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2018年3月13日火曜日

広報の実力で測る企業のリスク管理体制

 知ってる人もいるでしょうが右サイドバーに置いてある「最新のコメント」がなんか昨日あたりから表示されなくなりました。サードパーティのフィード使ってて、先ほど調べたらそこのサイトにアクセスできなかったためそこのサーバーに何か問題があるせいかもしれませんが、ひとまずしばらくは静観して、改善が見込めなければ対策を取ります。

横浜DeNA大和に聞く「阪神攻略法をナインに聞かれたらどう答えますか?」(THE PAGE)

 さて上の記事は今年阪神から横浜に移籍した大和選手のインタビュー記事ですが、この記事見出しを見た際に私の頭には、「阪神の倒し方?俺はもう知ってますよ」という言葉がよぎりました。もちろん大和選手はそんなこと一言も言ってないのですが、この言葉がどうして浮かんできたのかというと以下のニュースをその前に見ていたことが原因でしょう。

「任天堂の倒し方、知ってますよ」騒動の真相は…グリー田中社長の胸の内(産経新聞)

 知っている人には早いですが、かつてのガラケー全盛時代に携帯ゲームで一世を風靡したグリーという会社がその絶頂期にあった数年前、面接に来た求職者に対してグリー社員が、「任天堂の倒し方、知らないでしょ?オレらはもう知ってますよ」という言葉を口にしたという噂が流れました。当時、任天堂はやや落ち込み気味であったのに対しグリーと同じ携帯ゲーム事業で勢いのあったDeNA(多分、大和選手がここに移籍したから浮かんだんだろう)は家庭用ゲーム機を尻目に業績を伸ばしており、どこか慢心めいた上記の言葉も「いかにも言いそうだなぁ」と恐らく私以外の人も受け取ったのではないかと思います。

 この発言についてつい最近、任天堂ゲーム機へのゲームソフト供給を発表したグリーの社長が「根も葉もない噂で事実ではない」と、実に数年越しでようやく否定をしたのが上記のリンク記事内容です。何故これまで一切否定してこなかったのかという理由についてこの社長は、「事実ではなく根拠もないのだから否定するまでもなく放っておけばいい」と考えたためだったと話し、その上で任天堂に対してはかねてから敬意を持っていたとヨイショをしています。
 ただ私個人の推測で言わせてもらうと、多分この発言は本当にあったのではないかという気がしてなりません。当時のグリーとDeNAの勢いは本当にすさまじく、何も任天堂の名前が出なくても家庭用ゲームはもうオワコンでこれからは携帯ゲームだという発言はあちこちで聞かれ、傍目にもその慢心ぶりは目に余っていました。また社長は任天堂には敬意を持っていたと言いはするものの、この噂のもう一方の当事者はほかならぬ任天堂であり、敬意を持つ相手だというのならなおさらこんな失礼極まりない発言内容をこれまで否定しなかったのかと思え、やや腑に落ちません。

 もっともこうした議論は水掛け論になりますし今更どうこう言うのも意味ないと思うのですが、このグリーという会社と上記の噂を見ていてかねがね、「そう長くはない会社だろう」と密かに見ていました。その根拠というのも私の経験則から言って、広報が未熟な会社はほぼ確実にガバナンスが弱く、リスク管理が甘いという特徴を持つ傾向があるからです。

 それほど自慢できるほどやっていたわけではありませんが記者時代にはしょっちゅうあちこちの企業へ私は電話取材をかけており(今もたまに)、その際にはやはり各会社で広報担当者の優劣がはっきり出ました。大企業であればしっかりしているというわけではなく、どちらかというと企業の存続年数にその実力は比例する所があり、たとえば三井や三菱グループといった財閥系だとどこも安定感が抜群で且つ記者が聞こうとする情報を確実かつ丁寧に説明してくれることが多かったです。
 その真逆とも言えるのがIT系企業で、メディア各社へ配信するプレスリリース文からして意味不明な暗号文となることが多いこともさることながら、電話で話を聞いてもこっちの取材意図もきちんと把握しなければ説明も業界専門用語をためらわずに口にするなど意味不明で、あと単純にチャラい奴も多かったです。唯一の例外は何気にDeNAで、比較的複雑な内容を穏やかな口調で且つ丁寧に説明する広報担当者がおり、「携帯ゲーム事業は駄目になるかもしれないがこの会社は今後も残っていくだろう」と直感的に感じました。

