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2014年1月30日木曜日

「極黒のブリュンヒルデ」のアニメ化について



 また趣味の話で申し訳ないのですが、私が以前から熱読している「極黒(ごっこく)のブリュンヒルデ」という漫画が四月からアニメ化するそうです。以前にも紹介した「シドニアの騎士」といい、なんか今年の四月は面白そうなアニメが一気に放映されるなぁ。

 ちょうどいい機会なのでこの「極黒のブリュンヒルデ」という漫画、というより作者の岡本倫氏について自分の所感を述べると、漫画家など芸術家には変わり者が多いとよく言われますが、実存する人物に対して非常に失礼極まりないことを言うと、本当の意味で頭がおかしい人っていうのはきっとこの人なんだろうなどと前から思っています。
 岡本氏の代表作となるとデビュー作でもある「エルフェンリート」という漫画で、この漫画はかわいらしい女の子の絵柄が表紙であるため一見すると萌えマンガにしか見えませんが、その内容は下手なスプラッター映画よりも激しい残虐描写に満ち溢れていて、連載中は「萌えマンガの皮を被ったトラウマ本」とまで言われたほどです。そういう特殊な嗜好性が海外だと妙に受けるというかこの漫画は主にアメリカで大ヒットしており、岡本氏も「シドニアの騎士」の弐瓶勉氏同様に日本国内よりも海外の方が評価が高い珍しい漫画家です。

 話は「ブリュンヒルデ」に戻りますが、岡本氏はこの作品の前に「ノノノノ」という今でこそ旬の女子(男装)のスキージャンプ漫画を描いていてこれもまた非常に面白かったのですが敢え無く打ち切りに遭ってしまいました。その際にどうも知り合いに岡本氏は、「お前が求められているのはエルフェンリートの様な漫画だ」と言われたそうで、原点回帰とばかりにこの「ブリュンヒルデ」を書き始めたと述べています。
 原点回帰というだけあって、「萌えマンガの皮を被った究極のスプラッター」は見事なまでに復活しています。冗談抜きでそういう描写が苦手な人にはこの漫画は一切薦められないのですが、具体的にどれくらいスプラッターなのかというと大体単行本一冊当たりにつき上半身と下半身が分断される人間が一人や二人出てきます。冗談かと思われますがこれはマジです。

 ではストーリーはどうかというと、簡単にあらすじを述べると高校男子である主人公のクラスにある日、幼い時に死んだ幼馴染によく似た女の子が転校してくるのですが、その子は自分は魔女であり超常現象じみた能力を用いることが出来ると話して実際にその力を主人公の目の前で見せます。これだけならよくある展開ですがこの辺はさすが岡本氏というべきか、ヒロインら魔女は鎮死剤という薬を一日一回飲まないと全身から血が噴き出しバラバラになって死ぬという、どうしてそう平然と残酷な設定を用いてくるのか理解の範疇を軽く越えてきます。こうした設定に限らなくても以前から岡本氏は普通の人間じゃ有り得ないとしか思えない展開を平然と打ち出してくることが多く、この「ブリュンヒルデ」でも「あれっ?」て思ったら重要そうな登場人物がさくっと死ぬことが多いです。

 この辺が岡本氏が異常だなぁと一番に思う点なのですが、自分がこの人の漫画を読んでいてよく感じるのは残虐描写に対して全く呵責なく描かれているように見えます。言ってしまえば「エルフェンリート」や「ブリュンヒルデ」などよりも残虐な漫画は世の中いくらでもあります。しかしそれらの漫画と岡本氏の漫画で決定的に違うのは、どの漫画も残虐なシーンをなるべく際立たせるように、読者にショックを与えるように何かしら作者の意図が込められて描かれているのに対し、岡本氏は「よくあるシーン」のような具合で1コマにポンとそういうシーンを何気なく投入してきます。言いづらいのですが敢えて表現すると、そういうシーンを載せるのにためらいがないというかなんとも思っていないとしか思えない展開が多く、同様に漫画の中の登場人物に対して生かそうが殺そうがどうでもいいような、まるで感情がなく淡々とストーリーを展開している風によく感じます。もっとも主要キャラは何があっても死なないというところがあるだけまだ人間味が感じられますが……。

