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2017年12月31日日曜日

2017年の所感

 別に恒例企画というわけではありませんが、年末ということもあるので今年1年をまた項目別に振り替えようと思います。

・一番ハマったゲーム:討鬼伝極
・今年からはまったもの:アイマス

 ゲームに関しては文句なしに「討鬼伝極」が、中古で980円で買った割に長い時間かけて遊びました。今現在「討鬼伝2」をやっていますが、つまらなくはないもののやはり1と比べるとキャラの魅力やストーリーの盛り上がりで物足りなさを感じる上、モンハンなどと同じく「完全版商法」なためゲームに不完全要素が多いにもかかわらず未だ完全版の続編が出ていない点と言い、前作を超えてはいません。
 2番目のアイマスとは、知ってる人には早いですが「IDOLM@STER」です。私はこのゲームというかプロジェクトについて稼働当初の「とかちつくちて」は知ってはいたもののそれ以上深みにはまることなくここまで来ましたが、ある日「F-18ホーネット」をベースにしたカスタム機体「まほーねっと」の機首に「神」と書かれているということを知り、「何それかっこいい!」と思ってその由来とか調べ始めたこときっかけにのめり込みました。軽い所感を述べると、メーカー側とファン側の双方によって育て上げたプロジェクトだと思え、両社から強く愛されているとともにメーカー側のファン対応の高さに感心しました。
 なお日本のダークファンタジー漫画の金字塔たる「ベルセルク」の作者である三浦建太郎氏のウィキペディアの記事内では、「アイマスでは千早推し。休載の際にXbox360ごとゲームを買った」という事実が記載されてます。

・今年のベスト記事:EV時代を前に、中国が世界の「車載電池」工場に

 今年は何度も深刻な体調不良からブログ記事の投稿が滞った一方、コラムを連載しているJBpress内ではありえないくらい取材した記事をそこそこ出せたと思います。中でも上記の車載電池市場について取り扱った内容は後日に日系関係者にも関係しましたが、この記事の後追いをしたことを認めていました。
 非常に重要度の高い市場なら誰も取り扱わなかった内容なだけに我ならいち早く手を付けられたと思うと同時に、この記事の中では日系の電池メーカーがどのような種類のリチウムイオン電池をこさえているかもまとめてあるため、自分でも完成度の高い記事であると感じます。どちらかというとアクセス数より、業界関係者に高く評価してもらえたことの方が感じるところが多いです。

・ブログ内ベスト記事:日本料理の歴史は何百年?

 コメント欄の議論が非常に白熱したとの、割と自分でも面白い問いかけをしたので上の記事が一番気に入っています。「日本料理が世界でブームだ」などと書き立てる記事は非常に多いですが、「日本料理とは何ぞや?」というメタな問いかけは意外と少なく、「醤油の味付けが基本ベース」である一方、それ以外の独特な調理法についていろいろコメントで指摘してもらえたのがうれしかったです。

 これ以外特に書くこととか決めていませんでしたが、来年についてはJBpressで歴史系の記事を意識的に増やしていこうかなと考えています。元々、経済記事が専門かと言ったら果たしてそうなのかというところがあり、むしろ自分の知識と文章力を最大限に活かすのであれば歴史記事なのかもなぁという漠然な考え方からですが、経済記事は中身がよくなればなるにつれてアクセス数が落ちると思う面があり、この点で歴史記事はどうなのかなというのを確かめてみようと思います。
 あと来年度の目標としては、今年は特に決めておらず、去年は思い上がらないことしていましたが、来年はより具体的に「会社を辞めない」かなと今考えています。別に今何か会社ともめてたり不満があるわけじゃないですが、今の今まで2年半以上同じ会社に在籍したことが一度もなく、最長記録をとりあえず更新しようという程度の考えです。っていうか今借りている上海の部屋も来年1年住めば満3年になりますが、会社同様に同じ部屋に2年以上住むということはこの10年近くでほぼなかったため、こちらでも記録更新となるか問われるところでしょう。

 なおこれまで2年以上同じ部屋に住むことがほぼなかったため、引っ越し回数があまりにも多いことから家具とかほとんど購入してきませんでした。今の部屋は割と続くのかなと思い始めた今年下半期から家具を段々増やし、今座っている椅子など買うようになりました。今一番悩んでいるのは上海高島屋で売っている蒔絵箱で、ほしいけど活用方法がうまく見つからず、もうコレクションと割り切って買ってしまおうかとも考え始めています。

2017年12月30日土曜日

アイドル会計論 その一、資産種類

 ある日勤務中、「アイドル育成時のレッスン料などを設備投資や研究開発投資みたく償却できないのかな?」とふと思い、アイドルを資産と見立てた会計論が気になって仕方なくなりました。

 私がここで説明するまでもなく、巷間のアイドルというのは渋谷でスカウトされていきなり世に出てくるというわけではなく、実際の圧倒的大多数はスカウト後、長きにわたり演技やダンスレッスンを受け、一定の養成がなされた後で売り出されます。ある意味これは投資と言ってもよく、売れるかどうかわからない対象であるアイドルの卵に多額の資金を投資して、いざ実際にデビューしてからその投資資金を回収した上でリターンを得るというビジネスモデルです。
 仮に投資対象がアイドルではなく有形/無形資産であれば、そのキャッシュフローが得られるまでの投資段階にかかった費用は減価償却/償却といって、あらかじめ定めた期間内、実質複数年度にわたって少しずつ計上していくことで、税効果といって納税額を減少、調整させることが出来ます。アイドルも特許などの研究開発資産みたくリターンを得るまでに長い年数が必要になるのではないかと思え、それならば償却を認めるような会計処理があってもいいと思ったわけです。

 そもそもまず、償却を行うというのであればまず資産として認定するか否かが重要になってきます。そこで最初に審議する上で、「アイドルは資産なのか?」という疑問が出てくるわけです。
 資産の定義について細かく書くと非常に細かくなりますが、ごく単純にまとめるなら以下の二点に集約されると私は考えます。

・それ自体が価値を持ち、有償で取引される。
・運用、活用されることによって新たな利益(キャッシュフロー)を生む。

 具体的なイメージとしては農業における土地が分かりやすく、売買可能でありながら、土地を使って栽培することによって農作物という商品が作れ、販売することによって利益を生み出せるといった具合です。
 この定義をアイドルに照らすと、まさに資産じゃんと私は言いたくなりました。移籍金が支払われての事務所の移籍なんか当然あるし、また投資、育成することによって無から有を生むかの如く利益を作っていきます。事務所の観点から見て、アイドルは商品というよりは継続して運用されることから資産の方がより適切でしょう。

 以上のような脈絡のない考えに従ってアイドルは資産だとすると、次にもたげてくる疑問としては「有形資産なのか無形資産なのか?」です。地味だけど非常に重要。

 有形資産とは読んで字の如く実体が存在する資産のことで、先ほどの土地や工作機械といった設備、あと不動産などの建物もこれに属します。一方、無形資産は特許や商標など実体がないものの、所有者や許諾者に運用が独占された上で利益を生み出す資産を指しています。
 バーチャルアイドル(最近減ったな)なんかは実体ないんだから無形資産かもしれませんけど、現実に存在するアイドルはみんなの前で歌ったり踊ったりもすれば、プライベートでスキャンダルを起こしたりすることもあるので、普通に考えれば有形資産で間違いなしでしょう。また工作機械といった設備のように、整形や豊胸などの改造手術によって性能や耐用年数をアップグレードすることも実質可能で、こうした諸条件を考えるとやはり有形資産かなと当初は思いました。