 話は戻りますがこうした広報担当者の実力、というか慎重さや危機回避能力は文字通り企業のリスク回避能力に直結しており、むしろ企業のリスク回避能力がどれだけあるのかによって広報担当者の実力も変わってくるように思います。先ほどのグリーの噂の件も、普通の感覚をした企業であればイメージダウンにつながりかねない内容なだけにすぐさま「そのような発言の事実はありません」と発信すべき内容なのですが、実に数年間に渡って彼らは完全に放置してきました。さすがに今回グリー社長もこの点については反省しているとの弁を述べていますが、どうせやるんだったら任天堂へのゲームソフト供給発表時に一緒に出した方がより払拭できたと思え、やはりこの会社は未だに広報のレベルというか感覚が鈍い気がします。

 何もこのグリー以外にも広報ミスで失敗した会社は数知れず、障碍者差別とも受け取られた東横インの社長会見や「おごり高ぶり言語道断」という未だに使われるフレーズを生み出したトンボ鉛筆などありますが、やはりこうした広報のレベルが低い会社はイメージ戦略の拙さもさることながら、企業内ガバナンスや将来事業への対応などと言ったリスク管理方面でも拙いという傾向がある気がします。さきほどのグリーとDeNAの現在を比較しても見えるものがあるし、そのほか私が取材した会社を見ていても、広報の弱い会社は業務拡大といった攻めの経営にこそ強いものの、業務縮小や再編といった守りの経営に入ると急激に弱くなる所が多かったです。
 こうなるのはどちらかと言えば、「ワンマン経営者の新興企業」という要因の方が主であり、広報の拙さはそれに付随する特徴だとみるべきかもしれませんが、企業が今後も安定的に成長を続けるかどうか、降りかかるリスクに機敏に対応できるかは、広報の姿勢や発信ぶりを見ればある程度は見極めるということを一つのテクニックとして紹介しておこうと思いました。

2018年3月11日日曜日

日本の転職で一致が要求される三条件

 先週日本へ一時帰国した際に会った友人がIT業界関係者ということもあって、ちょうどこの方面について取材している最中だったことからあれこれ話を聞いてきました。昨日書いたコメントで少しその時の話を書いていますが、最近システム発注側の企業におけるシステム管理者の質が極端に落ちており、仕様書やマニュアルに書いてあったりすぐ考えればわかるような内容ですら受注側にいちいち聞いてくることが増えたと話していました。

「35歳限界説」の定説希薄に 転職成功者の年齢、10年前より3歳上昇(SankeiBiz)

 そうした話をしていたところラブストーリーは突然にというくらいに急に転職市場の話となり、ちょうど出たばかりの上のニュースについて互いに言及し合いました。このニュース記事内容の真偽について確認したところ確かに以前と比べて年齢に関するくくりというか仕切りは日本の転職市場で薄くなってきていると友人が話し、その後出てきた「そもそも何故年齢でくくるのか?」という論点について二人とも即座に、「終身雇用制により年齢と給与がセットで結びつけられているからだ」という解を出しました。
 自分から意見はあまり出すことはないけど基本優秀な友人なので、かなり久しぶりなくらいハイテンポな会話をこの日は楽しめました。

 話は戻り先ほどの解を導き出した後で咄嗟に私は、「そもそも、日本の転職市場は条件が多いというより、条件すべての一致が求められるのでは?」と言って、「それはあるな」とまた即座に友人も私の言いたいことを理解していました。ぶっちゃけ理解速度や反応速度でいえば私よりこの友人の方が上でしょう。
 ここで私が言おうとしたこととは、日本の転職市場では雇用側は求職者に対して概ね三つの条件の一致を求める傾向があるということです。その三つの条件とは、経歴、年齢、給与の三つで、このうち経歴に関しては学歴、職歴、業務年数、役職経歴、勤続年数諸々を含みます。何が言いたいのかというと、日系企業はこの三つの条件を個別に審査するのではなく、三つの条件が各段階で全部一致するよう求めてくる傾向があるということです。

 例を挙げて説明すると、ある会社で課長級のポストが空いて募集することとなったとします。その会社における他部署の課長は40歳前後で且つ年収は500万円だったとすると、恐らく募集要項としては「40歳までの管理職経験のある人、年棒500万円」となるでしょう。
 この募集に対し、年棒は500万円でいいという45歳の管理職経験のある人が応募してきたら「ちょっと年齢が……」と言って落とし、一方40歳で且つ管理職経験はあるけど年棒は600万円欲しいという人が応募してきたら「ちょっと給与が……」と言って落とし、35歳で管理職経験はないけど年棒は400万円でいいという人が応募してきたら、「ちょっと経歴が……」と言って落としてくるのではないかと私は思え、友人も「年齢に関しては条件が緩くなりつつあるけど多分そうなる」と同意しました。