 さっきから岡本氏のことを一体なんだと思っているのかと言わんばかりの評論を書いておりますが、これは言い方の問題であって私自身は岡本氏を当代でも稀有な漫画家だと考えており、弐瓶勉氏と並んで最大限に高く評価しております。ただその才能は漫画というよりはストーリー原作者としての方が高く、いくつか原作のみ参加した漫画もありますがそのどれもが「岡本倫節」というような、見ていてゾッとするようなセリフと展開のオンパレードでした。
 なおデビュー作の「エルフェンリート」はストーリーはいいが絵に難があるとよく言われていましたが、現在においてはややキャラクターの描き分けが上手でないものの昔と比べたら劇的に向上しており、運が良ければ「ブリュンヒルデ」は「エルフェンリート」より売れるんじゃないかとみています。本音を言えばその前の「ノノノノ」が売れてアニメ化もしてほしかったのですが。

2014年1月29日水曜日

東京都知事選の得票順位予想

 昨日はまた更新をさぼりましたが、「企業居点」の作業を優先しただけであって書くネタがなかったわけじゃありません。それよりもこのところは書かなきゃならないネタが多すぎて書ききれない状況が続いており、次の土日にでも一気に放出しようかなぁ。つっても、このところ企業居点の作業と日々の勤務で左手を固定した状態で使うことが多すぎるせいか、朝起きるとリアルに左手だけ神経痛を覚えるから無理しない方がいいんだけど。

 話は本題に入りますが、選挙戦が繰り広げられている次回東京都知事選で得票順位の予想が出来たので、余計なことをガタガタ言わず早速主要四候補に対する私の予想順位を披露します。

1位 舛添氏
2位 細川
位 田母神氏
位 宇都宮

 結論から述べると舛添氏が当選すると見てほぼ間違いないでしょう。根拠としては主要候補の中で舛添氏が厚生大臣時代など豊富な施政経験を持つことに加え政策論が無難というかオリンピック対応など過不足なく揃っているからです。逆に言うなら、ほかの候補者は強みという部分以上に弱みというか問題点が多すぎるからです。

 一人一人特徴を述べていくとまず細川氏については応援に小泉氏が就いたことからどうなるものかと少し慎重になりましたが、先週に開かれた記者会見を見て悪い意味でこの人は変わってないことに気が付きホッとしました。前の記事にも述べましたが細川氏は敢えて言うなら劣化ルーピーこと鳩山由紀夫元総理と下位互換バージョンに近く、具体的な手段なく理想論ばかり主張する傾向にあるため幅広い……と言わなくても一定の支持も得られないのではないかと私は見ます。
 仮に鳩山元総理の出現前ならまだしも、一度あれを見ている日本人からすると同じような臭いのする人物にはさすがに警戒が強くなるでしょう。とはいえ知名度は依然と高く、メディアも「舛添VS細川」という筋立てで報じることが多いためなんとなく二位に来ちゃうんじゃないかというのが結論です。

 続いて三位の田母神氏ですが、右派系の団体からの支持が厚いことと理念はともかくとして主張する政策内容は細川氏、宇都宮氏に対してまだ無難であることから三位予想となりました。当初は細川氏を抜いて二位になるかなとも考えたのですが、やはり知名度の差は覆りづらいことと先程にも述べたようにマスコミが対立構造を煽っているので抜けきらないところに落ち着きました。

 最後に宇都宮氏ですが、非常にきわどいことを書くとこの方は年を取ってから変な権力欲に目覚めちゃったのかなと失望する気持ちでいっぱいです。宇都宮氏は宮部みゆき氏の小説「火車」に出てくる多重債権者救済を専門とする弁護士のモデルとなるなど、この方面においては右に出るものがないほど悪戦苦闘してきた人物だと聞いておりました。しかし前回の都知事選にも出馬しておりますが話を聞いていても「この人じゃなければならない」と思わせるような独自性の強い政策案は全くと言っていいほどありません。むしろほかの候補と主張する内容が被っていることが多く、だったら別の人に任せればいいのではという気分にもさせられるくらいです。
 では何故宇都宮氏は都知事になろうと出馬するのか、はっきり言えば彼の権力欲から来る道楽行為にしか私には見えません。権力欲から来る行為を否定するつもりは全く有りませんが、宇都宮市の場合は明らかに晩節を汚すような選挙の仕方で、なおかつ支持層に共産党を囲っているあたり、共産党には失礼だけれども負けること前提でやっているようにも見えます。こういうあたりを有権者はちゃんと見抜くのではないかと思い、主要候補で最低順位になると私も予想したわけです。