 しかしデビュー後の運用を考えたところ、有形資産で行くという考え方にブレーキがかかりました。実際のアイドルの収益獲得方法を考慮すると、コンサートで歌って踊ってチケット代を稼ぐのなんかは確かに工作機械で製品作るかのような運用に近いと思いますが、実際のアイドルの収入はイメージ販売に負うところの方が多いような気がします。
 具体的にはCMなどのイメージキャラクターやグッズの販売です。これらはアイドル本人がその場にいなくてもどんどん売り上げが上がっていくシステムとなっており、またこうした販売はほぼすべて「イメージの使用許諾契約」を経て実行されるため、商流としては特許や商標の権利使用許諾に近い、というか実質同じものです。
 また「アイドル」という言葉自体が「偶像」という言葉からきており、「イメージを売る」という意味が内包されています。会計的、特に償却などを考える場合は収益の獲得プロセスの方が重視される傾向があり、また工作機械と違ってアイドルは稼働時間によって減価償却できるかと言ったらなんかそれも違うように思え、やはり無形資産のように一定の使用期間にわたって定額法とかで徐々に償却していく方が無難な気がしてきます。

 結論を述べると、どっちかと言えばアイドルは無形資産に属すのではないかと思います。一方、その存在の実体性や投資過程、稼働後の追加投資(豊胸、整形)の観点から言えば有形資産に近く、有形資産的要素も含む無形資産というのが私の見解です。
 なおアイドルが事故などで骨折した際の治療費は、工作機械の故障時の修理費みたいに費用として処理するのかななどと考えた際、「完全にアイドルを物扱いしているな」と自ら自分をツッコミました。

2017年12月28日木曜日

あまり報じられないC919の現状

中国でスマホを紛失したら、どれだけ恐ろしい事態になるか(ダイヤモンド)

 いつもは批判しかしないダイヤモンドの記事ですが、上の記事について決して他人ごとではなく身をつままされる話が書かれてあり、久々に興奮しながら読ませてもらいました。なおヤフコメでは「長すぎてだるい」とか書いている人いましたが、私の記事もよくそういうこと書かれますが感覚としては1000文字超えた時点でもうこの手の人は記事が読めなくなるんじゃないかと思うのと、長い記事読めないならいちいちコメントに書いて恥晒さなくてもいいのにとか考えています。

 さて本題ですが、C919と聞いてすぐに何か想像できる人は相当な中国マニアでしょう。

COMAC C919(Wikipedia)

 C919とは中国の国有というか実質国営企業が生産している中型ジェット旅客機です。日本の三菱重工が開発しているMRJと同クラスの中国製旅客機はARJ21なので、C919は競合機種というわけではないものの、割と順調なその開発ぶりにはどうしても目を奪われます。
 確か先週くらいだったと思いますが、このC919の顧客納入期の2機目が引き渡されたかなんかのニュースが出ていました。言うまでもなくこのC919は既に開発が完了しており、量産段階にも入りつつあります。またその市場規模から中国国内だけでもペイできる代物でしたが、米国市場の型式免許もなんか取れるんじゃないかと最近言われつつあり、仮に実現したらかなり大きな商品に化ける可能性があります。

 私は航空機市場はそんな詳しくないですが、それでも今のMRJの現状は憂慮せざるを得ません。ちょうど2年前にもMRJの現状というか先行きを懸念する記事を書いていますが、当時は開発が進んでいると日系メディアは盛んに報じては明るい見通しばかり書き綴っていたものの、現状においては「本当にこれ完成するのか?」という疑問形に近い報道のが多くなっているような気がします。実際、神戸製鋼や三菱マテリアルの不良品出荷問題などで揺らいでいる上、当初の計画がずるずると何度も延期され続けた上、とうとう注文キャンセルも出ているのだからこれで楽観視する方が頭おかしいでしょう。
 おまけに競合機種を持つエンブラエルがボーイングと統合交渉を始めたとのことで、仮に実現したら世界の航空市場に割って入るのは非常に苦しくなるでしょう。っていうか現時点で、MRJが成功する未来が私の中では描けず、三菱重工は客船でも失敗したばかりでこれからどうなるんだろうかとマジで心配になってきます。

 一方で中国の方は、話して細かいスペックとか故障率などは全く把握していませんが、一応こうやって形にして出しているだけでも十分立派だと思います。MRJの競合機種に当たるARJ21もさっき調べてみたら、今年だけで4機の試験機を作って順調に試験飛行を進めているとのことで、多分さは大分開いているんじゃないかと思います。
 MRJを応援するのはそりゃ日本だから当然でしょうが、こうした海外の競合機種に関する報道がやはり日本は少ない気がします。っていうか今書きながら思ったけど、この辺の事情はあまり報じられてないし、データ多くて書きやすそうだから次回のJBpressで使おうかな。

2017年12月27日水曜日

漫画業界のデジタル化

 「エルフェンリート」で知られる漫画家の岡本倫氏が以前に巻末コメントかなんかで書いていた内容ですが、かつては同じ部屋に漫画家とアシスタントが集まってみんなで一緒にカリカリしながら漫画を描いていたが、現在はそれぞれの自宅でパソコンに向かって作業し、原稿データを交換しながら作業を進めるようになったとのことで、制作環境が大きく変わったということを書いていました。
 自分は出版業界関係者でもなければ漫画業界関係者でもないことから実態を見聞きしたわけでないものの、実際に最近の漫画業界におけるデジタル化はこのところ進んでいるようで、もはや作画も紙の上ではなくペンタブ使ってパソコン上で書くことが一般化しつつあるようです。そしてアシスタントの方も、ある程度これらデジタル作業に通じていないと全く仕事にならないそうです。

 以上のような話を聞いてまず思ったこととしては、カメラのデジタル化によって幽霊が心霊写真から淘汰されていったように、漫画業界でもデジタル化進行による淘汰が起こっているのだなということと、一番煽り食らっているのは画材屋かなということでした。

 こうした漫画制作現場のデジタル化とはまたすこし話が違うかもしれませんが、私がデジタル作画というものに初めて触れたというか衝撃を受けたのは、寺沢武一氏の「コブラ」でした。
 現実に寺沢武一氏はコンピューターグラフィックスを漫画に持ち込んだパイオニアで、時代的に非常に早い段階、私が知る限りだと90年代前半にはすでに取り込んで作品を作っていました。当時私はまだちっちゃい子供でしたが、本屋に並んだコブラの表紙はまるでアニメ画像の写真のようで非常に大きな衝撃を受け、中身を読むことこそなかったもののこの作品名は小学生の時点で覚えてしまうほどのインパクトがありました。

 その寺沢氏以降、パソコンが一般家庭に普及するのに伴ってCGを使ったイラストを公開する人もだんだんと増えていきましたが、真の意味での漫画のデジタル作画を実現させた人物ともなれば「GANTZ」の奥裕哉氏を置いてほかにいないでしょう。
 奥氏はデビュー作の「HEN」の時点で大ヒットを飛ばした作家でしたが、その次の作品の「ゼロワン」にてCGを使ったデジタル作画環境を本格的に整えていきます。なんでも奥氏はこの作品を制作するためにコンピューター導入やスタッフ育成に多額の投資を行い、なんとあれだけ大ヒットした「HEN」で稼いだ資産をほぼ全部使い果たしたとのことです。もし奥氏にインタビューする機会が得られるなら、一体何故資産を使い果たしてまでもデジタル作画環境を作ろうとしたのか、その執念について詳しく聞いてみたいものです。

 そうまでして制作に取り組まれた「ゼロワン」ですが、現時点で見てもその技術の高さや画力には圧倒されるレベルの作品だと思えます。作品内容自体が3D格闘ゲームに情熱を注ぐ少年の物語なだけあってそのデジタル作画との相性は抜群で、奥氏の元々の写実的な画風と相まって読んだときには強い感動を覚えたのを今でも覚えています。ただ、制作途中で資金が枯渇したとのことで作品は途中で打ち切りみたいな感じで唐突に終了しており、一個作品として見るならばその完成度は低いと言わざるを得ません。