 逆にと言っては何ですが、30歳で果てしなく高い能力を持ちながら実績もあり、年棒も400万円でいいという人が上記の会社に応募したとしても、まず間違いなく「ちょっと年齢が……」と言って確実に落とされるでしょう。また仮にその高い実績を見込んで採用される場合も課長ではなく平社員として採用され、中間管理職でこそ発揮される彼の高いスキルは発揮されないでしょう。自分で書いてて非常におかしなこと書いている気がしますが、真面目にこうした現況を日系企業で目にすることが多いです。

 何故こうしたことが起きるのかというと、まず第一に採用段階で日系企業は「能力」については何も要求もしなければ審査もせず、見る点としては業務経験など経歴だけだからです。もっともこれは初対面の相手の能力を測るのは難しい点もあり、いくらか仕方のない点ではあると私も考えます。
 次の第二の問題点ですが、日系企業では給与と経歴(ポスト)と年齢がほぼ完全に紐づいており、どれか一つでも一致しなければ不適合者として取り扱う傾向があると私は見ています。先ほどの例の「40歳前後で課長で年棒は約500万円」のように、各会社で基準は異なりますがこうした三条件が相互に一致し合ってなければ、担当業務を出来る出来ないかに関わらず転職応募者を採用しない傾向があるように見えます。

 恐らく上記の私の主張を日本人は潜在的には意識しながら表層的には意識していない気がします。「年齢を基準とした雇用体制」という点については理解しながらも、その年齢に給与とポストが紐づいていて転職市場においては逸脱は決して許さないという事実については気が付いてないのではないかと思います。
 しかし結論から言うと、こうした日本の転職市場における慣習はほとんどメリットがないのに対してデメリットは盛りだくさんです。

デメリット1、優秀な人材の流出
 先ほどの例でも出ましたが、どれだけ能力が高く実績がある人物であっても年齢によって「まだ若いから管理職はダメ」と言って蹴られることがあります。これは三条件一致に反するということもありますが、それ以上に自分より年齢の低い人間の部下にはなりたくないという心情的理由もあります。
 また管理職でなくても、年齢に対して求める給与が高くてもまず弾かれるでしょう。スペック的にはその求める高い給与に見合うとしても「こんな若造に……」といったり、他の同年齢の従業員と差ができてしまうなどを気にして採用することはまずないでしょう。その結果、野心ある能力の高い人材はどうするかというと、やはりこの方面で融通が利く外資系とか外国へと行くことになるのではないでしょうか。

デメリット2、問題ある人材をゲット!
 多分この点については日本人は誰も気が付いてないと思いますが、上記の三条件が完全に一致する人材は果たしてその企業が求める人材なのでしょうか。はっきり言えばその可能性は高いか低いかでいえば低いように私は思え、というのも、経歴と年齢と給与の三条件がきちんと備わっていて且つ能力の高い人物が果たして転職などするでしょうか。普通に考えて、そんな日本社会において非常に好ましい条件にある人物はわざわざ転職などせずに、元々いる会社で順調に出世しながら働き続けるように私は思います。
 中には人間関係や出世競争、家庭の事情や給与アップ等の理由からそういう人であっても転職せざるを得ない人もいるでしょうが、能力を度外視するとして、経歴と年齢と給与の三条件が一致しながら転職しようとする人物というのは、何か他のところで問題を抱えているから会社を離れざるを得ない人物であることが少なからずある気がします。実際に私も、目も眩む大企業でそこそこのポストで働いていたという上記三条件の一致する転職者を見ましたが、「前の会社にいられなくなったから転職してきたんだな」という感想を覚えました。

 最後に何故こういう雇用、非雇用側のどっちも得しない悲しい出来事が起こるのかという原因について述べると、まず給与が能力ではなく年齢に結びついていること、次に各年齢ごとに給与テーブルが定まっていてそこからの逸脱が許されないのと、上司と部下の関係に年齢の逆転を認めないという慣行が日系企業にあるためだと思います。
 ある意味ここで書いた内容に気が付いたのは、中国の雇用慣行に私が慣れてきたからでしょう。中国の場合は初任給の時点でも企業や業務内容によって大きく差が出て、また転職市場も年齢が若い方が有利というのは事実ながら、年齢が高くても一営業プレイヤーとして優秀であれば若い管理職の人間の下でも生き生きと働く人もおり、また給与も職階や年齢に関係なくまちまちです。でどっちかといえば、そりゃ中国の雇用慣行の方が合理的だろうなというのが私の結論です。