 最後に主要候補全体を見て思うことですが、どうして年寄りばかりこう出馬するのかなという風にげんなりさせられます。都知事であれば私としては40代くらいの人がやるのがいい塩梅じゃないかと思うのですが日本だと政治キャリアが積み辛いこともあり、70を越えた爺さんがこうして選挙に出ているのを見るとつくづくもったいない気がしてなりません。
 もっとも維新の会が公募した大阪市内の区長がことごとく問題起こして辞職しているのを見ると、若いからっていいわけでもないなと私ですら感じてきます。まぁこれは年齢以前に維新の会における審査基準に問題があったからかもしれませんが。

2014年1月27日月曜日

八甲田山の悪夢

 このブログを日常的に呼んでいる人なら周知の事実ですが私は極端に寒さに強く、記憶する限り過去四年間で一度もダウンジャケットに袖を通したことがありません。それどころかコートもこの前正装しなきゃいけない時に一回着ましたがそれ以外だとほぼ皆無で、出勤時はパーカー一枚、オフの日はGジャン一枚で元気に走り回ってます。北京でも冗談抜きでGジャン一枚だったし。
 ただそんな自分でも昨日今日の寒さは非常に堪え、直前に気温が上がった反動もあるでしょうが珍しいことに参ってます。個人的な印象ですが寒くなる前に全国各地で雨が降ったことから湿気が増したことから心なしか風が重たく、乾燥している時期に比べて冷たいように思えます。北京なんか空気乾燥しているから気温は氷点下マイナス十度でも日によっては東京より寒くないし。

 このように寒い時期が続くとついつい「寒くてつらいなぁ」などと独り言も出てくるのですがその際に、八甲田山に比べれば」という言葉が同時に浮かんできます。ある程度年齢の高い世代なら何のことか言うまでもないでしょうが私より下の世代は何のことかちんぷんかんぷんでしょうし、今日はひとつ気合入れて日本の冬山遭難史上で最大最悪の事件である八甲田山の雪中行軍遭難事件を紹介しようと思います。

八甲田雪中行軍遭難事件(Wikipedia)

 この事件が起きたのは明治時代、日露戦争を控えた1902年で、結果から話すと遭難した陸軍兵士210人中で生き残って救助されたのはわずか11人(うち6人は救出後すぐ死亡)。生存率はわずか5.2%という凄惨な遭難事件となりました。

 事件の経緯を話すと、当時の日本陸軍内部ではロシアとの戦争が間近であるとの観測から戦場となる寒冷地での訓練の必要性が高まっており、各地で戦術研究を兼ねた訓練が実施されておりました。そうした訓練の一環として、事件の舞台となった八甲田山で冬山での行軍や輸送訓練を計画されたわけです。
 この訓練には青森歩兵第5連隊(210人)と弘前歩兵第31連隊(37人)の二部隊が参加することとなり、このうち遭難することとなったのは青森歩兵第5連隊です。両部隊はそれぞれ別ルートから冬の八甲田山に入って目的とする駐屯地への移動を計画したのですが、映画や小説などと事実は異なり両部隊とも計画や日程の擦り合わせなどは行っておらず、お互いの部隊の存在すら知らなかったそうです。

 話は遭難した青森歩兵第5連隊を中心に進めます。こちらの部隊ではそれ以前からも寒冷地訓練は幾度か行っていたものの本格的な冬山登山の経験はほとんどなく、また以前から訓練を実施してきた指揮官が休養のため離れ、代わりにほとんど経験のなかった神成文吉大尉が訓練中の部隊を率いることとなりました。

 このように訓練前から非常に危なっかしい出だしと言わざるを得なかったのですが、これに拍車をかけたのは天候の急変です。実際の訓練開始前、登山ルートの確認のために数名が登山を行ったのですがこの時の天気は晴天で、特に大きな問題もなく移動を完了したことから部隊間では行軍訓練に対して初めから楽観視されていたと言われます。そうした見方は装備からも見て取れて、大半の兵士は毛糸の外套を着るほかは特別な防寒装備もなく、手袋に関しても軍手程度だったそうです。靴に至っては当時としては珍しいゴム靴などただ一人を除いて持っておらず、革製の軍靴で冬山登山に臨むくらいでした。
 このような無謀と言ってもいい装備で臨んだ訓練当日は猛烈な寒気が周辺地域を多い、地域住民も訓練に臨もうとする部隊に対して決して山に入ってはならないと警告したそうです。それもそのはずというかウィキペディアによるとその日は日本各地で観測史上最低気温を記録するという、歴史上かつてないほど寒い日で、一説によると気温はマイナス20度、吹雪による体感温度はマイナス50度にまで達していたと言われています。このような気候にもかかわらず部隊は当初の計画通りに山へと入り、悪夢のような遭難へと突き進むこととなります。