 そんな「ゼロワン」の次に満を持して登場したのが、奥氏の代表作でもあり現時点でもデジタル作画された漫画としては恐らく最高傑作と言える「GANTZ」でした。こちら連載初期からほぼリアルタイムで私も読み続けてきましたが、唯一無二と言っていいその画風はもとより、衝撃的なまでに激しい暴力描写と異彩放つストーリー内容には非常に興奮して読んでいました。

 なお暴力描写という観点で見たら、現時点でもこの「GANTZ」こそが漫画史上最大レベルではないかと私は思います。というのもデフォル化されたキャラクターが手足切り落とされたり頭吹っ飛ばされたりするのと違い、先ほどにも書いたように奥氏の画風は非常に写実的であり(女性キャラの体格も写実的かと言われたら回答に困りますが)、また技術的に更なる成熟度を増したデジタル作画によって背景などの描写がほぼ現実そのままなレベルにまで高められており、漫画でありながら異常なくらいの現実感を醸しているからです。
 そんな現実感あふれる絵で登場キャラクターが片っ端から老若男女主役脇役問わず手足ねじ切られたり、体のあちこち吹っ飛ばされたりするもんだから、最初読んだときは下手なホラー漫画よりずっと怖く、同時期に出ていた「殺し屋イチ」なんてまだかわいかったなんてリアルに思ってました。なお「GANTZ」の中国語タイトルは「殺戮都市」で、割と内容に合ったネーミングだと思います。

 「GANTZ」はその最終回について賛否両論、どっちかというと否定論の方が大きかったですが、私はああいう最終回もアリだと評価しており、なによりもそのデジタル作画による驚異的な技術力は一漫画作品として見逃すことのできない功績だと見ていることから、2000年以降に完結した漫画作品から最高傑作を挙げるとしたらこの「GANTZ」か、弐瓶勉氏の「シドニアの騎士」のどちらかかだと考えています。
 ただ残念なことに、「GANTZ」の登場以降に奥氏のフォロワーと呼べるような高次元のデジタル作画を手掛ける漫画家は、私が知らないだけかもしれませんが見られないということです。もっとも奥氏のように資産使い果たすくらいの執念がなければあんなのできないでしょうし、実際にデジタル作画環境が整った後も奥氏はヘリコプターをチャーターして空撮したりするなど激しい投資を続けていることから、並の作家では実現できないだけなのかもしれませんが。

 なおフォロワーが出てこないという意味では、私がもう一つの最高傑作と考える「シドニアの騎士」を描いた弐瓶勉氏も、諌山創氏のようにファンだという人はいてもその画風や作品傾向を受け継ぐ作家を見ることはありません。弐瓶氏はまさに奥氏の真逆というか、非現実的と言えるほどに巨大な人工物を描いた背景が最大の特徴で、あの書き込みや構成は真似しようと思う人の方がおかしいレベルですからそれも仕方ないかもしれません。逆に見れば、奥氏も弐瓶氏もフォロワーが出てこないほど唯一無二の特徴を持っていると言えるでしょう。

  おまけ1
 弐瓶氏が招待先のオーストリアのコスプレ会に行ったところ、同行した担当編集はあるコスプレイヤーを見て「すげぇ、ガンツだ!」と言ったそうですが、この時に弐瓶氏は、(ガンツじゃないよ、サナカンだよ)と、自分の作品のキャラのコスプレだとは言えなかったそうです。

  おまけ2
 学生時代にガンツについて友人と話していた際に友人が、「っていうかこの作品、主役とか関係なしにガンガン死ぬけどレイカとか死んだらどうなるかな?」というので、「レイカが死ぬなんてありえない、っていうか考えたくない。もしそうなったら読むのやめる!」と当時の私は答えましたが、案の定レイカはその後死にました。しかも二回も。

  おまけ3
 ガンツにおいて主人公に次ぐ最重要キャラクターの西丈一郎について、ある日偶然、意図せず彼のモデルとなった人物の写真を目撃することがあり、そのあまりの容貌の近さに「ひぃっ」と妙な悲鳴を本当に上げました。「HEN」の時点でも同性愛をテーマにするなどタブー知らずな作者ですが、ここまで似せるのかと本気でぞっとしました。

2017年12月26日火曜日

大阪限定の「にんげん」という教材について


 上の画像は先日ネットで見つけたものですが、一目見て「なんじゃこりゃ?」と全くその存在意義というか内容が伺うことが出来ませんでした。それこそ路上で油すましに遭遇したかのような得体の知れなさで、決して話を作っているわけではなく、この表紙を見て最初に想像したのは「妖怪人間ベム」でした。なんていうか、右手の指の形が微妙におかしい点といい……。

にんげん(Wikipedia)

 種明かしをすると、これは大阪府下限定で配布されていた同和教育用の教材だったようで、関東育ちの私が知らないのも無理ではありません。逆に大阪出身者からすれば見慣れたもののようで、「あったねーそんなの!」的な冗談に最近は用いられるそうです。
 すでにこの教材の配布は予算の都合から廃止されていますが、1970年代から大体リーマンショックの頃までずっと大阪府の予算で購入され、小学生から中学生までに配布されていたそうです。中身については解説を見てもないし読んだこともありませんが、あくまでこの表紙画像だけをみて好きなことを言わせると、表紙の内容と同和教育という目的に一致性が見い出せず、中身もそんな感じだったんじゃないのかなと疑っています。

 そもそも「にんげん」というタイトルからして微妙です。上にも書いた通りこの表紙から私はリアルに「妖怪人間ベム」を想像しましたが、いわゆる差別の歴史を学ぶという目的で「にんげん」というタイトルはいくら何でもおおざっぱすぎないかという気がします。それなら「公平」とか「平等」とかの方がまだ私の中でしっくりきます。
 さらに言えば、通常の社会科科目でも同和差別についてはある程度教えることからも、わざわざこんなどっち向いているのかわからないような表紙の教材を用意する必然性も感じません。いくら関西が部落差別が根強い地域だと言っても、なんとなく手段がおかしいのではないかと思えて仕方ありません。それくらい無駄にインパクトの強い表紙だと上の画像は思います。

 なおかつて大学時代の友人は、「農業という生産手段から土地に縛られていた昔と違って今は自由に引っ越すことが出来るのだから、差別されるのが嫌だったら誰も自分を知らない土地に引っ越せばそれでいい。それすらしないで差別を受けていると主張するのはただの甘えだと思う」と言ってましたが、私もこの意見に同感です。民族差別のようにどこ行っても(特定の領土範囲で)差別されたりするのは確かに対策が必要だと思いますが、関東圏なら部落差別はほぼないし、第一関西圏よりも関東圏の方が仕事も多いのだから、普通に考えたらもうこの手の差別はなくなっていてしかるべきだとも私は考えています。
 私に至っては日本を離れて中国で働いていますが、目前の環境が嫌だというのならそれを変える努力をすべきで、それすらしないで不平はおろか妙な要求までするというのは言語同断でしょう。部落出身者でありながら野中広務氏も既存部落団体をよく批判していますが、私自身もああした団体が妙な活動をするから余計に差別が広がるのだと思っています。

2017年12月25日月曜日

日本における偽報道について

 最近、世界でフェイクニュースという単語というか概念が飛び交っていますが、こうやってブログを横書きしながら言うのもなんですが私自身は横文字があまり好きではなく、必要もなく英語をカタカナ読みしたこういう書き方は気に入りません。なのでやや意固地ですが「偽報道」という単語に統一して書き進めますが、割と日本でも笑えなくなったなというのが私の見方です。