2018年3月10日土曜日

千葉のマッドシティ~閉じゆく松戸伊勢丹……


 先週末に日本へ一時帰国した際、今月21日(水)に閉店する予定となっている松戸伊勢丹にも足を運んできました。シャレ抜きでこの松戸伊勢丹は自分が物心ついたころからこの場所に存在し、うちのおとんとおかんにもつれられてきては迷子になった因縁の地でもあります。
 もっとも私が本格的にここを利用するようになったのは成人してからで、新聞社辞めて日本に一旦帰国していた際は松戸駅前に住み、よく会社帰りの夕食や買い物、そして休日のショッピングなどでよく使うようになりました。


 特にここで購入していたもので多かったのは密かに趣味としている陶器の購入で、今回も中国からナップザック一つで一時帰国するという軽装ながら、閉店セールで安かったということもあるので上の二品を購入してきました。左の茶碗はこのサイズのものを上海で持っていなかったこともあり、大口でお茶をガバーって飲むのに早速大活躍しています。右のマグカップは飲み口の色合いもさることながら、スプーンなどで叩いた際の「キーン」という音が素晴らしくきれいで、こんないいものをどちらも各1200円で買ってしまっていいものかといろいろ悩むくらいの出来栄えです。

 このほか今回松戸伊勢丹では3000円のベルト、あと意外に中国だとなかなかいいものに巡り合えない肌着を購入しましたが、さすがに閉店セールの日曜日とあって来客は多く、最後とはいえ賑わっている松戸伊勢丹を見て少しうれしかったです。
 正直に言って、この閉店セールが始まるまでの松戸伊勢丹はお世辞にも流行ってたわけでなく、土日に来ても地下一階の総菜コーナー、そして上の階にあるジュンク堂書店以外は閑散としており、撤退の方を聞いても経営判断的には当然だろうと私も思いました。何気に知人も、「あまりにも客少ないから、松戸伊勢丹の存在自体が伊勢丹のブランドを落としている」と割とひでぇことまで言ってました(´;ω;`)ウッ…

 しかしこれまで松戸の中心且つ象徴、そして松戸駅前からはやや歩くけど松戸ハローワークの隣という妙な立地にあったこの店がなくなるということは、私自身としてはそれなりにショックなものです。なお一部報道でもあるように伊勢丹周辺、具体的には松戸駅から伊勢丹に至るまでの通りは近年整備されてきており、非常にこぎれいな店が集まるなど歩いててそれなりに楽しく思える通りになっています。カレー屋のおじさんによると、「あそこが松戸市内で一番地価が高い」そうです。

 松戸伊勢丹の閉店後はどうなるのか滞在中に顔見知りの地元商工関係者に話を聞きましたが、以前はドン・キホーテが来るという噂があったもののそれはなくなり、はっきり言って未知数だと答える人が多かったです。ただ先ほどのカレー屋のおじさんによると、「東武が来るという噂がある」とのことで、また来るとしても建物の全フロアではなく一部だけを使用するに留まるという観測を教えてくれました。その上で他の階には別のテナントが入るのではとも予想しています。
 ただ閉店後にすぐに入居するわけではなく、建物は閉店から六ヶ月かけてあれこれ工事しなおすそうです。主に耐震補強工事がメインとなるそうで、フロア数を減らすかどうかも含めて具体的なことはまだ誰も知っていませんでした。

松戸北部市場開発プロジェクト開始について(住友商事)

 こうしていなくなるお店がある一方、上記リリースの通り住友商事が新たなショッピングモールを作る計画を昨年打ち出し、ついに映画館がまた松戸市にまたできそうです。
 ただ建設予定地の八ヶ崎って最寄り駅(馬橋駅)から結構離れている上に激しい坂道のある所なんだけど、その辺問題ないのかな。なお日本にいた頃の私はこの辺りを、「激しい坂道のアップダウンを如何に軽快且つ豪快に走るか」というテーマで公道最速理論(自転車版)をよく構築していました。

 話は戻りますが、松戸市の地元商工関係者もこのショッピングモールの話を切り出すことが多く、「いい方向に変わればいいんだけど」等と話していました。というのも松戸市周辺の吉川市、三郷市、流山市などには2000年代後半から大型ショッピングモールが次々と出来て人口が移動していく中、松戸市だけはそうした施設が出来ずにギリギリな伊勢丹だけしかなかったからです。で以って人口も減り続けており、尚且つ高齢化も激しいことから、「この際人口は無理に増えなくていいから、若い世帯の割合が増えてほしい」と話す人もいました。

「松戸手当」って何?  保育士への待遇がTwitterで評判(ハフィントンポスト)
松戸市の保育士確保に関する取組み(松戸市)

