのはこうした風刺が前ほどみられなくなった気がします。もちろん言論統制とかで規制されているわけではなく、単純にユーモアの幅が狭まっているというか、ちょっとふざけて面白おかしく言おうっていう感覚が前ほど鈍くなっているように見えます。

 何故減ってきているのか理由を挙げればきりがないですが、心に余裕がなくなったとか、社会が風刺に過剰反応するようになったとか、冗談が通じ辛くなっているとかありますが、ちょっと変わった意見を敢えて言うと本来こうした風刺を担うべき芸人に教養がなくなってきて、ビートたけし氏のように社会や政治の話題をちゃんとした意識を持って茶化す人が減っているのではないかと思います。
 ちなみにかなり昔ですが、滋賀県守山市にある浮気町という地名をどう読むのかというクイズで中尾彬氏が即座に「文化」と読んだのは見事でした。なお正解は「ふけちょう」ですが、先ほどの中尾氏の発言は去年のベッキーの騒動とか見てると案外間違いでもないようにも見えます。

 話は戻りますがこうした冗談が通じ来世の中だからこそ世間を敵に回すような激しいブラックジョークが必要だと私は思います。そのような考えのもとに以前うちの親父に対し、「折角だから現代を舞台にした必殺仕事人みたいなドラマをテレビ局に売り込めよ」と言って、それこそ今なら学校を作ると言って補助金を搾取する学校法人経営者、破綻寸前にも拘らず旅行代金を請求していた旅行会社社長、豊洲移転を自分が決めておきながら責任はないと言い張る石原元都知事などを容赦なく悪・即・斬で成敗するような番組なんかあった方がいいと思います。苦情やクレームは来るでしょうが、「だからなに?」で返すような真剣さで報じていれば、きっと視聴者もついてくるんじゃないでしょうか。

 無実な人を風刺で馬鹿にするのは以ての外ですが、明らかにツッコみどころで満載且つ公益に適うならば社会はどんどんとネタにすべきです。不謹慎という言葉もあるでしょうが、今の日本の世の中は謹慎すぎるきらいがあるため、もっとふざけてというか斜めに構えた視点が必要だというのが息も絶え絶えなくらいに疲弊しきった中で書ける今日のネタでした。

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