 元々こうした偽報道はインターネットからの配信がどちらかというと主であるような気がします。現実に日本でもつい先日、「とある会社でアンケートを取ったところAED装置での治療を受ける場合、胸を触られたり見られたりするので治療後には訴えるという女性が大半だった」という、調査自体そもそも存在しない偽情報をネットで発信したアホがいたそうです。そのアホはこの偽情報と合わせて、「緊急時でも男性は女性にAEDを使うべきではない」というように伝えていたそうで、公共への影響を考えるとどれだけ罪深いことやっているのかと思うとともに、何が楽しくてこういうことするのかが理解できない気持ちで私はいっぱいでした。

 こうしたネット発の偽報道は枚挙に暇がありませんが、そうしたでたらめ情報は何もつい最近になって出始めたわけではなく、ネット黎明期には鮫島事件やプチエンジェル事件など詳細が明らかになっていない(前者に至ってはそもそも存在しない)ことをいいことにあれこれ余計なデマ情報を付け加えてネット上で流布されていました。と言っても、恐らく10人に「鮫島事件知ってる?」と聞いたところで、知ってると答えられる人は多分いないでしょう。何故かというと、ネットという閉じられた狭い空間の中でしか流布されなかったからです。
 このネット黎明期と現在を比べて最も大きく違う点はやはり、SNSの存在に尽きます。かつてであれば掲示板やブログサイトにデマ情報が掲載されてもそこからは二次発信されることはなく、たまたまそのサイトにアクセスした人間しか目撃することはありませんでした(そして黙殺される)。しかし現在は誰かが見た情報、もしくはデマとして流す情報がツイッターやフェイスブック、インスタグラム、LINE、ミクシィ……はもう古くてやってる人はいないけど、こうしたSNSの便利な機能によって人から人へガンガン共有されていき、明らかに怪しい情報であっても多くの人間が共有することで、「みんながそう言っているのだから」的に真実となってしまう傾向があります。はっきりいますが、偽報道の主犯はSNSだと言っても過言じゃないでしょう。
 なお、自分はSNSが昔からあまり好きじゃなく、MIXIもツイッターもフェイスブックも一応手を付けたもののすぐやめました。現在でも唯一使っているのは微信だけです。

 こうしたSNSの共有機能に加えて、もしかしたら日本だけじゃなく米国とかでもそうかもしれませんが、テレビメディアが誤報道、並びに確信犯的な偽報道を流すことも大きいと私は見ています。

 私がかつて子供だった頃は、「テレビで言ってたもん」と言えばそれは最も各自な情報の裏付けとなり、「テレビで言ってたのなら仕方ない」と周りの子供たちもすぐ納得させる説得力がありました。
 しかし現在、世間での偽報道量産においてこと量だけでみればネットが一番多いかもしれませんが、実際に世間に流布される量で見たら地味にテレビメディアの報道が一番大きいのではないかとひそかに見ています。何故かというと以前はどうかとちょっと自信がないのですが、このところ日本の各局ではワイドショーに対してものすごく力を入れており、その中でコメンテーターをはじめ偏った価値観を画面で述べるだけでなく、明らかに誤った情報を何の裏付けなしに平気で報じる機会が非常に多いからです。

 数え上げたら切りがないですが、バレた回数でいえばフジテレビが明らかにトップで、「田中マー君がトランプタワーに住んでる」などと出所も明らかでない情報を平気で報じて謝ったりしましたが、一体何を以ってこの情報が真実だと考えたのかが不思議でなりませんでした。また直近ではTBSがリトアニアをはじめとするバルト三国(中学時代、「バトル三国」と言って盛り上がっていた男子グループがいた)の位置を間違えてクイズに出したことがばれましたが、これなんかも監修どうしてんだと開いた口が塞がりません。
 もちろん以上の間違いについて各局は間違いを認めて番組サイトなどで謝罪していますが、これらについて何が一番肝心なのかというと、「バレたから訂正して謝った」という点で、バレなかったものについては未だ放置して一切の訂正もしていないということでしょう。特に海外報道なんかは突っ込む人も確かめる人もいないのでやりたい放題なところがあります。

中国側に大江戸温泉物語の許可証を出した住所は女子学生寮?

 一番当時の報道を残してくれているので、ちょっと人のブログから引用しますが、昨年末の上海大江戸温泉の騒動の際、TBSが「運営会社の住所は大学の女子寮となっており、事務所らしきものは存在しない」と報じていました。これについては結論から言えば偽報道で、恐らく精度の低い地図アプリを使って表示された場所にしか足を運ばなかったのでしょう。私もいくつかの地図アプリで住所入力したら女子寮が出てきましたが、きちんと住所情報を辿ると全く別の場所が出てきます。でもって、実際に個々の運営会社と取引ある人にも聞きましたが、「確かにわかりづらいところにあるけど、あのTBSの報道は間違いだ」とも確認取れました。
 この点について言うまでもなくTBSは訂正、謝罪していません。先ほどのバルト三国もリトアニア大使館が指摘しなければ同じだったでしょう。このように考えると、日本の偽報道で一番権威があるのはテレビ局で、特にフジテレビとTBSに関しては芳ばしい報道があった場合は自分はまず審議を疑ってみています。

2017年12月23日土曜日

知識の吸収と追求

 学生時代にある友人から、「僕は花園君と違って何か特定の情報を追い求めて自分で調べようという熱意が持てず、素直にこの点では花園君がうらやましい」と言われたことがありました。自己分析について自信を持っている私ですが、この指摘はされるまで意識したことがなかったため意外なものでしたが、改めて思い返すにつれ実に鋭い指摘だったと思います。
 この指摘をした友人は、控えめに言っても知識の吸収については超一流でした。一回伝えたり教えたりした内容は確実に覚え、勉強面でも一を知れば十を知るような勢いで身につけ実際に学術成績は凄まじく高かったです。しかし本人が言う通り、何か周りから強制されたりするなど必要性に追い立てられない分野については自分から率先して知識を吸収しようとすることはなく、それがために世間知らずなところも多く、時によっては妙に失礼なことも平気で口にするところがありました

 この知識を追い求めるという私の特徴ですが、断言すると非常に際立った特徴であり自分の個性を構成する重要な要素の一つでもあります。先ほどの友人と違って私は、事知識の吸収については決して優秀ではなく、むしろ物覚えが悪いと感じるほどのレベルしかなく、勉強面もそんな自慢できるほどではありませんでしたし仕事で必要な知識とかも、「まぁ今何とかなってるし……」等と言い訳しては習得を先送りにしたがる傾向も激しいです。
 その一方、自分が興味を持ったり、何かしらきっかけを得た分野に対する知識の習得意欲ははっきり言って異常者レベルで激しく、このブログでもたまに記事書きますが戦闘機や軍艦といったミリタリーについてはつい2~3年前までは全く興味がなく、F-15とF-16の違いやカナード翼の有用性はおろか、酸素魚雷の恐ろしさについて全く知りませんでしたが、今だったら一定レベルであればこうした分野について語れるようになっています。
 またこうしたふざけた分野でなくても、今JBpressでたまに書く中国の業界関連経済記事も大体2日程度のリサーチでいつも書いていますが、ほぼ何も知識がない状態からあそこまでもっていくのは自分でも結構不思議です。たまにコメントとかで、「非常によく調べている」等とついたりすると、光栄だと感じるとともに「2日のリサーチで本当にいいのだろうか?」などと不安に感じることも正直あります。

 話は最初の友人に戻りますが、既に書いている通り彼は何か必要性に追い立てられない限り、自分で知識を広げようという意欲というか行動を見せることはほとんどありませんでした。その代わり必要性を感じたらすごい勢いで習得し、定期テストも大体そんな具合でテスト前日の一夜漬けでいつもいい成績を取っていました。
 この友人に限らず、知識の吸収で優れている人は全般的に知識の追求についてはあまり熱心でない人間が多いというのが私の実感です。教えたらすぐに身に着けてしまうのですが、教えられたりしない限りは自ら率先して現状あまり関係ない分野に触れようとするような行動をとることはあまりなく、基本「受け」の姿勢を維持します。一言で言えば、関係ない分野については「関係ない」で一気に見切りをつけてしまうような具合です。