 行政側も若い世帯の人口割合を増やそうとしているのか、つい先月に全国ニュースにもなった上記の「松戸手当」というややダサさ感じさせるネーミングの保育士手当を打ち出しました。この政策に対する世間の評判は悪くなく、上のハフィントンポストをはじめ好意的に報じるメディアも多く、私と松戸市出身の冷凍たこやき好きの友人もニュースが出るや、「松戸が動き出したぞ( ・∀・)ノ」と互いに興奮気味に語り合ったほどです。
 この制度についてもすこし地元の人と話しましたが、あくまで伝聞ベースですが実は松戸市は現在待機児童がゼロで、むしろ保育所のキャパが余っている状態だそうです。この制度も保育士の流出阻止という面もありますがそれ以上に、「子育てにやさしい街」としてアピールして若い世帯の転入を促すという目的の方が強いと伺いました。もちろんそうした目的であっても、全国ニュースで出たくらいなのだからその効果はばっちりだと私も思います。

 ……なんだか途中から伊勢丹の話が消え失せましたが、散々マッドシティネタで記事書いてきたものの今回の一時帰国を経て、「俺って松戸市のこと好きだったのかな……」と初めて思いました。ぶっちゃけそれまで変に過去の記憶だけは十分にある街という印象だったのですが、今回の伊勢丹撤退を受け自分が思っている以上にショックを受けており、「この痛みは何なんだ……」的に松戸に対する感情に気が付きました。
 仮に私が将来隠棲するとしたら第一候補は奈良県奈良市であることに変わりはありませんが、もし関東に拠点を置くとしたらやっぱりこの松戸市になるのかなと思います。何気に今まで明言してきませんでしたが実はそもそも生まれ育ったのは松戸市ではなく隣の流山市だったりしますが、あんまここには愛着がないというか、市民会館へ行くまでの幅広な上り坂以外は魅力のない街だと内心考えています。そもそも地元縁自体ほとんどないし。

 逆に松戸市は、実際住んだのは約半年程度であったもののその間に今回話を聞いた地元商工関係者やインド人とかロシア人などと顔見知りがたくさんできたこともあり、今は非常に愛着を感じています。なお今回の一時帰国では松戸駅前の漫画喫茶に一泊、二日目は北松戸駅前のルートインに泊まりましたが、ここのルートインは駅前ながら閑静でかつ部屋の設備も整ってて非常に気に入ったのでまた使おうかと考えています。唯一残念というか心残りだったのは、北松戸駅前の洋菓子店で悩んだ挙句「ひなまつりショートケーキ」ではなく普通の「ショートケーキ」を買って食べたことで、やっぱりひなまつりショートを食べれば良かったなと今でも後悔しています。

2018年3月9日金曜日

急転直下の森友文書問題について

 昨夜酔っぱらったまま、「この問題をうやむやにするには最低二人の生贄が必要」みたいなこと書いてたら、既に一昨日の時点で一人出ていたという報道が出てちょっとびっくりしました。もっともまだ一人足りないのですが。

佐川国税庁長官が辞任 森友疑惑でキーマン自殺「数日前に姿見たのに…」財務省に激震 安倍政権崩壊も(週刊朝日)

 果たしてそのもう一人の生贄となるのか未知数ですが、かねてよりこの森友問題の交渉や決裁過程について国会で証言し、その矛盾が指摘されていた佐川国税庁長官が今日突然辞任となりました。この件について上の週刊朝日の記事が過程などを非常によくまとめているように思えるのでリンクしましたが、やはり本体の朝日新聞がそもそものスクープを拾ってきただけによく書けてます。
 辞任理由として佐川氏自身は混乱を引き起こした決裁自体が理由と述べていますが、それもある意味正しいものの、実際には更迭というか口封じでしょう。そもそも彼の国税庁長官への昇進自体、国会での証人喚問で政権に有利となるよう口をつぐんだことへの政権からの見返りとしか思えず、その忠誠心を買われて今回も尻尾切りにあったとみるべきでしょう。

 なんか一部ネットでは今回の件も朝日新聞の捏造だと言っている連中も見られますが、そうした発言は自らの愚かさをただ明らかにしているだけでしょう。というのも佐川氏は国会で森友学園との土地売却協議において価格交渉は行っていないと発言したにもかかわらず、その後はっきりと値段に言及する交渉を録音した音声が出ており、この時点で偽証罪は成立します。またそれ以外の発言も子供でも分かるくらいに大いに矛盾があり、にもかかわらずその直後に国税庁長官に栄転となったのは政府の意向に沿ったからという理由以外に考えられず、逆を言えば、政府としては口をつぐんでもらう必要性があったことを間接的に証明しています。
 では何故政府としては口をつぐんで闇に葬ってもらいたかったのかと言えば、やっぱり私としては安倍政権もしくは安倍昭恵夫人が公権力を使って必要なプロセスを捻じ曲げていたからとしか思えず、文書改竄を巡る議論を見ていてもその必死さからみてそうだったのだろうと推測しています。アッキード事件とは言ったものですが、後世にそのようにして語り継がれるかもしれません