 遭難一日目。部隊は山に入るや深い雪によってすぐに行軍が困難となり、そりでの移動が難しいと判断したことから食料や燃料といった物資を各兵士がそれぞれ手に持ち移動を始めます。しかし猛吹雪からすぐに前後不覚に陥り、帰路すらままならないことから当日は雪濠こと雪の中に穴を掘って露営することとなりました。
 遭難二日目。部隊の指揮官らはあまりの天候の悪さから訓練を中止してやってきた道を引き返すことを決断したものの、ここが運命の分かれ道となってしまうのですが夜中の二時から行軍を開始してしまいます。何故こんな時間に動き出したのかというと既に凍傷などで動けなくなる兵士が続出しており、急いで山を下り治療を受けさせなければと焦りがあったためだと言われていますが、結果的にまだ日も明けきらぬ暗い時間に動き出したことによって完全に道に迷ってしまい、出口のない遭難へと突き進むこととなってしまったわけです。

 この二日目の迷走について詳細は省きますが、道がわからない中で真偽の取れない情報が錯綜し、不眠不休で絶食していたことからこの日から凍死する兵士も現れて部隊の統制すらままならない状況となったそうです。結局右に左に無為に動いて体力を消耗しただけで最初の露営地からほとんど移動できず、この日も再び露営することとなります。三日目の朝までに部隊の三分の一に当たる約70人が行方不明、または凍死しており、想像するにつけ恐ろしい状況と言わざるを得ません。

 そうして明けた三日目。この日も天候は回復しなかったものの帰路を探して生き残った兵士らは行軍を開始しましたが、途中で断崖に突き当たったところで指揮官の神成大尉が、「天は我々を見放した」と述べた上で、生き残っている兵士らにここで部隊を解散するので各自で帰路を探しだすようにと伝えるに至ります。この解散命令によってそれまで保っていた兵士たちの緊張感というか意識が切れてしまい、生き残った方の証言によると突然裸になって凍死するものや崖下や川に飛び込むなど発狂する人間が一斉に現れたとのことです。
 このあと部隊は神成大尉、またはゴム靴をたまたま持ってきて履いていた倉石大尉らなど主だった指揮官のグループごとに分かれて帰路を目指したのですが、このうち神成大尉のグループにいた後藤伍長が遭難から五日目、いつまでたっても中継地に現れない部隊を心配して出されていた捜索隊に見つかったことによって遭難していたことがようやくわかります。なお後藤伍長は発見された際、雪の中で直立したまま何事かを一人でしゃべっていたほど意識があいまいだったそうですが、救助の甲斐あってこの遭難における生存者の一人となっております。

 後藤伍長の発見後、正式に救助隊が組まれて生存者の救出へ軍や地域住民は動くわけですが、天候は依然として悪いままで救助隊の中でも凍傷になる人間が後を絶たず二次被害が深刻だったそうです。また息のある生存者を見つけても皮膚すら凍っている有様で、治療のために注射しようとしたら針が折れたとの信じられないような話すらあります。そして山の中に置き去りにされた遺体はほぼ例外なく凍っており、無理にでも雪から引き出そうとしたら関節から文字通りポキリと折れることもあり、慎重に周囲の雪を掘りすすめていかなければならないために作業は難航したそうです。
 またこれは遭難中のエピソードですが、みな意識の限界ともいうべき境地にあってふとしたことをきっかけに発狂することが後を絶たなかったそうです。そのためあるグループでは奇声が挙がったらラッパ係にラッパを吹かせてその音によって意識を保っていたものの、極寒の環境からそのラッパ係の唇がラッパに張り付き、そのままはがれてしまったという話も聞きます。