 では知識の吸収が悪い人間は反比例的に、知識の追求に熱心となりやすいのか。この問いに対する答えはNOで、あくまで私の実感で言えば知識の吸収が悪い人はむしろ、知識の追及も不熱心であることの方が多く、むしろ吸収のいい人よりも不熱心でしょう。

 そうなると今度は、どんなタイプが知識の習得というか新分野開拓に熱心になりやすいのかという問いが出てきますが、結論をここでいえばこの手のタイプは「突然変異」的にランダムで出てくるのではないかというのが私の見方です。というのも私以外で知識の追求が激しい人間はいるかと言ったら私の周りだと一人の友人くらいしか浮かばず、それ以外だと未知の分野や関わりのない世界についてグイグイ突っ込んで知識を追求する人間はほぼ皆無です。
 なおその友人は、私同様に必要性に追い立てられるわけでもなく無関係の分野であっても知識を広げようとしますが、私と比べると広げようとする傾向がやや異なっており、私が政治やホビーにより傾注しようとするのに対し友人は経済やアカデミックに重心が置かれ、被る分野もありますが不思議な具合に住み分けができています。

 最後に発展応用として書くと、こうした知識の追求に熱心な人間はあまり出身やスペックに関係なく突然出てくるだけに、全体としてやはりレアな存在だと考えます。その上でこの手のタイプが社会で有用かと言えば必ずしもそうではないと自分でも思うものの、その特性に合った特定の部署なり分野に配置すれば思わぬ活躍を見せることもあると思います。野球でいえば「アンダースローのサウスポー」のようなややレアな存在だと割り切り、今使えるかどうかわからないけどとりあえず囲っておくような感じで抑えといて、いろいろ試してみると面白いんじゃないかと自分で思います。

2017年12月20日水曜日

レビューあれこれ

 ここ一週間ほど、毎日30分程度ネットの通信が突然途切れる現象が起きているのですが、中国政府の陰謀だろうか?何でもかんでも悪いことを中国政府のせいにするのもなんですが。

文藝春秋2018年1月号[雑誌] Kindle版(Amazon)

 話は本題に入りますが、上のリンク先は今月号の文芸春秋です。実は昨夜にレビューをしたためて上のページにもしっかり掲載されていますが、はっきり言って今月号はひどすぎると感じました。
 細かくはその書いたレビューを見てもらいたいのですが半端なくつまらない特集に膨大な量のページが割かれてあり、普段よりも独立した記事が少ないにも関わらう70円値上げされており、今までこんな風に文句言ったことはないですがこの内容でこんな値上げに踏み上げるのは理解に苦しむため一気に書きました。真面目に、特集の内容を含めこれで行こうと思った文藝春秋編集部の意図を疑います。

あれから1年、「パクリ疑惑」上海大江戸温泉の今(JBpress)

 続いてこちらは今日配信された自分の記事ですが、例によってヤフコメを見るといくつか意外だなと感じる点がありました。

 一つは「なんでこんな冗長なのに中身がないんだ」というコメントが多かったことです。長いのは文字数指定されているからなだけですし中身については見出しではっきりと「現状」と書いて特にスクープないよと予告しているにもかかわらずどうしてこんなこと書く人多いんだろうとしばらく考えましたが、恐らくですがこの件についてスクープを期待した、ほんとのところの真相を知りたいという気持ちが強かったからこそ物足りなさを感じる人が多かったのではないかと思います。自分への批判は別に気にしないしむしろ最近は人格批判が来ないと物足りないと感じるくらいになっているのですが、改めてこのような考えに至るとこの問題がいかに注目を集めてたかがよくわかります。まぁ生憎、期待にはわざと応えなかったのですが。

 なお「中身がない」という批判ですが、やや皮肉っぽい言い方するとこの手のコメント書いている人は中身があったらあったで記事を読むことが出来ない、内容を理解することが出来なくなるのではないかとも思います。実際、これ以前に書いた化粧品市場と車載電池市場の記事はアクセスというか反応、コメントがやや少なかったのですが、記事内容や質でいえばどちらもかなり優れていると自負するレベルで、現実にその方面の専門家などからは高く評価してもらえました。日経に至っては後追ってきたし。
 しかし内容がしっかり詰まっている分、自分としてはわかりやすく書いているつもりですが、その記事内容の価値に気が付かないし理解できない人は少なくなかったと思います。逆に大江戸温泉は中身が何もない分、記事内容を理解できたからこそああしてコメントを残せるんじゃないかなと思うとともに、中身があってアクセス稼げない記事と、中身がなくてアクセス稼げる記事の塩梅は改めて難しいように思えます。

 二つ目に気になったこととして、中身がないというコメントが多かった一方、意図的にアクセント入れた一節には誰も触れないし気が付いてないんだなとやや呆れました。その個所は上記リンク先2ページ目末尾にある、「また私が得ている情報から判断すれば、今後も同社が何らかの抗議をすることはあり得ないと思われます。」という箇所です。
 自らを指す呼称をわざと通常使う「筆者」ではなく「私」と変えて書いておいたのですが、何故だか誰もこの点について突っ込んできませんでした。ちなみに今日この記事読んだ知人から、「もう三軒目まで計画できてるよ」と通知受けました。

 それにしてもほとんど力を入れずにとりあえず一周年という記念的に書いたこの記事が、JBpressのアクセスランキングで久々に1位を取っているという事実は自分としてもかなり複雑です。先に挙げたかこの二つの記事の方が質としては非常に高いのにあまり読まれていないということ自体残念ですし、これまでも手を抜いた記事の方がアクセスがいい傾向にあり、前述の通り内容と人気を両立させることは難しいです。
 っていうか次の記事を今週末書かなきゃいけないのに何も準備していません。友人からは中国人の副業について書いてほしいと言われ軽くリサーチしましたが、どうも中国人にとって副業に手を出すことは当たり前過ぎて珍しくないのか、あまり現地メディアは取り上げていないしこれといった統計もなく記事化は無理だということに気が付きました。「中国人の働き方」でまとめるなら書けるのでそれで行くか、長城汽車について触れるか、中国人の中二病体質について書くか、上海の歴史について書くか。最後の上海の歴史はその気になればいつでもかけるため保険として残しておきたいのもあるため、多分書かないでしょうが、この記事が掲載されるということは私がネタ探しに苦しんでいると思ってもらっても間違いないでしょう。

2017年12月18日月曜日

中国軍機の対馬海峡通過について

中国軍5機が対馬海峡通過 戦闘機は初めて(産経新聞)

 たまたまですがさっき見ていたテレビニュースでこのニュースを中国側も報じていました。にしても中国の軍人はいかにも台本めいたセリフを毎回インタビューで話すから発音とか確認しやすい。
 内容については中国側は「日本海の対馬海峡へ遠洋訓練をしに行った」と主張し、いかなる国際法も侵犯しておらず、通常の訓練の一環でこの手の訓練としては過去3年間通して行っていると言ってました。実際、今回は領空侵犯はなかったわけですが、こちらの映像に映っていた戦闘機はSu30だったのかと(複数種類あり、高速爆撃機らしい機体もあった)産経の記事でわかりました。妙に機種部がくびれていたので印象に残りました。

 あともう一つ気になった点として、「東海」ではなくちゃんと「日本海」という呼称を中国は使ってくれてて一安心です。ある意味、領空侵犯よりこういう韓国のわけのわからない名称変更の方が領土保全的には問題だと思います。

元国税庁職員の女優

 今日ふと、テンキーが左側に付いたキーボードってないかなとふと思いました。あるにはある用ですがあまり人気がないため値段が高く、それなら別にUSB接続のテンキー買って、テンキーの付いてない無線キーボードのがありかなと思えてきました。今使っているのはマウスとキーボードセットのロジテック製ですが、今度辺りサプライパーツや見に行こうかな。