 一連の朝日の報道に昨日夕方から今朝にかけて毎日新聞も追っかけ報道を行っており、具体的には改竄によって具体的にどの項目が削除されたのかについて報じ、朝日も足並みをそろえるようにこうした点について言及するようになりました。
 なお一部の人間が朝日が改竄が行われたという証拠を出さないことだけをみて今回の疑惑は捏造だと主張していますが、私の推測で述べると、朝日としては財務省が「決裁文書はただ一つで、複数存在することはない」とはっきりと主張したところで、「それは事実と異なる」といって出すつもりなのではないかと考えています。逆を言えばその前に複数の文書を公開してしまうと、あとで適当な理由を付けてうやむやにされる恐れがあるからで、そうした可能性を考えると現在の朝日の対応は理に適っているように見えます。

財務省、自民党に決裁後の文書書き換えを否定 朝日「契約当時の文書」の行方は(産経新聞)

 その一部の人間と呼べるのが上の産経新聞で、ぶっちゃけあり得ない妄想をして、毎日とは対照的に朝日の報道は眉唾だと書いてて、「よくこんな記事を平気で出せるな」とある意味その勇気に感心しました。読んでもらえばわかりますが、何かしら裏付け取材をした後が全く見えず、非常に機微な問題にもかかわらずインタビュー相手の主張をそのまま垂れ流しているだけです。政権よりの主張をするのは別に勝手ですが、事実と虚実のどちらが大事なのか、真実の裏付け作業をどう考えているのかと疑問に感じる記事です。

 昨日にもすこし書きましたが、言っては何ですが当初この問題は国有資産の不適当な売却プロセスに過ぎず、それほど大した問題ではありませんでした。しかしその後の不適切な開示と隠蔽過程、あらゆる捜査への抵抗、そしてそうした工作への政権の関与を考えると、公権力の横領という巨大な問題にまで政権自ら発展せしめたと思うところがあります。仮に最初の問題発覚時に即座に不適切な売却プロセスがあったことを認め持ってる資料を全部公開していたら、ここまで大ごとにはならなかったでしょう。ましてや資料を改竄するなど正気の沙汰とは思えません。

 言い過ぎと感じる人がいることを承知で言えば、これだけのことをしでかしたのだから最低でも財務大臣の辞任、場合によっては内閣総辞職も仕方がないと私は考えています。逆にそれくらいの責任を取らなければ未来に悪影響を残す前例となりかねず、折角一人死んでくれたんだから生きている人間も頑張って責任を取るべきでしょう。

2018年3月8日木曜日

森友文書問題について

 友人と酒飲んでフラフラなのですぐ終わる政治記事として、今ホットな森友文書問題について見解を書きます。

 概要については説明を省きますが、何らかの回答をするとか言いながら財務省は今日、元々公開済みのコピーしか出してきませんでした。それでいて文書の書き換えはなかったとは明言せず、また朝日新聞が指摘する別の文書があることについてもダンマリしたままです。この状況、つまり朝日の指摘をこれほどまでに否定できないということは、現実に別文書は存在すると考えてほぼ間違いないでしょう。
 その上で、財務省が否定しようとしないのと、朝日新聞の報道姿勢から見て、恐らく朝日は改ざんが行われたという確実な証拠も既に握っているのではないかとも思えます。だからこそ財務省も知らぬ存ぜぬができず、もはや時間稼ぎとしか見えない無意味な引き延ばしで国会を空転させているのでしょうし、朝日側も報道の仕方には含みが感じられます。現時点でも十分なレベルですが、また大したスクープを拾ったものだと今回の朝日の報道には非常に感心します。

 今後に関してですが、もう文書の書き換えの有無はもう勝負ありだと思うので、これから議論すべきは誰が書き換えを指示し、誰がそれを実行し、誰がそれを隠蔽しようとしているのかの犯人捜しだと思います。私自身、最低でも二人くらい首を吊ってもらわないと私自身到底納得できません。
 恐らく財務省もそれが分かっているからこそ頑なに口をつぐんでいるのだと思います。内容や指示系統によっては野党が言っているように内閣総辞職もあり得るほどの問題行動なだけに、省内の人間が処分されることは免れようがありません。官僚が必死になるのは身内を庇う時だと私は考えていますが、まさに今回がその時なのでしょう。