 どれもこれも人の想像力を超えるほどの状況というべきか、この遭難事件は絶望的な状況というよりほかなく、これより何を以って表現すればいいのかわからないほど恐ろしい事件だったと言わざるを得ません。最終的に救出された生存者は最初に述べた通りに11人で、救出後すぐに亡くなった6人を除くとわずか5人しか八甲田山から生きて出ることが叶いませんでした。部隊を指揮した神成大尉は発見時は息があったものの山の中ですぐに亡くなりますが、もう一人のグループを率いた倉石大尉は崖穴の中に避難しながら移動していたところを遭難九日目に救助され、無事に生還を果たしております。
 なお生存者はみな凍傷によってほぼ全員が四肢のいずれか、または全部を切断することとなるのですが、不思議というか奇妙というか、この倉石大尉のみが五体満足な状態で救助されてその後軍隊に復帰しております。倉石大尉は士官であったことから兵卒に比べて装備が充実していたことと、たまたま私物としてゴム靴を持って履いていたことなどが大きかったとも言われていますが、それ以上にこの人自身の体力が図抜けていたことが大きいのではないかと私は見ております。
 しかし人の運命というものはわからないもので、この倉石大尉はこの遭難から三年後、日露戦争中の戦闘で戦死することとなります。それこそ、天は何故彼を二度も死地へと誘ったのかと、いたためれない気持ちにさせられます。

 この遭難事件は作家の新田次郎によって小説にされ、それが高倉健氏の主演で映画化されたのが「八甲田山」です。この映画は多いに当たったことから当時の世代に幅広く事件が知れ渡ったものの、逆にこの映画を見ていない自分くらいの世代は事件そのものもあまり知らないのではないかと思い、ちょっと書いてみる気になりました。
 最後にちょっとした豆知識ですが、この映画で神成大尉をモデルにしたキャラを演じたのは役者の北大路欣也氏で、先程の「天は我々を見放した」という彼のセリフは当時の流行語となったそうです。そんなエピソードをCMプランナーはしっかり把握していたということか、例のソフトバンクのテレビコマーシャルで北大路氏が声優をしている白い犬のお父さんが何故か冬山に昇る回があり、その時のBGMになんと先程の映画「八甲田山」のBGMが使われたそうです。こんなマニアックなつながりなんて誰もわからんだろうにと思いつつも、きちんと実行してくる辺りは感服させられます。

2014年1月26日日曜日

深夜の決闘

 それは真冬のある夜、っていうか先週金曜の晩に起きた出来事でした。その日の夜、私はいつも通りブログを書き終えると布団に入って就寝へと入りましたが、時間にして恐らく夜中三時くらい、外から漏れ伝わる聞き慣れない音に目を覚ましました。

「アーオン、アーオン」
「ウーワオー」

 一体何なのだこの音はと寝ぼけた状態で神経を集中してみたところ、どうやら家の前で野良猫二匹が互いに威嚇し合っている声だということがわかりました。何でもってこんな夜中にと思いますが元々猫は夜行性なのだし、このくらいの時間にケンカと化するのかと思っていると、

「フギャッ、フギギギル、フォッ!」

 とばかりに、威嚇し合う段階からリアルファイトに発展したのか、互いに争う激しい鳴き声が続いて聞こえてきました。先程家の前と書きましたが私が今借りている部屋は一階にあり、窓をガラガラって開くとすぐに軒先へと出られるのですが、どうやらその軒先でケンカしているようですごくはっきりと鳴き声が聞こえてきました。正直に言って、はっきり目が覚めるくらいの大きな泣き声でした。

 とはいえそんな長々とケンカはしていないだろうと思ってそのまま布団に入ったまままた寝ようとしたのですが、何故か知らないけどやけに長期戦となり、体感時間にして約30分くらい二匹は争い合っていました。無論その間、こっちは全く眠れません。
 終いには「ガツンッ」っていう金属音まで聞こえてきたので、恐らく軒先に置いてある私の洗濯機にどっちかが体当たりをかましてたのだと思います。にしてもあんまり長く続くもんだから、たまたま冷凍庫に入っていたササミの切り身をレンジでチンしていい加減仲裁に行こうかなと思うくらいの長期戦でした。

 結局、普段から平日の睡眠時間は約5時間と極端に短いのですが、この日の晩は4時間弱とまた極端に短く終わって次の日はずっとぼーっとした状態で集中力を切らしながら過ごしました。ただうがった見方をすると、実は家の近くで野良猫が根城にしている元家具屋のビルが十年くらいの放置を経てようやく取り壊し工事が始まってきたこともあり、近隣で新たな縄張り争いが始まっているのかもしれません。こんな寒い真冬に根城を失い領土争いに出ざるを得ない野良猫を思うと猫の一生も大変だとつくづく感じ、人の一生が辛いだのなんだのそういう事は考えるべきじゃないなと最後に思った次第です。