 話は本題に入りますが、国税庁職員というと「マルサの女」をイメージする往年の方々も多いでしょうが、マルサこと国税局査察部は国税局の一部署で、全部署がみんなああいう活動しているわけではなく、また査察部ほど予算もないそうです。なんでそんなこと知ってるのかというと先月(2017年12月号)の文藝春秋で、かつて国税庁で働いていて現在は女優をしている山村紅葉氏が証言しているからです。

山村紅葉(Wikipedia)

 山村紅葉氏はミステリー作家の故山村美紗の娘で、母の作品を筆頭にバラエティやテレビドラマなどで現在も活躍を続けている女優です。残念なことに私はあまり出演作を見たことはないのですが、文藝春秋に掲載されたインタビュー記事で大学卒業後から結婚するまで働いていた国税庁での仕事について触れられていました。

 紅葉氏によると、学生時代にふとしたことから毎年の脱税額の規模を見て、妙な正義感というかちゃんと納税されればもっと政府がいろんなことにお金を使えるのにと思ったことから国税庁入りを志望するようになったそうです。ただ先にも書いた通りに入庁した国税庁では予算がふんだんにあるわけではなく、地道な調査によって脱税などを取り締まっていたそうです。
 この取り締まり活動において紅葉氏は、学生時代から演劇をやっていたこともあり潜入捜査で引っ張りだこ(本人談)だったそうです。具体的には何も知らない女子大生とかOLの振りをして内偵先を訪れて下見などを行っていたそうですが、ある日に先輩の男性職員とともに、疑惑のあるパチンコ店へカップルに扮して内偵へ行ったそうです。

 先輩職員からは、「俺が色々見てくるから、お前は適当にパチンコ打ってろ」と指示があり言われた通りにパチンコ打ってたら、偶然にも大当たりしてしまったそうです。しかし紅葉氏はそもそもパチンコを打ったことがなく、次から次へと出てくる球の処理が分からなくて受け箱を差し込むこともできず、終いには溢れ出た球が床にこぼれ出す始末になってしまったそうです。
 その間、彼氏役の先輩職員は何をしていたのかというと、店側にツラが割れるのを恐れてかそのまま現場を去ってしまっていたそうです。この時の気持ちとして紅葉氏は、「彼氏に置いてかれた彼女役を演じる羽目となった」と述べていますが、普通に置いてかれてるので演技じゃないだろもはやそれとツッコミたくなりました。

 その後、紅葉氏は結婚を機に退職後、女優活動を再開して現在に至るようですが、演技の心得があるというのが国税庁での仕事で役に立つとはなかなか興味深く感じます。もちろん演技力があるから紅葉氏は国税庁に入庁できたわけではなく、その他の求められる能力もすべて満たしていたからこその入庁で、あくまで演技力はパチンコ同様にたまたま役に立つ素養だったということでしょう。
 これを採用活動という面で見てみると、現場の仕事で役には立つが採用には役に立たないスキルという風に見えます。実際私も、国税庁の採用において演技力を重視するか否かと言ったらしなくていいと思いますし、する方が間違いだとは思います。しかしそれでも演技力は実際の仕事では役に立つわけですから、仕事で使える能力が採用に直結するわけではないという例でいえば好例な感があります。

 翻って見てみると、かつてパワプロに例えるなら「基本能力は守備力を除きどれも大したことないけど、各状況で発動される特殊能力が非常に豊富」と自ら例えた自分なんかは、採用する側からすれば取るに決め手に欠ける人材に見えたことでしょう。ちなみにどの職場でも入った後で意外に高く評価されるのはExcelの知識と作成力で、文章力に関してはメインスキルとして求められる新聞社では拾い物だったと評価されました。
 最後にその文章力についてですが、もちろん一般企業でこの文章力一点で以って採用を決めるべきではないと私は思いますが、文章力のある人間を一人か二人囲っておくと、報告書をはじめとする通達関連のコミュニケーションはうんと好転するように思います。いろんな会社のプレスリリースとか見るとIT系企業を中心に、「こいつらどれだけ社内コミュニケーションで齟齬起こし合ってるんだろう」と思うような文書を見ることは珍しくなく、書道がうまい人よりも文書書くのがうまい人のがいないよりかはいた方がいい気がします。

2017年12月17日日曜日

マウスコンピューターのノートPCの感想(LB-F551XN-S2-B)

 先日、友人に尋ねられたので、今年購入したマウスコンピューターのノートパソコンの感想について簡単に記しておきます。

LuvBook F シリーズ LB-F551XN-S2 仕様詳細(マウスコンピューター)

 マウスコンピューターについてはいわゆるBTO、直販よりも仕様を個別オーダーする方式での販売を思とするパソコンメーカーでです。私は今年前半までちょうど新聞記者となった2011年に購入したNEC LavieシリーズのノートPCを使っていましたが、既に購入から6年近くが経過していたこともあり将来的なクラッシュ可能性を考慮し、また密かにノートPCハードウェアの購入が好きだという趣味もあって買い替えを決断しました。最も知人からは、「ノートPCで5年も持つの?」と逆に驚かれましたが。

 購入選定に当たってちょっと障害だったのは、それまで使っていたLavieの性能がやや高すぎたことです。ちょうど日本が円高の最中に、オノデンで格安で売られていたものを購入したせいで、2011年製でありながらCPUはCorei5だし、メモリも4GBあり、おまけにブルーレイディスクを搭載していたため、買い替えでこのスペック以下のパソコンは正直購入したくなくてこの条件以上で、尚且つ記憶媒体はHDではなくSSD、さらにメモリも最低8GBは欲しいという要望となりました。
 まとめると以下の通りです。

<要求スペック>
CPU:Corei5かCorei7
メモリ:8GB以上
記憶媒体:SSD限定
ディスプレイ:15.6インチ(DVDとか基本パソコンで見るから)
Office:Powerpointも使えるバージョン込み
デザイン:個性あふれる感
値段:できれば10万円強

 この条件で探したところ、メモリとSSDに関しては割とどこのメーカーでも簡単に条件をクリアしたものの、CPUについてはCeleronシリーズがやけに多く、Coreiシリーズを選ぶとなると途端に値段が跳ね上がる、もしくはそもそもオプションなどのラインナップに入っていないということに気が付きました。昔(90年代)と違ってメモリ量さえ確保されていれば速度的にはそれほど問題ないかなと思いつつも、なんでもって6年前に購入したノートPC以下のCPU載せるねんとか思い納得いかず探し回りましたが、どうしても条件をクリアするマシンが見つからず、後半に至ってはいくらかCPUを妥協することすら検討しました。

 最終的に上記条件を満たした上、プラス9800円でメモリを16GBにアップグレードできることが決め手となり、マウスコンピューターの「LB-F551XN-S2-B」の購入を決めました。オプション込みで購入したスペックと価格は以下の通りです。

<購入スペック>
CPU;Corei5
メモリ:16GB
記憶媒体:SSD240GB
ディスプレイ:フルHD15.6インチ
Office:Powerpointも使えるバージョン込み
デザイン:くっそダサく色も黒色オンリー
価格:約13.6万円(税込み)

 購入の決め手は上記にも書いた通りにメモリのアップグレードが異常に安かったのと、他社で似たスペック(メモリは8GB)で購入しようとしたら18万円くらいかかるというコストパフォーマンスの高さです。
 では実際に使ってみた感じはどうなのか。結論から書けばコストパフォーマンスは非常に高いものの痒い所に手が届いておらず、設計面で意外に稚拙さを感じます