 もう一つの議論としては、今挙げた指示系統です。果たして、この書き換えは財務省が忖度して自ら行ったのか、それとも官邸が指示して行われたのかで、後者だった場合は最悪内閣総辞職、指定でも麻生財務大臣は責任を取って辞めるべきだと私は考えます。後世の歴史にも影響を及ぼす重要な記録証拠であり、また権力の暴走抑止においても公文書の書き換えは決して許してはならず、なぁなぁで済ませては絶対にならない問題です。真面目に関わった人間は見せしめとして死刑にかけても惜しくないと思える行為でなだけに、相応の人物が責任を取るべきでしょう。

 最後にこれは邪推ですが、仮に財務省が忖度して自ら書き換えを行ったとすると、何故忖度を行ったのかを考える必要があります。結論から言えば、それほどまでに安倍昭恵夫人がこの森友問題にコミットしていたと思わせられる状況であり、案外韓国の朴槿恵前大統領の事件を笑えない内容だったのかもしれません。
 それだけに、普段から朝日を公然と批判する安倍首相に、公権力の暴走抑止の観点から見て今回の朝日の報道についてどう思うか聞いてみたいものです。野党もそういうこと聞いてくれれば頼もしいし、「読売新聞熟読してもわからないんだけど」などと皮肉の一つでも言ってほしいものです。

2018年3月6日火曜日

クソ映画ハンター

 先日の日本帰国の際に大学時代の友人と久々に再会してきたのですが、再会するなり私はこんなことを言いました。

花園「中国にいるときも君のことをよう思い出しとった。クソ映画が好きやったなーって」
友人「ふっ、『進撃の巨人』もちゃんと見たで。映画館でな+.(-ω-´)」

 何故か知りませんが、この友人は昔から「クソだ」と言われている映画ほどやたら見ようとする傾向があり、映画「ファイナルファンタジー」と「デビルマン」の両方を見た人間は私の周りだと彼以外いません。特に前者に至っては、奈良のド田舎(橿原市)出身の癖にきちんと映画館で見たというほどの強者でした。
 今回会ったのはかなり久しぶりでしたが、上記の「進撃の巨人」を見たという事実からもそのクソ映画好きは未だに変わりないようでした。ちなみに「デビルマン」は私が「クソらしいよ」と言ったことがきっかけで見ようと決心したそうです。そしてみた後の感想は、「もうあれはね、映画というかね、なんていうかね、表現できないわ……」でした。

 ただこうしてネタにしながらも、クソ映画を追おうとする彼の気持ちも全く理解できないわけでもありません。やはり「クソだ」と言われると、「どれだけクソなのだろうか」とまるで危険な香りをかいでみたいような興味を覚えることは私にもあり、他の方もいくらか同じような経験があることだと思います。これは映画に限らずゲームでもよく「負の吸引力」だとか「負のオーラ」と呼ばれますが、大抵吸い寄せられて実際にプレイすると後悔すること間違いなしです。
 なお上記のクソ映画はんたーの友人はクソゲーにも並々ならぬ興味を持っており、学生時代はよく「たけしの挑戦状」について言及することが多かったです。

 話は戻りますがクソ映画について長所を述べると、同じクソ映画を見たもの同士だと如何にその作品がクソだったのかで話が激しく盛り上がることが多いです。なんていうか同じ苦しい戦場を生き抜いた戦友めいた感情が芽生えるので、異性同士のデートでも経たら恋愛映画見るよりクソ映画を一緒に見た方が絆がずっと深まるのではないかと私は真剣に考えています。
 あとこれは最近発見した事実ですが、クソ映画をどこで見たのかと聞くと「飛行機の中」と答える人が案外多いです。というのも長時間のフライトだと暇でしょうがなく、クソ映画だと途中でわかっていても何故か最後まで見てしまうことが多いようで、飛行機はクソ映画の普及に大きく貢献していると密かに睨んでいます。

 最後に、友人ほどではないですが私が見たクソ映画をいくつか紹介します。

コンゴ
 「何故彼らはこの映画を作ったのだろう?」という哲学めいた疑問を覚えた一作。ある演劇で「どうしても笑顔になれない作品」と役者が言ったのを見てひとり深くうなずいていました。

ガッチャマン
 開始30分で限界でした。あれ以上見ていたら精神に変調をきたす恐れがあったでしょう。

プロメテウス
 ブルーマンっぽい青い肌したオッサンが大暴れすることしか覚えていません。

スリーピー・ホロウ
 ジョニー・デップ出てるけど、なんか脚本がかなり破綻しているような印象しかありません。

2018年3月5日月曜日

社会的セーフティネットとしての漫画喫茶

 また例によって先週末は日本に密入国してましたが、帰りに空港の航空会社カウンター前で並んでいたらアンケートに答えてほしいと言われたので対応しました。

( ・∀・)<今回、中国に行く目的は?
(´・ω・`)<目的というか、中国に常住しているからむしろこれが帰国。
( ・∀・)<日本ではどこに滞在したのですか?
(´・ω・`)<千葉県のマッドシティ(松戸市)です。
( ・∀・)<滞在先がマッドシティなのは実家などがあるからでしょうか?
(´・ω・`)<いや、いつも宿泊する漫画喫茶があるから……。
(;゚;ж;゚; )ブッ(マジこんな顔された)