2014年1月24日金曜日

3/16実施のHSK試験受験料割引のご案内

 私も何度か受験したことがある中国語の資格試験、HSK(漢語水平考試)で、受験料の割引を伴う受験者募集の告知依頼を受けたので、この場を使い簡単なご案内をさせていただきます。

 今回この募集を行っているのは日中間で学生交流などを行っている「日中学生会議」という学生団体で、次回3/16に実施されるHSK試験の受験をこの団体を通して1/25の23:59までに申し込むことによって、各級で10%の受験料の割引が受けられます。通常料金での申込期限は2/16までですが、割引が受けられる今回の募集は上記の通り1/25までと日程がタイトなので、迷っておられる方は早めに決断し、腹をくくって受験に臨みましょう。

  ~応募方法~
jcsc33rd@gmail.com題名に「HSK受験」、本文にお名前をご記入の上ご連絡下さい。返信にて詳細と申込フォームをお送り致します。

  ~申込期限~
1/25 23:59まで

  ~各級の受験料と割引額~
(通常申込みでの受験料→割引での受験料)
6級:8500円→7650円
5級:7500円→6750円
4級:6000円→5400円
3級:5000円→4500円
2級:4500円→4050円
1級:3500円→3150円

 最後に業務連絡ですが、明日より関西へ遠征に出かけるのでブログの更新をお休みします。余裕があればなんかの端末使って更新しますが、多分月曜まで更新はないと思いますのでご了解ください。

2014年1月22日水曜日

中国の新聞に載った日本のスポーツ漫画評論

 今日くらいは記事更新をさぼろうかなと思っていましたが、ちょっと紹介したい中国の記事があったので書くことにします。

日本のコミック・スポーツの相関性(人民日報日本語版)

 前は中国語のニュースサイトを見ていたのですがこのところ忙しく(パズドラで)て人民日報の日本語版に頼りっぱなしなのですが、今日出てたこの記事はいろんな意味で笑かされました。書かれている内容は日本のスポーツ漫画についてで、多種多様なジャンルで描かれているだけでなくどれも綿密な取材やプロ選手の観衆を受けていて完成度が高いと指摘し、これらのスポーツ漫画の中には各時代の少年少女に強い影響を与えてそのスポーツジャンルの興隆に一役を買っているなどと随分と持ち上げてくれています。

 書いていることは決して的外れではなくおかしくはないのですが、なんというべきか各スポーツジャンルで代表的な漫画タイトルが数多く載せられており、しかもそのどれもがやや古いというのが気になりました。たとえば引用すると、

『バスケットボールでは、「スラムダンク」のみならず、松田尚正の「HI5!」、藤井五成の「DRAGON JAM」、井上雄彦の「BUZZER BEATER」などが根強いファンに影響を与えた。』

 「スラムダンク」はわかるんだけど、ほかのタイトルはそれほどメジャーだったのかなというとちょっと疑問符つきます。ファンの方には申し訳ないけど「HI5!」と「DARGON JAM」はそもそもタイトルすら知りませんでした。っていうかバスケ漫画だったらこれも古いけど「DEAR BOYS」とか、今だったら「黒子のバスケ」を挙げるべきじゃないかな。
 ほかにもテニス漫画として挙げられているものだと、

『小島一将の「青空スタンバイ」、許斐剛の「テニスの王子様」、高橋陽一が描いた「翔の伝説」などのテニスコミックがつづく。』

 「テニスの王子様」はともかくとして、ほかの二つのタイトルは果たしていかがなものか。特に高橋陽一氏の「翔の伝説」はタイトルだけは知っているけど売れなくて「キャプテン翼」に回帰したっていうのに。
 これら以外にも格闘漫画として「拳児」とか「B・B」が出てきて、一読した私の感想というと、「この記事書いた奴絶対おっさんだろ!」というのが本音です。まぁここだけの話、石渡治氏の「B・B」は私も大好きでこの記事書いたおっさんは私と同じく「10cmの爆弾」を知っているとみて間違いないでしょう。