 まず性能面では充実のCPUとメモリの量から全く申し分なく、初SSD搭載機ということもあってかデータの処理速度は驚くほどで、現在に至るまでこの点に関しては一度も不満を感じることはありません。
 一方、周辺機器というかハードウェアではやや細かいと自認するものの、不満を感じる点が多々あります。まず第一にキーボードレイアウトで、現在私は外付けキーボードを使うため影響はないのですが、ノートPC本体についているキーボードは少し使ってみたところ、あまり出来合いが良くない印象を覚えます。具体的には右Shiftキーが異常に小さく、また矢印キーが右Shiftキーとテンキーととの間に空間が設けられておらず、ブラインドタッチ時に区別できずミスタイプすることが多いです。特に右Shiftキーの小ささは異常で、他のキーと二周りくらい小さいためにキーを指で探っていると同じく小さい「_キー」とともにすっと滑ってしまい、ミスタイプが多発します。っていうかこの辺り、句読点のキーとも混同しやすく半端なく打ち間違えやすいです。

 次に、一番自分が不満に感じた点ですが、イヤホンジャックの位置が最悪です。具体的な場所はPC本体右側面の手前部で、ここにイヤホンジャックを挿すとマウスを持つ手と見事にぶつかり、左利きだったら問題ないでしょうが、かなりストレス感じます。またイヤホンの線もこの関係から、特に私のように外付けキーボードを使っていると、ホームラインの位置上、どうしても外付けキーボードの上をイヤホンの線が乗っかることになり、対応するにはイヤホンの線を本体キーボードの上で大きく左側にもっていかなければならず、見栄え的にも配置的にもあまりよくありません。
 これらの問題はイヤホンジャックを左側面に持ってきていればそれで済む話で、一体何故右側面部に持ってきたのかが理解できません。NECのLavieはまさにこの点で左側面部にジャックがあり、不満を感じることは一切ありませんでした。

 同様に、USBポートの位置もちょっと悩む位置です。左右どちらにもありますが(USB3.0は左側のみ)、左右ともに手前側にあり、イヤホンと同じく邪魔な位置にあります。やはり前のLavieが奥側にこれらジャックが付いていたせいもあるでしょうが、非常に位置的に気になる箇所であるとともに、マウスを使う右側にラインのあるUSB周辺機器を付けてしまったらもう絶望的です。現在のところ、無線マウス+キーボードの受信機のみ右側につけているので、大きな問題にはなっていませんが。

 あとこれは確実な不具合として述べますが、イヤホンジャックの端子がちょっとおかしいです。具体的にはイヤホンを付けてもきちんと接続されないことが多々あり、音声が一部入ってこないということが頻繁に起こっています。最初はイヤホンが故障したのかと思って新しいのを購入して何度もつけなおしましたが問題は解消されず、最終的に接続した端子をこねくり回すことで初めてきちんと接続されることに気が付きました。
 恐らくですが内部端子の位置が悪い、もしくは固定がうまくなされていないせいだと思え、つい昨日もイヤホンを付けたところやけに音量が小さいなと思ったら、接続したイヤホン端子をトントンと叩いて解消した有様です。この点に関してはマウスコンピューターのサポートへはっきり伝え、向こう側も無償で点検するのでPC本体を持ってきてほしいと言われましたが、「こっちは中国だ。おいそれと日本に帰れない」と伝え、先ほどの端子位置と合わせて以降の設計の参考にしてほしいとだけ伝えました。

 さらにこれは好みの問題かもしれませんが、スピーカーの位置をどうしてみんな手前に置くのか不思議です。これは前のLavieもそうでしたが、スピーカーが本体手前下部についているせいで、本体手前に物置いたり、本体の置き場所を柔らかいものの上に置いたりすると露骨に音響が変わります。特にこれが深刻なのは本体キーボードを叩く時で、キーボードを叩く腕によって音の音量なり音響なりが変わってくるので一体何故この位置につけ用とするのかが理解できません。
 なら外付けスピーカー付けろよと言われるかもしれませんが、先ほど述べたイヤホンジャックの位置の関係からつける予定はなく、Bluetoothにすりゃいいじゃんかという意見もありますが電池変えたりするのが面倒なのでこれもパスです。個人的には東芝のDynabookシリーズのように、ノートPCのスピーカーはヒンジ部手前、言い換えると本体キーボードの奥につけるのがベストだと思え、イヤホンジャックやUSBポートともども、多少本体の厚みが増してもいいからこういうところに気を使ってほしいと本気で思います。

 以上に挙げている点はスピーカー位置を除き、Lavie時代にはどれも一切気にしたことがなかったポイントでした。それだけLavieが設計面で優れていたと言えばそれまでですが、今回の1件を経て次にノートPCを購入する際は値段や性能以前に、これら周辺機器の配置も気にする必要があることを本気で学びましたし、これから購入される方も以上の点について注意されることをお勧めします。

 上にも書いている通り、パソコンメーカーの方々は安くで販売されることももちろん大事ですが、それ以上にこうした細かい設計面にもうちょっと気を使ってほしいと言いたいです。特に接続端子位置は自分のように狭い机でPC作業をする側からしたら死活問題と言ってよく、ほんのちょっとの気遣いで取り回しが大きく変わって来ます。それだけに多少本体が分厚くなっても、っていうより薄さなんてはっきり言ってクソどうでもいいから、端子類はなるべく奥に、でもってスピーカーはヒンジ部に置くよう努力してほしいです。

 最後にPC選びの個人的こだわりとして、HPのパソコンは私は絶対に買わないようにしています。理由は何故かというとキーボード配置が日本仕様になっていないケースが多いことに加え、タッチパッドのオンオフが以前VIOSでしか切り替えられなかったからです。今はどうだか知りませんが、日本メーカー製のPCなら当たり前にデスクトップ上で切り替えられるのに対し、HPはVIOSでしか切り替えられず、オン状態だとキーボード叩いてるそばからマウスカーソルが動いてミスタイプが多発していました。かといって切っておくと、突然無線マウスが使えなくなった時に齟齬が生じる可能性が高く、不満を通り越して憎悪すら感じたのでそれ以来HPのパソコンは買わないようにしています。
 っていうかやっぱり、端子位置を含め多少値段が上がったとしても店頭で来て見て触って買うのがベターかもしれません。もっとも、このフレーズを作った富士通のPCもテレビCMが見てるだけでイライラするから絶対買わないようにしているけど。

2017年12月16日土曜日

水木しげるの弟子

 先日、以下の商品を発見して即購入しました。



 この漫画の作者は40年超にも渡り水木しげるの執筆を支えてきた、水木プロのチーフアシスタントである村澤昌夫氏による水木しげるとの回顧録です。表紙を見てもらえばわかる通り、2年前に亡くなられた水木しげるの画風そっくりで、内容も話の展開からあの独特な絵柄に至るまでこんな人がいたのかと驚くくらいにそっくりです。
 この漫画の巻末には作家の京極夏彦氏があとがきを書いているのですが、さすが京極先生というべきか、この村澤氏について非常に簡潔ながら肝要な紹介がなされてあり、その文章を読むだけでもこの村澤氏という存在がいかに大きいかがよくわかってくるほどです。

 あとがきの内容を簡単にまとめると、いわゆる「水木しげるの弟子」としては京極氏や荒俣宏氏をはじめたくさんいるが、これらはどれも「追っかけ弟子」であり水木しげるの思想のファンでしかないが、村澤氏に至っては40年超も水木しげるのそばで寝食し(現在はわからないが昔は住み込みアシスタントとして水木宅に常駐)、またその絵柄から価値観までを最大限に吸収した真の「水木しげるの弟子」であると評しています。
 水木しげるのアシスタントについて京極氏は、「つげ義春氏や池上遼一氏など漫画界の重鎮たる人物も水木しげるのアシスタントを経験したが、つげ氏に至っては元から、池上氏に至っては独り立ちしてからそれぞれ独自の世界を持つようになり、厳密な意味での水木しげるのフォロワーとは言い切れない」とし、それと比べ村澤氏については未だに過去の自分の絵柄と見比べながら、「ここが水木センセイとは違う」と水木しげるの後を追うことについて非常に熱心であるとも書いています。