 上記の通り、例によってまた今回も漫画喫茶を宿泊に使ったのですが、これまでの宿泊ではリクライニング、フラットシートを経験していましたが、今回はカウチしかなく仕方なくこちらのボックスに入ったところめちゃくちゃよかったです。狭いボックスながら背もたれを挙げればソファに、倒せばフラットなシートに変わるカウチが置かれてあり、寝心地も非常に良かったです。むしろいびきによる妨害がない分、名古屋に左遷された親父の家で寝るのよりずっとよく眠れました。
 っていうか、あのカウチ売っているならぜひ買いたい……。

 知ってる人には早いですが私はこれまでにも何度も漫画喫茶を宿泊先として使用しており、今回も慣れたものであらかじめ手ぬぐいと中国のホテルにアメニティとして置かれていたちっちゃいシャンプーとボディソープを持ってきており、漫画喫茶内のシャワールームで優雅に入浴も済ませました。シャワーを借りる際に店員からは、「なにか必要な道具はないでしょうか?」とメニューを見せられましたが、「もう何度も泊まってるから準備万端だよ(^ω^)」と、上級者(=ネットカフェ難民)のように振舞って見せました。

 なお料金については12時間の滞在で確か1750円。この間、もちろん携帯電話などは充電が可能で、先ほど書いたようにシャワーも浴びられ、ドライヤーや毛布も無料で借りれます。またシャンプーや石鹸はさすがに無料ではないものの店内で購入でき、かつて購入した手ぬぐいは60円でした。
 普通、銭湯施設などではこういうアメニティに結構高めな料金を設定することが多いですが、パッと料金表を見た限りだと上記の手ぬぐいのようにお手ごろな料金に抑えられていました。こうした配慮は非常に助かる上に、頼めば500円くらいでカレーなどの食事もルームサービスしてくれます。

 無駄に長く書いてもしょうがないので書きたいことをもう書いちゃうと、なんか日本は民泊をどう認めるかとか、許可とかどうするのかあれこれ騒いでいますが、現実にはもう漫画喫茶は宿泊施設としての役割を果たしています。旅行で漫画喫茶を宿泊施設として頻繁に利用する人間は私に限らず多く、またネットカフェ難民のように常住する人ももはや珍しくありません。
 これは今回つかった漫画喫茶ではありませんが、以前使ったある店ではトイレ内に、「住民票登録をお手伝いします」という張り紙が貼られてあり、漫画喫茶を一時居住先として住所登録を受け付けるサービスを展開している店もありました。実際にその立場に立ったわけじゃないですが、求職しようにも住所がなくて苦労している方などにとってこうした配慮は非常に助かるだろうと思え、本来は行政が担うべき社会的セーフティネットを漫画喫茶が果たしているようにも感じました。それも比較的良心的な金額で。

 こうした事実は既に一部で報道されているため今更的な話ですが、敢えてそこから踏み込んで言うと、もっとこうした漫画喫茶の宿泊機能を日本は活用するべきだと思います。それこそ東京五輪における宿の問題に関して、騒いではならない等の注意事項を周知した上で外国人も気軽に且つ公に予約や宿泊できるように整備し、運営会社を跨ぐ予約管理システムみたいなものをこの際作った方がいいでしょう。
 また仕事を探そうにも住所がなくて困っている人たち向け、というよりそうした長期利用者たちに特化した漫画喫茶をこの際整備した上で行政も支援して、社会復帰支援施設としての役割も強化した方が下手な公的施設や団体を使うよりもずっと安上がりになる気もします。何せ現在の漫画喫茶は一般の市場競争の中で比較的安い金額で、現在運営されており、費用対効果の面では高いポテンシャルを持っていると思えるからです。

 以上のような考えは以前から持っており、民泊議論が起こり始めた際には「現実に正式な旅館業資格を持たない漫画喫茶が宿泊施設として機能しているのに何をいまさら……」と思っていましたが、現在においてもあれこれ民泊で騒いでいるのを見るとなんかいろいろとやるせなくなってきます。その上で、よく漫画喫茶はあの価格設定でこうして営業を続けられるものだとビジネス面でのからくりも気になっていたりします。

  おまけ
 宿泊中、「いぬやしき」全巻を号泣しながら読んでました。