 なお記事では最後に中国ではこういったスポーツ漫画はほとんど存在しておらず、青少年への教育的意義を考えるとあまりいい状況ではないとして日本のスポーツ漫画、アニメを見習うべきみたいな感じでまとめられています。書いた奴はおっさんに間違いないとコナンばりの推理を披露した後で言うのもなんですが、確かにこういったスポーツ漫画は教育的価値は高く、またスポーツ振興において無視できない影響力があるため「中国にも!」という意見は非常にいい指摘のように思えます。

 記事中でも最初に触れられていますが、仮に「キャプテン翼」がなければ日本サッカーは今より十年くらい遅れていたかもしれません。中田英寿元選手くらいの世代などはまさにこの「キャプテン翼」を読んでサッカーを始めた人が多い世代で、この世代がオリンピックやWカップで活躍したことによってアジア屈指のサッカー国に日本はなれたのではないかとかねてから考えています。

 なんで「翔の伝説」をディスっておきながらこう「キャプテン翼」を持ち上げるのかというと、実は自分も今から約十年前に似たような記事というかコラムを書いているからです。当時の自分は高校生でしたが図書委員であまりにも活動してないからたまには仕事してやるかっていう妙な上から目線で図書館の司書に自ら直訴し、書評コラムを不定期に書いて全校に配布してました。そんなコラムの中に、「たまには教師とケンカしてみよう」などとこれまた妙なノリで確か「漫画は読書かこれ如何に」っていうタイトルで漫画を読むことは読書となるのかどうかというテーマで一本記事書いて、中学・高校(一貫校だった)の生徒全員にプリント一枚分のコラムを流したわけでした。

 そのコラムでは漫画を大量に読んでいる層は案外活字の本も読んでいる人が身の回りに多いと体験談を述べて、何も読まないよりかは漫画でも読んだ方がいいんじゃないかと書いた上で実際の活動につながる例として「キャプテン翼」を持ち出し、当時Wカップがやっていたので日本代表もこれ読んで始めた人が多いって感じでまとめてました。今思うと、こんなくだらないコラム書くくらいなら文化大革命について持論でも展開しとけばよかったかななどという気持ちがあります。

 最後にこうした自分のコラム執筆でしたが、結局一代で終わったというかその後には誰も続きませんでした。一応後継者を育てようと図書委員会内で書きたいと思う奴はいないのかと募った上で、もしやる気がある奴がいれば自分が文章の書き方を指導すると伝えたのですが誰も来ず、いろいろ支援してくれた司書の先生にちょっと申し訳なかった気持ちが今でも残ってます。
 ただ今も変わらず上から目線で述べると、ほかならぬ自分から文章指導をタダで受けられるチャンスがあったのにそれをみすみす見逃すなんて勿体ないことしやがってという風にも考えてます。それこそ原稿用紙100枚くらいを一瞬で書ける人間なんてそんなにいないんだから、もし見つけたら中学・高校生、何だったら大学生くらいならすぐに教えを請いた方が絶対得でしょう。っていうか、そういう存在が自分の中学時代に欲しかった……。

2014年1月21日火曜日

大河ドラマで見たい悪い奴ら

 年初から放送が始まったNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」を一応見ていますが、今のところは大きな展開もないためまだ評価はし切れないなとやや我慢するような感じです。それでも前の「八重の桜」よりかは脚本面でまだマシだと思えるので今後も見続けてみます。
 それで今回の主役である官兵衛こと黒田官兵衛ですが、各種の評論で「ややマイナーな人物なので視聴率が不安」等と書かれているのをよく見るのですが、「えっ、黒田官兵衛がマイナーなの!?」とこれら評論を読んで逆に私は驚きました。でも確かに歴史マニアで知らなかったらお話にならない人物ですが一般的にはそれほど知られていないし、今回の放送をきっかけにもっと知名度上がって黒田節とかも流行ればいいなとか内心思っています。

 しかしこういう大河ドラマの人選ですがメジャーどころはもう既に一度や二度は製作されているし、かといってマイナーすぎると返って人気が出なくなる恐れがあります。以前にもこのブログでこういう人物を取り上げてみたらどうだろうかという記事を書いてみましたが、今日ふと仕事中に「むしろ悪い奴らを取り上げてみたら面白くね( ゚∀゚)」なんて思いついたので、大河ドラマにしたら面白そうな悪い連中を今日はいくつか紹介しみます。