 この京極氏の批評については私自身も全く同感です。例えば手塚治虫のフォロワーであれば藤子不二雄を始めたくさんいますが、水木しげるのフォロワーとなると実はほとんどいません。そもそも水木しげる自体が変わり者揃いである漫画家の中でも一際特異な人物であったことはもとより、京極氏曰く「漫画家でもあり画家でもあった」とされるように、独自の描き方というか技法を持っていたことから、追随する人間が実はあまり生まれなかったのではないかと私は思います。
 特にそれが顕著なのは「背景」です」。普通の価値観から言えば点と点をつなぐことで線となり、線と線をつなぐことで面となり、面と面をつなぐことで立体となります。しかし水木作品の多くの背景は点描、つまり点々でもって立体的に描かれてあり、この技法により恐ろしく写実的な背景画が描かれています。

 この水木作品の背景について、「中古軽自動車に妖怪百体描けるかな?」を見事実践した「妖怪百鬼夜号計画」のTAC氏もかつて、車体に妖怪をたくさん描きつつもそのどれもが見ていて怖くないことに気が付いたことを書いた上で、「水木作品の妖怪はいかにも普通の日常そうな場面に描かれていたから、おどろおどろしく怖かった」ということに気が付いたと確か書いていました。最初にこのコメントを読んだ際は絵描きの感覚からはそうなんだとしか覚えなかったものの、改めて点描で描かれた水木作品の背景を見るにつれ、それが如何に特別なものであったのかが段々気が付いてきました。

 この点描の背景については村澤氏の漫画でも言及されており、「完成後の出来合いは素晴らしいが、労力が半端じゃない」と書いています。その一方、この漫画の背景も点描で描かれており、特に水木しげるとヨーロッパを旅行した際に回った修道院の中などは、どうやったらこういう風に書けるんだろうと思うくらいに不思議な写実感を感じる背景となっており、水木しげる本人が描いたと言われればそのまま信じてしまうくらいに再現されています。

 このブログでは作品の紹介をするくらいでそれほどプッシュはしないようにはしていますが、この作品については水木しげるが大好きな方は是非とも手に取ることをお勧めします。続きが出るかわからないけど、出たら私は必ず買うでしょう。



 なお今回商品リンクを探している最中、上記の商品もついでに発見しました。こんなものまで出ているとはと思うとともに、改めて水木しげるの影響力凄いなと感じました。

2017年12月14日木曜日

気になる二つの裁判結果

 先日、エリカが例えてあげるなら、ランボーにとってのトラウトマン大佐のような元戦友(=元同僚)と3年ぶりに再会した際、「新聞記者時代より今の方が取材して記事書いてんじゃん」と言われました。事実その通りだから困るし、「記者時代にこれだけ取材して書いてたら周りからものすごい評価されたと思うよ」とも言われました。
 それにしてもただでさえ古い言い回しに古典映画の喩えを用いるのは我ながらどうかと思います。そもそも普通に、「ランボーで例えるなら」でもいい気がするし。

藤井美濃加茂市長「悔しい」憤り 混乱避け辞職決断(岐阜新聞)

 話は本題に入りますが、私もこのブログで追ってた美濃加茂市長の裁判で、最高裁も高裁判決を支持して有罪が確定されました。過去の記事でも書いているようにこの裁判については冤罪としか思えない内容で、そもそも高裁審理では一切何も新たな証拠や証言が出ていないにもかかわらず一審の無罪判決が二審では逆転有罪となった時点でおかしかったですが、かえってなにも新証拠が出てこなかっただけに今回の三審についてはやはりという感情が思い立ちました。
 裁判員裁判の開始や足利事件以降はこうした冤罪は減り、あの東電OL殺人事件すらも再審がなされたことから大分マシになったと思ってはいたものの、未だに日本の司法は問題が多いと改めて痛感する出来事と言えそうです。

コーエーに特許侵害で賠償命令 カプコンの訴え一部認め(朝日新聞)
コーエーテクモ、カプコンからの特許権侵害訴訟に一部勝訴―『真・三國無双』シリーズなどに関する訴えが棄却に(インサイド)

 続いて気になったのがこの裁判結果です。敢えて二つの記事のリンクを付けましたが、見出しによってこうも印象変わるんだなと思うとともに、下のインサイドの方ではコーエーテクモをやや応援する側についてように見えますが、私もこの件では同じ見方です。
 この裁判を簡単に説明すると、カプコンが自社ゲームの技術特許をコーエーテクモが無断で使用して侵害していると訴えたものですが、カプコンがパクられたと主張したゲーム(戦国BASARA)はそもそも誰がどう見てもコーエーのゲーム(戦国無双)をパクって作られたものであっただけに、3年前の提訴時には「え、訴えたの逆じゃないの?」と誰もが思った曰くつきの裁判でした。しかもカプコンが権利侵害を主張した技術は、元のゲームに追加要素を加えたアペンドゲームと、アペンド対象となる元のゲームを連動させる技術で、この技術自体はPCゲームを中心にかなり昔から存在しており、またコーエーは90年代からこうしたアペンドゲーム(いわゆる「パワーアップキット」)を出している老舗だっただけに、私自身もカプコンはここまで落ちぶれたかと思う内容でした。

 今回、3年にも渡る裁判がようやく決着がついたのですが、結果的には上記のアペンドゲームに関する特許侵害は一切認められず、コーエーテクモ側の主張が完全に認められました。その一方、自分も知らなかったのですがこれとは別に特許侵害が主張されてた技術があり、その技術についてはカプコン側の主張が一部認められ、特許侵害があるとして請求額4700万円に対し517万円の賠償支払いをコーエーテクモが命じられました。
 なおこの特許侵害が認められた方の技術ですが、何でも敵が近づいたらコントローラーが振動するという技術だそうで、率直に言ってなんだそりゃと呆れました。こうしたコントローラーをゲームの展開に合わせ振動させる演出なんてごく一般的であり、コーエーテクモ以外にも同じような演出のあるゲームなんてごまんとあります(振動ではなく音だけなら「エネミーゼロ」とか)。請求額が大きく削られたとはいえ、この件でコーエーテクモ側に賠償が命じられるのはおかしいと思うとともに、こんなすっとんきょんな主張したカプコンはますます嫌いになりました。

 全体から見れば確かにコーエーテクモに一部賠償が命じられたものの、インサイドの記事が書くようにどっちかと言えばコーエーテクモ側の勝訴と言っていい判決だと私も思います。しかし上記にも書いている通りにカプコン側の主張は普通に考えていちゃもんとしか思えない内容なだけに、私としてもぜひともコーエーテクモには控訴してもらって、次の裁判で完膚なきまでカプコンを叩いてもらいたいのが本音です。

 なお本題から少しずれるかもしれませんが、コーエーテクモのゲームにはたまに妙なシステムが搭載されていることがあり、いくつか例を挙げると「ニンジャガイデンシリーズ」では、コントローラを上下に振ると画面上の女性キャラの胸が揺れるというシステムがあり、最初これ聞いた時、「考えた奴、頭おかしいんじゃないか?」と本気で狂気を感じました。また格闘ゲームの「デッドオアアライブ」では、戦闘時間が経過すると汗でキャラクターの服が段々透けてくるというシステムがあり、これも発想からしておかしいと思うし、実際に搭載してしまうのはもっとおかしいと感じました。
 詳しく調べていないのでわかりませんが、上記2つのシステムについてコーエーテクモは特許を取ってるのか今やたらと気になります。っていうか、こんな下品なシステムに特許取ろうとすること自体なんかアレな感じしますが、このシステムで特許権侵害の裁判とか起こったら一体どうなるのか、いろいろと想像つきません。