1、松永久秀
 知ってる人には説明の必要もないでしょうが、日本史上で悪い奴ナンバーワンと言ったら文句なしにこの松永久秀が確実に候補に挙がってくるでしょう。どんな悪いことをしたのかってそれこそ数えていたらきりがないのですが代表的なのだと東大寺大仏殿を燃やしたり、主家を乗っ取ったり、家中で暗殺しまわったり、農民をいじめたり、信長を裏切ったり(二回も)と、やれるだけのことをやったというよりやるだけやってしまったような悪い奴です
 しかし悪いことをしておきながらも戦争指揮はピカイチだし、当時の茶人としてはほぼ最高級の評価を得ているというのがミスマッチというか彼の不思議な魅力につながっています。しかも最後は茶釜に火薬しこんで自爆するというハリウッド映画さながらの幕切れだし、大河ドラマにしたらすごい面白くなる気がします。社会的影響はこの際無視しないといけないが。

2、宇喜多直家
 上述の松永久秀、斎藤道三と並んで戦国三大梟雄の一人である宇喜多直家ですが、この人に関してはガチで理性を持った精神異常だったんじゃないかと密かに考えています。どういう事をやったのか順を追って説明すると、自分の祖父が同僚である島村盛実に暗殺されたため父とともに放浪後、島村盛実と同じ主君に仕えてその主君にあることないこと吹きこみ島村盛実を謀反の疑いで始末させたことを皮切りに、家中でライバルとなる同僚を片っ端から暗殺してぐんぐん出世していった後に主君を裏切って独立、そして状況が悪くなるや一旦和睦した後でまた裏切るという鬼のような所業をなしています。
 実の弟からも「私の兄はサイコパス」みたいな証言されてますが自分の娘婿とかも出世のためには平気で暗殺しているだけに、弟君も気が気じゃなかったのでしょう。敢えて凝った言い方するとちょっと精神に異常をきたした人が変に才能を持っていると手に負えなくなる好例なので、これで大河ドラマをやったら火曜サスペンスもさながらの急展開の連続になるだろうな。

3、梶原景時
 リンクを貼るためウィキペディアのページを開いたらいきなり『「大悪人」と古くから評せられている』と表示され思わずニヤリ。彼の悪行はほぼすべて「チクリ」に集約されるのですが、このチクリよって謀反の疑いをかけられたのは源義経を筆頭に数知れず、ジャイアンにおけるスネ夫の様な活躍を鎌倉を舞台に実行しています。しかし最後はまたあることないこと吹きこもうとしたら不満を持たれていたみんなに一斉に糾弾され、追いやられて反乱起こして死ぬというまたまたドラマチックというか昼ドラみたいな終わり方です。

4、甘粕正彦
 細かい説明は省きますが、大杉事件に関して甘粕は現代においてほぼ冤罪であったということがほぼ確実視されていますが、満州帝国の闇の帝王だったというのは揺るがない事実です。実際には満州国建国前の方がえげつなく、特務工作員として麻薬ビジネスに関わったり、溥儀を拉致って来たりなどと007の悪役も真っ青なことを現実に実行しています。しかし全体的な人生で見るとまさに国家に翻弄されたともいうべき男で、私自身はその運命の流転ぶりに深く同情する一人です。なかなかドラマチックだし、日本史であまり扱われない満州帝国の建国から崩壊まで扱えるので、ドラマの題材には格好ではないかという気がします。

 以上、ざっと四人ほど悪い奴を挙げてみました。ただ今回の記事を準備するに当たってあれこれ人物候補を考えたのですが、いろいろ悪人を比較するにつけて日本って本当に小悪党しかおらず悪党のスケールが小さいという考えが段々強くなってきました。
 というのもお隣であり自分のホームグラウンドである中国では数十万人単位の虐殺が頻繁に起こったり、国家予算の半分くらいを横領したり、元主君とその一族全員を数百人単位で残虐な処刑方法で殺したりする人間がしょっちゅう出てきて、こう言ってはなんですが日本の悪党と比べると中国はあまりにもスケールが違いすぎます。今日挙げた松永久秀も中国の水準に照らすと「よくいる奴」レベルで、下手したら悪党として数えてもらえない可能性もあります。

 これをただ単に日本のスケールが小さいと見るべきか、中国が修羅の国とみるべきかは深い議論が必要となりそうです。